「演習V青森研修──六ヶ所村で考えるエネルギー問題の今と未来──」報告 藤田 奈比古

「演習V青森研修──六ヶ所村で考えるエネルギー問題の今と未来──」報告 藤田 奈比古

日時
2017年10月17日(火) - 19日(木)
場所
六ケ所村エネルギーパーク内各所
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

青森県六ヶ所村において、エネルギー・自然環境と社会という観点から研修を行い、特に六ヶ所村の歴史や、日本原燃株式会社(原燃)と日本の国策が抱える問題に着目し考察した。紙面の都合上限られた紹介となったが、研修で垣間見た多様な六ヶ所村、および青森の姿と、筆者が感じた驚きや発見を記したいと思う。

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原燃PRセンター展示レプリカ。我々が出す低放射性廃棄物はこのように処理されている!

10月17日

環境科学研究所の全天候型人工気象実験施設は、環境中に放出された放射性物質の各種作物(最近ではリンゴ)に対する影響を当地の気象を再現して解析しているが、大掛かりな気象の再現装置は大変興味深かった。

別館の先端分子生物科学研究センターでは、低線量率放射線被曝の健康被害に対する影響を探るため、マウスに様々な放射線量を恒常的に浴びせて解析している。放射線業務従事者の年間被曝量の限度(20 mSv)相当の0.05 mGyを400日照射してもマウスの寿命に影響はない、といった重要な成果が得られたが、低線量率放射線被曝の遺伝への影響などまだわからない事が多い。

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放射線を管理する(先端分子生物科学研究センター)

野辺地町移住支援コーディネーター、阿部博一さんのお話をホテルで伺った。地方出身者の自分にとって切実な話題を沢山お聞かせいただいた。

「野辺地町にとって原燃とは」と尋ねたところ、周辺自治体の原燃依存を指摘した上で、核燃料再処理技術自体が恐らく実現不可能なため、今後も放射能汚染の危険は限りなく小さいだろう、との見解を明るく提示された。地元に対する原燃の経済効果は大きいが、再処理工場に行政から注入された莫大な金額(約2兆円)の何分の一かでも補助金として自治体に配分した方が地域経済にとって有益だったのではないか。再処理工場が廃止されたら野辺地はどうするのか等々の疑問が浮かんだ。

10月18日

六ケ所げんねん企画株式会社(日本原燃の子会社)が運営する原燃PRセンターは明るい施設で団体客により賑わっていた。核燃料再処理のプロセスが原寸大で展示され、核燃料の大きさも実感でき作業工程がよく分かった。

2016年12月の高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉決定は再処理工場の存在意義を深刻に揺るがし、六ヶ所村の原子力関連施設に於いて貯蔵施設の存在感が高まっている。増え続ける核廃棄物の処理に困っている現状では六ヶ所村および下北半島への依存は深まる。再処理工場よりもむしろ貯蔵施設が主目的で原燃が誘致されたという『核燃料サイクル施設の社会学』1の指摘があるほど、六ヶ所村への貯蔵所としての期待は大きかったと考えられる。核廃棄物貯蔵の展示は充実し、安全性を強調していた。

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げんねんPRセンターからの展望
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核融合研究所の加速器

六ヶ所核融合研究所は核融合技術による発電の実現を目指している。国際熱核融合実験炉ITER の建設がフランスで進められているが、本研究所はITER2を補完し、ITERの次の原型炉を建設するための技術開発を、日本とEUとで共同で行っている。この日はイタリアの研究チームが実験していた。

ITERで採用されている磁場閉じ込め方式では、核融合反応の制御を誤っても、原理的に反応が暴走することはない。故に核分裂反応による原子力発電所と比べ安全であるのも利点である。3

フランス、スペイン、イタリアが加速器の各部分を作って持ち込み、日本のチームが全体を組み立てて調整する加速器製作の現場を見学した。様々な困難があり工程も遅れているそうだが、類のない大電流(125 mA)で動く加速器の作製現場には相応の熱気を感じられた。科学技術のフロンティアを目の当たりにし、自分でも驚くほどの感動を禁じ得ない。

この地域では夏にやませという東風が太平洋から吹き付ける。低温多湿のやませは夏場の日照時間をも短くし、稲作などにダメージを与える。このヨーロッパ北部と似た気候を活用し、民間企業であるフローリテックは、日本では珍しいデンマーク製の設備を導入し、コンピュータ制御による機械化で花の鉢植栽培を行っている。

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機械化されているフローリテック
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黒黒と広がるソーラーパネル

日本最大の太陽光発電所ユーラス六ヶ所ソーラーパーク(2015年開始)は、東京ドーム50個分に相当する広大な敷地2箇所にソーラーパネルを展開し、平野一面が海のようで壮観であった。敷地の端と端を結ぶと虎ノ門~汐留くらいの距離になると聞き驚愕した。4万世帯分の電力に相当する約11万5千kW(直流)を出力する。

21基の風力発電を擁するむつ小川原ウインドファームの出力は約5万8千kW(直流、1万6千世帯の消費電力に相当)である。2003年の運転開始当時には日本最大級を誇った。

太陽光発電は夏のやませと冬の雪で妨げられるが、風力発電は年間を通じて風が吹く地の利を活かしている。両者は六ヶ所村を次世代エネルギー産業の拠点とする「六ヶ所村次世代エネルギーパーク」構想の一部である。これほど広大な施設でも、原子力発電所の出力(青森県の東通原発は110万kW)には遠く及ばないという事実に呆然とする。

10月19日

八戸火力発電所では、石油から液化天然ガス(LNG)への燃料の転換が進み、環境負荷が抑えられるようになったこと等について説明を受けた。当発電所は、東北電力最古の火力発電所(1958年操業開始)で、出力は41万6千kWである。出力0.15万kWと小規模ながら太陽光発電施設も隣接している。東日本大地震やチリ地震の経験から、建屋内部のかさ上げなど津波対策が施されていた。

火力発電は我が国の電力供給の8割以上を占める主力であるが、二酸化炭素の発生による地球温暖化問題や、危険な原子力発電と供給不安定なクリーンエネルギーという電力源の問題などに左右されて論じられる事が多い。出力調整が容易な火力発電は安定した電力供給に欠かせない役割を果たす。

原子力発電をゼロにしようとしても、現状では社会が必要とする電力全てをクリーンエネルギーが賄うことはできない。するとクリーンエネルギーと火力発電を調整し電力の総量をまかなう、という選択しかないのだろうか。

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タービン建屋内(八戸火力発電所)

2日目の夜、参加学生による討論会を行った。所見はいずれの施設についてもエネルギー問題に帰するものが多く、原発の賛否も意見が分かれ、安全性と経済性の衡量や、クリーンエネルギーだけでは立ちゆかないのならどうするのが良いのか、といった問題が残った。初日に伺った野辺地への移住と地方の人口減についても話し合った。

こうして議論を深めた上で、研修後に書籍などにあたった。六ヶ所村をめぐる言論が、3.11を境に様相を異にしながらも政策的には大きな転換を迎えることがなかったことを痛感し、六ヶ所村について学ぶことは日本を学ぶことであると確信した。高度経済成長期のむつ小川原開発計画の強引なぶち上げと失敗、土地買上による住民の懐柔にはじまり、近年のMOX燃料の導入まで、そこにみられるのは日本社会の公共圏の未熟さと"お国"への盲信、そして科学的リテラシーの欠如と未来を描く構想力の弱さ、中央と周辺の様々な格差といった日本社会が政府レベルでも市民レベルでも抱えてきた問題の生々しい姿である。

今後も六ヶ所村をみつめ、足を運びたいと思う。

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車窓より。六ケ所村近郊

参考文献

  • 『核燃料サイクル施設の社会学』船橋晴俊・長谷川公一・飯島伸子、有斐閣選書、2012年
  • 『六ヶ所村 ふるさとを吹く風』菊川慶子、影書房、2010年
  • 「連載講座よくわかる核融合炉のしくみ第11回核融合炉の安全」『日本原子力学会誌』大平茂、2005年
船橋晴俊・長谷川公一・飯島伸子、有斐閣選書、2012年
EU,日、米、露、中、韓、印で、2025年運転開始、2035年核融合反応を目標にしている。
核融合炉の安全上の最大の課題は放射性物質の閉じ込めである(大平茂「よくわかる核融合炉のしくみ第11回核融合炉の安全性」、日本原子力学会誌、2005年)