「農業と再生可能エネルギー生産の両立―持続可能な社会への貢献―」報告 藤井 祥

「農業と再生可能エネルギー生産の両立―持続可能な社会への貢献―」報告 藤井 祥

日時:
2015年6月23日 16:50-18:35
場所:
東京大学駒場Ⅰキャンパス16号館126/127号室
講演者:
柴田大輔(公益財団法人かずさDNA研究所研究部長・京都大学農学研究科特任教授)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

本講演では、植物の分子生物学を土台に、食糧や環境、エネルギーの問題に挑戦されている、かずさDNA研究所の柴田大輔先生からお話を伺った。柴田先生は植物の遺伝子機能や物質代謝の網羅的な解析をされるかたわら、太陽電池の開発やその利用方法の模索にも取り組まれている。今回は主として、農地でのエネルギー生産をどのように行うかについてお話しされた。本報告では、農業とエネルギー生産を両立させる方法と実践にあたっての課題を概観し、報告者(藤井)自身の考察を加えたい。

柴田先生の開発されている有機太陽電池は、従来品より長波長の光(赤色の光)を吸収しにくい特性をもつ。そのため、光を電流に変換する効率は従来の太陽電池よりも劣る。しかし、植物は光合成に赤い光を使うため(660 nmの赤色光よりも短い波長(660 nmよりもエネルギーが高い)の光も光合成に利用されるが、エネルギー利用効率は低い)、先生の太陽電池の下に配置された植物は、電池が利用できずに透過する光を使って成長できる。この電池を圃場の上に設置すれば、エネルギー生産と農業を並行して行える。この理論には、植物学を専攻する報告者としても非常に納得させられた。また、穀物由来のバイオ燃料生産にともなうエネルギーと食糧との競合問題を解決する技術として期待される。

この太陽電池を用いた方法ではないが、ソーラーシェアリングという方法で太陽光発電と農業を両立している例も存在する。これは、農地の上に隙間を空けて太陽電池パネルを並べ、発電を行うものである。作物上にパネルの影はできるものの、太陽が移動するために成長を阻害するほどにはならないとされ、すでに複数の農家が導入している。農家は生産した電力を売ることで、再生可能エネルギー固定価格買取制度によって収入を得られる。

確かに、農地でのエネルギー生産が普及すれば、エネルギー問題の解決にも、地方産業の活性化にも有効な手立てとなる。農林水産省の試算によると、日本の農山漁村には4250億kWh(日本の年間発電量の43%)の潜在エネルギー供給力がある 1。耕作放棄地の2割だけを利用しても、原発50基分の電力を生産できるという計算もあるという。農地で稲作を行うと赤字が出る場合が多いのに対し、太陽光発電は初期投資が高額ではあるが、柴田先生の計算では、1ヘクタールあたり年間500万円以上の黒字を出すことができる。

このことは、同じ土地で生産される農作物よりも電力のほうが、社会的に非常に高い価値を認められていることを意味している。制限がなければ、耕作は次々に放棄されて電力生産に転換していき、食料自給率の著しい低下を招くとも予想される。そこで、農地法が休耕地を含む農地の転用を厳しく制限しており、農地でのエネルギー生産を原則として禁止している。休耕地を発電に利用すれば経済的にもエネルギー的にも有利であることが分かっていながら、食料安全保障政策が、これを阻止している。ここに農業政策と経済・エネルギー政策のひとつの対立がある。

この対立を打開しうるひとつの方法が、柴田先生の太陽電池やソーラーシェアリングなどを用いた農業とエネルギー生産の両立である。農水省も、2014年に「農林漁業の健全な発展と調和のとれた再生可能エネルギー電気の発電の促進に関する法律(農山漁村再生可能エネルギー法)」を施行し、農業生産に支障のない範囲で、耕作が行われている農地での発電を部分的に認めた。具体的には、3年ごとに許可を更新すること、農作物の生産量を2割以上減少させないこと、品質を維持すること、発電設備の撤去が容易なこと、などの条件が課されている 2

この法律の施行によって状況はやや改善したと思われるが、なお複数の問題も抱えている。第一には、農地での太陽光パネル設置許可の基準が曖昧で、根拠に欠けることである。なぜ収量減少の制限が2割なのか、それは実行可能な数値であるのか。また、農作物の品質とは具体的にどのような成分を指しているのか。この不明瞭さの一端は、農作物の収量や品質と日照量の関係について正確な学術的データが存在しないことに起因する。柴田先生によると、ソーラーシェアリングを行う農家は、葉1枚単位の光飽和点のデータから、余分の光を太光発電に回していると主張するが、実際の植物では葉が重なり合っていて、光の一部が葉を透過するため、植物体全体としてはより強い光を利用できるので、この主張の学術的根拠は弱い。また、光は植物の病虫害耐性にも影響を与えるとされ 3、今後、農学・生物学的見地から、太陽電池の設置が各植物種の生育全般に与える影響を解明する必要がある。さらに先生がおっしゃったとおり、生産した電力をビニールハウスのような施設で加温やガス交換に用いることで、収量や品質の向上も検討できるだろう。

第二の問題点は、状況次第で3年ごとに発電装置の撤去を命じられる可能性があることだ。太陽光発電装置の設置費用は小さくなく、足場を自作しなければ採算が取れない場合もあるそうだ。したがって、農家が太陽光発電で利益を得るためには、長期的な発電設備の利用が前提となる。3年後に条件次第で許可がうち止めになる可能性を考えると、導入に二の足を踏む人が多いことは想像に難くない。この点は、作物の生育に合わせて発電装置を簡単に移動させられたり、パネルの角度を変えることで日射量を調節できたりするような、工学的な工夫である程度解決されるだろう。また、制度面でも段階的に長期的な利用を保証していく必要がある。

第三に、休耕地の利用が依然禁止されていることも重要な課題である。太陽光発電の導入と耕作の再開を同時に行うことが理想だが、休耕地の回復にも発電設備の設置にも多額の費用がかかり、あまり現実的ではない。報告者が明快な解決策を提示することはできないが、休耕地での耕作の再開による利益と、その土地での再生可能エネルギーの生産による利益をどのように評価するのが適切か、あらためて検討する必要を感じる。上述のとおり、農作物よりも電力に生産面積当たりでの高値がつくため、食料自給率維持の目的で、農地での発電が制約されている。確かに日本の食料自給率が39% 4と低いことは事実だが、エネルギー自給率は6%程度とさらに低い 5。さらに、日本の人口はさらなる減少が予想されるため、食料生産の絶対量が減少しても、食料自給率は維持できる。したがって、休耕地を潜在的な農地として維持するよりも、電力生産を認めたほうが全体的な資源自給率の向上を見込める 6。また、休耕地で生産した電力を、作物の収量・品質の向上や農業機械の運転も利用できる。ただし、休耕地での発電を許可することで、将来的な発電事業を目的とした耕作放棄が多発し、食料自給率が暴落する事態を招かないよう、発電設備の設置条件の検討や電力買取価格の調整 7、農業の集約化・農作物の高付加価値化の促進なども同時に行う必要がある。

加えて、景観や生態系の問題も考慮すべきだ。たとえば、農地上にソーラーパネルが並ぶ光景の是非や、パネルの設置が周辺の生態系に与える影響について、検証する必要がある。農業とエネルギー生産の問題は、多様な分野の専門家が協力してよりよい社会を目指すための、ひとつの場を提供していると考えることができる。

IHS_R_3_150717_Shibata_01.jpg
H. Shirasawa et al. Protective effect of red light against blast disease caused by Magnaporthe oryzae in rice. Crop Protection 39 (2012): 41-44.
平成25年度のカロリーベースでの食料自給率。農林水産省「平成25年度食料自給率について
経済産業省・資源エネルギー庁「エネルギー白書2015」第2部 エネルギー動向 1章 国内エネルギー動向
前出の農林水産省「再生可能エネルギー導入を促進するための農山漁村のポテンシャルの活用」において、とくに耕作再開の困難な耕作放棄地における再生可能エネルギーの生産が議論されている。
再生可能エネルギー固定価格買取制度による,非住宅地における太陽光発電の電力買取価格は,制度が開始された平成24年度には40円/kWhであったが,平成27年7月には27円/kWhまで低下している。
報告日:2015年7月7日