講演会「キャリアを楽しむ!ある企業人の物語~先が読めないことは面白い~」報告 高原 柚

講演会「キャリアを楽しむ!ある企業人の物語~先が読めないことは面白い~」報告 高原 柚

日時:
2019年7月17日(水)15:00 - 17:00
場所:
東京大学駒場I キャンパス 16号館1階126-127
講師:
三箇山 俊文 氏(協和キリン株式会社)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクトN「科学技術と共生社会」

1. はじめに

本講演会は、「キャリアを楽しむ!ある企業人の物語」と題した全2回の講演のうちの1回目にあたるものだ。私は博士課程への進学を決めた修士2年生だが、博士取得後の進路として企業への就職も考えている。この講演会は、相反するように捉えられることも多い学術研究と民間企業の関わり合いについて、今実際に民間企業の立場から考えていらっしゃる方から話を聞ける点で、私の関心を強くひいたため参加した。また、この講演会が生命科学分野という私の専門外の話であることも魅力的だった。他の学問領域における学問と社会との関わり方から学ぶことは非常に多いからだ。 以上の観点から三箇山俊文氏の話を聞いて考えたことを述べる。

2. 講演会の概要:三箇山俊文氏の道程について

三箇山俊文氏は東大大学院進学当初は博士号取得を目指しており、日々研究に勤しんでおられた。しかし、実験での挫折や研究職への失望を体験し、加えてふと見学に行ってみたキリンビールが魅力的だったことから、博士過程への進学をやめてキリンビールに研究職で入社された。

当時、キリンビールは事業の幅を広げており、新事業の一環に三箇山氏が大学で研究なさっていた医薬部門があった。入社後、三箇山氏は会社唯一のヒトの分子生物学専門教育を受けた人材として、若くして医薬部門を先導する役割を果たしていくことになる。まず、三箇山氏は入社2年目でアメリカのベンチャー企業に派遣された。三箇山氏の派遣当初は小さなベンチャー企業だったAmgenは、その後大企業に成長した。三箇山氏はAmgen勤務時に「アメリカンドリーム」を可能にする人材の豊富さやプロジェクトのスピード感、アカデミックとの対等な関係性がもたらす技術革新などを目の当たりにし、大きな影響をうけたとのことであった。

Amgen在籍時に民間企業とアカデミックとの対等な提携の重要性を痛感した三箇山氏は、帰国後に、キリンビールがスポンサーとなって1988年にサンディエゴにて設立された「ラホヤアレルギー免疫研究所」の中に会社の研究室を作ってしまう。この研究所は、キリンビールの企業利益向上を目指すのではなく、広く有益な研究を志向する点に特色がある。設立はキリンビールの社会貢献の一環であり、初代所長の石坂公成氏は「企業の役には立たないかもしれないが、ノーベル賞受賞を目指す」という言葉を残した。キリンビールは今に至るまでこの研究所を支援しており(現在は医薬事業部門が分社して発足した協和キリン株式会社による支援)、今では「働きやすい科学分野の研究所世界トップテン」にランクインする研究所に成長した。設立時の理念が実現していると言えるだろう。

三箇山氏がAmgenで目撃したように、同研究所でも企業と研究者との対等な関係が築かれている。この対等な関係性の構築を通して三箇山氏が得たことに、何を研究成果とするかという面では、アカデミックと民間企業は根本的に異なっているということの発見がある。アカデミックは論文発表を研究の成果とするのに対し、民間企業は特許取得を成果とするのだ。しかし、三箇山氏はこの違いがあるからこそ、両者が共同で研究する意味があるとおっしゃっていた。

その後、三箇山氏は部署異動を経験し、世界を相手にした企業買収・売却に関わることになる。三箇山氏はこの経験から、会社の意思決定は株主に大きく左右されることや、最近の動向としてコーポレートガバナンスを取り入れる流れがあること、グローバリゼーションの進展によりグローバルスタンダードに従う志向が強くなったこと、グローバルスタンダードを踏まえた結果としての働き方改革など、企業経営の様々な側面を知ったそうだ。その上で、世界の中での日本という視点から、日本企業の置かれている状況について話してくださった。例えば、終身雇用制や新卒採用などの日本のこれまでの安定志向の企業体制は、「幸福」とは何かというような「生き方の価値観」が多様化する現代においては、被雇用者にとって必ずしも魅力的ではないため、優秀な人材を集められないこと、そして、「ヒト・モノ・カネ・情報」が目まぐるしく移動する現代においては、企業としての競争力を著しく欠くことを話された。また、今の国際社会においては企業役員の多様性が求められているが、日本の大企業の役員はいまだに日本人男性中心で、外国人はおろか女性も少ないため、海外投資家の投資対象外になってしまうという話もあった。

最後に三箇山氏は、自動織機の発明者である豊田佐吉の「障子を開けてみよ、外は広いぞ」という言葉を紹介して講演会を締めくくられた。これからの時代は、民間事業にせよ学術研究にせよ、海外を見据えて取り組むことが優れた成果の獲得のためには不可欠なのだ。これは、世界を見据えた最終目標を設定するということのみならず、研究費や事業費の獲得から世界を相手にすることも意味する。ファンドレイジング(fund-raising:投資家を集めてこれまでの研究成果や今後の研究の目的を発表し、支援を募ること)に多大な労力をかけ、巨額の資金を得て豊かな研究を進める海外研究者ほどに日本の研究者は社会貢献できているだろうか?グローバル化に歯止めをかけることは不可能であり、グローバルスタンダードを知って「外の広さ」を確かめ、適切に取り入れることは、世界で戦い、社会に貢献するための条件なのだ。

そして何よりも、「障子を開けてみよ、外は広いぞ」は、三箇山氏から若い学生である私たちへの、楽しんで生きるためのアドバイスであった。三箇山氏は修士課程在籍時には研究者を目指していたと冒頭に述べた。三箇山氏は結果的にそれとは全く別の道を歩んだが、その別の道で「障子」を開いたことで、今は「外」を見据えた充実した日々を送っていらっしゃる。三箇山氏は「やってみれば意外となんとかなるものだ」ともおっしゃっていた。瞬間的な面白さや巡り合わせを大事にして、思い切って一歩踏み出してみることで見えてくる世界はかけがえのないものなのである。

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3. 感想

1. はじめに で述べたように、私は学術研究と民間企業との関わり合いに興味があって本講演会に出席した。三箇山氏の話を聞いて分かったことは、活動の目的を社会にアピールして活動遂行のための予算を獲得し、活動を経て得た成果を社会に伝えて価値を生み出すという点においては、学術研究も民間企業の事業も同質であるということだ。そして、グローバル化が進み「ヒト・モノ・カネ・情報」の移動が目まぐるしい現代においては、どちらの分野でも戦略的に時流を読んで適切にそれに対応せねば価値が生み出せないことである。これらの共通の性格ゆえに、アカデミアと民間企業の協働は可能だし、その成果の表れに差がある(論文発表と特許取得)からこそ協働すると新たな価値が生まれる可能性があるということがわかった。

こういった学術研究と民間企業の関わり合いは、特に医薬分野では普遍的なものなのだろう。しかし、私が専門とする建築学も人々の健康で快適な生活の実現に貢献するという大きな目標は医薬と共通しているし、建築という専門性を掲げた民間企業が業界を動かしているという点でも同様だ。私の所属する研究室も企業と連携したプロジェクトを持っており、学術研究と民間企業の関わり合いという点においては医薬分野と似ていると言えるかもしれない。よって本講演会で得た知見は建築学にも応用可能だと考えられる。これから研究を深めていく学生として、また企業就職を考える学生として、この講演会で得た観点を持ち続けていきたい。

他に印象に残ったのは、自分の興味を事業化することの面白さと重要性である。私はこれまでそのような観点を全く持っていなかったのだが、事業化することはお金を稼ぐに留まらず、自分の研究結果の社会へのインパクトを高めることでもあるのだと今回初めて気がついた。また、お金を稼がなければ更に研究を進めることはできないので、豊かな研究結果を生み出し、社会貢献を実現するためには、事業化は非常に重要な観点なのだ。事業化を念頭に研究することは私の望むところではないが、研究を進めるときに頭の片隅に置いておきたい観点である。

最後に、本講演会はもっと広い世界を見たいと思い続けてきた私を勇気づけるものであった。年単位の留学は私生活にも大きな影響を及ぼすので、行きたいとは思っていたがまだ躊躇する気持ちもあった。しかし、「障子を開」けた先のことが語られた本講演会によって、「行きたい」という気持ちが「絶対に行く」という決意に変わった。今、私は自分が未来で見る広い世界にわくわくしている。「障子を開け」て、外の世界で更に面白いことに挑戦し続けたいと思う。