「演習VI─神戸研修─」報告 國重 莉奈

「演習VI─神戸研修─」報告 國重 莉奈

日時:
2019年7月10日(水)~11日(木)
訪問先:
富士フイルム和光純薬株式会社ライフサイエンス研究所・神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センター・理化学研究所 生命機能科学研究センター
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクトN「科学技術と共生社会」

7月10日~7月11日にかけて兵庫県にある3つの研究所に赴き、最新の生命科学研究が行われる現場を視察した。企業による試薬の研究開発、神戸市立の機関による橋渡し研究(基礎研究を臨床研究の場につなげる研究)、そして国立の理化学研究所による基礎研究という三者三様の現場を見ることができた。

富士フイルム和光純薬株式会社ライフサイエンス研究所における試薬の研究開発

生命科学研究をしている私にとって試薬ボトルに書かれたWAKOのマークはほぼ毎日目にするものであるが、今回の研修ではそれらを作っている富士フイルム和光純薬のライフサイエンス研究所を見学することができた。富士フイルム和光純薬は試薬だけでなく化成品や臨床検査薬のメーカーでもあるが、今回はその中からエクソソーム研究ツールの開発・エンドトキシン試験・幹細胞用試薬について3人の社員の方からお話を伺った。入社するとすぐに「時間はお金」と叩き込まれるというお話に象徴されるように、企業での研究開発は大学における研究とは異なり、時間にシビアであるようだ。一人一人の社員に時間ごとに給料が発生しているということだけでなく、試薬の販売においても時間の観点が大事で、とにかく早く製品化することが売り上げにつながるらしい。研究者は試薬を購入する際に実績を見て選ぶため、少しだけ良い品質の製品を後から出しても他社との競争に勝てないのだ。こうした時間に対するシビアな見方だけでなく、工場という大きな設備を持つ点でも大学における研究とは異なる。例えば、エンドトキシンの試薬はアメリカの東海岸に生息するカブトガニの血球から作られる。この試薬は、工場を建設しなければならないという点で参入障壁が高いため、競合他社は4社しかいないらしい。また、人体に使用する医薬品を検査する試薬については、高い品質が保障される必要があるという点でも私が普段使用するような研究用の試薬と異なる。医薬品の製造者が守らなければならないGMP(Good Manufacturing Practice)という基準が法令に定められているそうだ。以上のように大学で研究を行なっていると気付かない視点が様々あったが、基礎研究を行う研究者であっても製品化の視点を持ち、法令などについても知っておくことが産学連携においても役立ちそうだと感じた。

富士フイルム和光純薬が近年力を入れているエクソソーム関連試薬は、大学との共同研究の末開発されたのだが、そのきっかけになったのは大学の先生と日々接する営業職の社員であるらしい。現在ではまだ博士を持っている営業は少ないとのことだが、将来的には人脈を持つ博士人材が人と人との繋がりを通じて会社に新たな価値をもたらすのではと期待されている。博士人材は企業に求められているのだろうかと日々疑問に思っていた私にとって、企業がどのような人材を求めているのか知ることができたという点でも貴重な機会であった。

神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センター(TRI)における橋渡し研究

神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センター(TRI)は、基礎研究を臨床研究の場につなげる橋渡し研究の拠点として2013年に文部科学省と神戸市により創設された。主な活動は、文部科学省などから委託された事業を通じて大学などの研究拠点を支援する「トランスレーショナルリサーチの推進・管理」、「臨床試験と大規模コホート研究の推進・管理・運営」、「医療・臨床研究情報の発信」と幅広い。広報担当の方によると、TRIは6人から始まったが現在では100人もの人員を擁するとのことだった。今回、時間が限られており残念ながら組織自体についてくわしく伺うことはできなかったが、高度な専門知識が必要な幅広い活動を担う人材はどこから集めているのかということや職員の来歴、具体的な職務内容がどのようなものか気になった。研究そのものを行うのではなく、研究が上手く進むように管理・運営するというのは、医学の知識だけでなくデータ管理や法律の知識も必要になってくるだろうと想像する。実際、今回お話を伺うことができたセンター長の福島雅典先生は科学・技術から憲法、人工知能の話まで幅広い知識から様々話をして下さり、広い視野から物事を捉える姿勢に感銘を受けた。

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理化学研究所 生命機能科学研究センター(BDR)における基礎研究

生命科学研究といえば病気を治すための研究というイメージがあるが、理化学研究所の生命機能科学研究センターでは、病気ではなく正常のヒトのライフサイクルに注目して研究を行なっているそうだ。発生、成長、老化を通じて健康がどのように維持されているかについて、分子・細胞・臓器・個体レベルで研究がされている。具体的には、既存の顕微鏡とは異なる原理を持つ顕微鏡の開発や、人体の器官形成を模して3次元の臓器を作製する研究などである。

理化学研究所では広報活動に力を入れているようで、一般公開を行なったり、高校生が研究現場を体験できるような講座を設けるなどしている。施設内には広報専用の実験室があり、iPS細胞からプラナリアやハエまで、小学生なども興味をもって見ることのできそうな展示が豊富にあった。また、今回施設の紹介をしていただいた広報が専門の職員の説明はとてもわかりやすく、専門用語を知らない子供や一般客を頻繁に受け入れていることをうかがい知ることができた。

今回見学させていただいたBDRヒト器官形成研究チームの高里実博士の研究室では、ヒト多能性幹細胞を分化誘導し、完全な腎臓を創り上げることを目標として研究を行なっている。今回実際に作製中の腎臓を見せていただくことができた。ヒト腎臓は尿細管や血管、間質組織などからなる複雑な構造をもっているが、研究室で作製した腎臓では管などの腎臓らしい構造を一部再現することに成功している。現状では血管をヒト腎臓のように正しい位置に張り巡らせることはできていないが、今後そうした課題を克服すればいずれ移植可能なレベルの腎臓が作製できるかもしれない。

民間企業と比較した際の国立の研究機関の強みは、研究テーマを設定する際に経済的な事情を二の次にできることであろう。以前聞いた話によると、売れている医薬品というのは患者が飲み続けなければならない薬であることが多いという。一回飲めば治ってしまうような薬は理想的ではあるが、製薬会社にしてみればお金になりにくいと考えられる。同様に、疾病の「予防」という観点は大変有用であるにも関わらず、治療と比べるとお金を払おうと思う人の割合や額が少なそうである。国立の研究機関にはそうした営利組織には扱いにくい研究テーマに取り組み、国立の組織ならではのアプローチができる場であり続けてほしいと思う。

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まとめ

以上、三者三様の研究現場を見てきたが、それぞれの立場や環境が特徴的であり、産官学の連携においてはそれぞれの立場を理解し合うことが重要だと考えられる。また、研究を前に進めるには手を動かす実験だけでなく、研究の進め方の管理やデータの管理、法令などのルールも重要であることがわかった。社会全体として研究を進めやすい環境や雰囲気を作るためには情報発信も大事である。振り返ってみると、これまではルールや環境は与えられるものという感覚であったが、今回の研修を通じ、研究者が他人任せにせずにルールを含めた環境作りに主体的に関わっていくことが必要だと感じた。