「宮崎県五ヶ瀬町スタディーツアーと哲学対話研修」報告 佐藤 寛紀

「宮崎県五ヶ瀬町スタディーツアーと哲学対話研修」報告 佐藤 寛紀

日時:
2019年9月8日~10日
場所:
宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクトH「生命のポイエーシスと多文化共生のプラクシス」

概要

2019年9月8日から10日にかけて、「宮崎県五ヶ瀬町スタディーツアーと哲学対話研修」が行われた。本研修においては主に、1)令和元年度総務省関係人口創出拡大事業の一環として、五ヶ瀬町が主催する、関係人口創出拡大の為の政策の発案・提言を目的とした大学生向けスタディーツアー1への協力(8日、9日午前)及び、2)五ヶ瀬中等教育学校での哲学対話への参加(9日午後、10日)、の2つを行なった。以上の研修内容から、地方創生及び現代日本に求められる教育の在り方の探求という2課題について、一般的方針や具体的施策ではなく、課題についての思考・コミュニケーションの基盤形成という観点から課題解決の糸口が見いだせるのではないかと考えた。すなわち、哲学対話において行われる「自由な発言場」において「問う・考える・語る・聞く」ことは、上記2課題の解決を目指す上で、当事者意識の形成、及び、課題の理解・解決策の創出・施行を行うという2点において重要な、思考・コミュニケーションの基盤となりうると考えられる。

研修内容

本研修が行われた宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町は、宮崎県と熊本県の県境の山間部に位置し、過疎化が進行する地方自治体である。五ヶ瀬町のウェブサイト2に拠れば、令和元年9月1日の段階の人口は3,825人であり、これは昭和60年の約5,800人から35年間で約2,000人の人口減少があったことになる。また、高齢化率は37.60%と全国平均の26.60%より高い(65歳以上人口、2015年)3。同町は、この過疎化による地域萎縮の対策として、関係人口の創出と教育に力を注いでいる。関係人口とは、ある地域において、そこで生業を持つ「定住人口」や、観光で訪れる「交流人口」ではなく、多様な形でその地域に関わる人々のことを指し、地域外の人材による地域づくりが期待されている4。教育に関しては、宮崎県立五ヶ瀬中等教育学校では、活発な地域学習が行われており、また、アクティヴラーニングの一環として、哲学対話が導入されている。

本研修初日の9月8日には、上記スタディーツアーの一環として行われた、スタディーツアー参加者、五ヶ瀬町役場職員、五ヶ瀬中等教育学校の教員及び生徒を交えた哲学対話に参加した(哲学対話についての説明は他稿で既に説明されているので本稿では割愛させていただく)。翌9日には、スタディーツアー参加者による政策提案に向けて、彼らが発案した政策に関する議論に参加させていただき、その議論を踏まえての政策提案発表を聞かせていただいた。その後、同9日午後には、五ヶ瀬中等教育学校の4年生を対象とした「問いの立て方・深め方」と題した本学梶谷真司先生による講義の補助を担当した。この講義では、生徒がグループに分かれ、新聞記事を読み、それに関する「問い」を出し合う「問い出し」が行われ、それらの「問い」をより「一般的な問い」に発展させていくことで、「問い」をどのように深めていくかについて講習が行われた。最終日10日には、同校5年生を対象とした「『書き方』講座」の補助をさせていただいた。この講義では、生徒が4~5人のグループごとにそれぞれテーマを決め、そのテーマに関する「問い」を挙げ、各自で3つの関連する問いを選び出し、それらについての答えと理由をグループ内で発表した。同10日には、3年生を対象に行われた、哲学対話の補助をさせていただいた。この哲学対話では、絵本を読み、その絵本の内容を元に「一般的な問い」(絵本の特定の内容に関する問いではなく、一般的な事象に関する問い)を生徒が挙げ、哲学対話が行われた。これらに加えて、五ヶ瀬中等教育学校の教員の方々との懇親会が開かれ、教育や地方創生に関して意見交換を行うことができた。

考察

過疎・高齢化は、日本全体の共通課題である。特にこれは、五ヶ瀬町のような小規模な地方自治体に関しては、近未来における地域社会の存続に直結する緊急課題である。同時に、人類社会は現在、環境変動、グローバル化、インターネットや強力な機械学習(深層学習、高機能計算機の出現など)の登場によって、急速かつ大規模に変化しつつある。この変化に適応した人材を如何なる教育によって育成するのかという点で、現代日本の教育は再考・再構築を迫られている。そして、少子化が進む日本社会の中では、限られた人材に対してどのような教育がなされるべきか早急かつ的確な課題解決が求められる。また、五ヶ瀬町のように少子化が極限まで進行した地域では、この教育の見直しは急務である。

IHSではこれまでに、課題解決に関する具体的な事例や一般的方針を学ぶ・考える機会があった。しかし、これらの課題には、常に地域・社会集団ごとに多種多様な要素が複雑に影響し合っており、先行事例や一般論的な方針が必ずしも、ある地域・社会集団に対して有用であるとは限らない。すなわち、各地域・社会集団及びそれに関係する人々が、各々に適した手法・方針を創出することが望ましい。そこで、これを可能とする思考・コミュニケーションの基盤形成こそが、上記課題を抱える五ヶ瀬町ないし日本社会にとって重要なのではないか。そこで、本研修で参加させていただいた地方創生及び教育の現場での哲学対話において行われていた、「自由な発言が許容される環境」での「問う・考える・語る・聞く」という思考・コミュニケーションは、この基盤の1つと考えられる。具体的には、哲学対話のこれら要素は、地方及び教育が抱える課題に対する解決策の創出及びその施行を実現する上で、1)上記の課題に潜在的に関係する人々の当事者意識を形成する、2)当事者による地方・教育課題の深い理解と、解決策を創出・施行を促進させる、という2点において、要求される思考・コミュニケーションの基盤であると考えられる。

まず1)について、哲学対話では、ある対象(テーマ)に対して、「問い」を見出し、その「問い」に対して自発的に「考え」、それを他者に「語る」、また、他者を「聞く」、という行動がなされる。これらの行動は、ある者がある対象に、能動的に接する姿勢を誘発させていると捉えることができる。さらに、立場・経験を問わず、自由に行われる対話は、その対象にあらゆる人々が接することを可能にしている。哲学対話においては、これらによって、ある者とある対象(問い・テーマ)との間に関係性が築かれ、対象への当事者意識が形成されていると考えられる。例えば、本研修の1日目で参加した、スタディーツアーの一環の哲学対話では、普段の生活では対話が起こりえない多様な立場の人々(役場職員、教員、大学生、中等学校生)が、必ずしも身近ではない「問い」(実際の例では、中等学校生が出した「なぜ、やる意味のわからない宿題をしなければいけないのか」)に対して、能動的に「問う・考える・語る・聞く」という行動をしていた。この哲学対話において観察されたのは、通常生活では接するこのない・できない対象に、多様な人々が能動的に接している様子であった。そして、このような哲学対話中に起こっている当事者意識が形成される現象が、実社会において再現されうるならば、地方及び教育の課題に潜在的に関係する多様な人々の当事者意識を誘発することが可能ではないだろうか。よって、哲学対話に見られる「自由な発言が許容される環境」での「問う・考える・語る・聞く」ことは、地方及び教育の課題を解決する上で、関係する人々の当事者意識を形成する点で、要求される思考・コミュニケーションの基盤である。

次に2)について、当事者が課題を深く理解することは、解決するべき事柄を見極め、有効な策を講じるための必須事項である。そのためには、その課題について、哲学対話の中で展開されるような、「何が・何故・どのように」問題であるか「問い」、「考え」、それを当事者間ないし社会において共有する(すなわち「語る」・「聞く」)ことが求められる。そして、これが実社会において展開されることによって、ある課題の当事者による課題理解及び解決策の創出・施行が促進されるのではないか。さらに、対話が「自由な発言の場」において展開されることによって、多様な人々が当事者となりえ、彼らの間での思考共有がなされるだろう。これによって、多様な当事者が課題を多面的に理解し、多方向からの解決策の創出・施行を行うことを可能とする。したがって、哲学対話において見られる「自由な発言が許容される環境」での「問う・考える・語る・聞く」ことは、地方創生及び教育改革という課題の解決に必要な、思考・コミュニケーションの基盤である。

地方創生や教育改革といった課題は、日本社会の多様な要素が複雑に絡み合って起きた現象の結果である。したがって、唯一無二の特効薬のような解決策は存在せず、地域・社会集団ごとの事例に適した多面的な解決策が必要である。そして、そのような解決策は、中央政府が各々の事例について、逐一創出・施行できるものではない。したがって、各地域・社会集団が、自身で思考・コミュニケーションを行うことによって、課題を理解し、有効な解決策を創出・施行できるようにならなければならない。その上で、どのような思考・コミュニケーションの基盤が必要であり、それは如何にして獲得しうるのか、今後議論されるべきである。本研修では、この要求される思考・コミュニケーションの基盤について、上記の2点から、哲学対話を参考に議論を進めることができるのはないかと考えた。

参考文献

五ヶ瀬町. 五ヶ瀬町政策提案コンテスト&スタディツアーの募集について.
http://www.town.gokase.miyazaki.jp/kakuka/kikaku/813.html.
2019/09/24.
五ヶ瀬町.
http://www.town.gokase.miyazaki.jp/.
2019/09/24.
日本医師会. 地域医療情報システム.
http://jmap.jp/cities/detail/city/45443.
2019/09/24.
総務省. 地域への新しい入り口「関係人口」ポータルサイト.
http://www.soumu.go.jp/kankeijinkou/.
2019/09/24.