実験実習Ⅲ「障害の現場 海外編」イギリス・デンマーク研修報告書
 木原 盾

実験実習Ⅲ「障害の現場 海外編」イギリス・デンマーク研修報告書 木原 盾

日時
2016年1月13日(水)―24日(日)
場所
England(Norwich、London)、Denmark(Copenhagenh、Aarhus)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)「科学技術と共生社会」教育プロジェクト3
協力
England, Norwich(BEAT, Equal Lives, University of East Anglia, March for Mental Health)、England, London (Welcome Collection, Bethlem Museum of the Mind, Central & Noeth West London NHS Foundation Trust, Dragon Café)、Denmark, Copenhagenh (Helene Elasass Center, Center for Psykosocial Rehabilitering – Norrebro, Silkeborg Psykiatriens Hus)、Denmark, Aarhus(Egmont HØjskolen, ホームレス支援施設、Denmark Red Cross・難民センター)

2016年1月13日(土)から2016年1月24日(日)まで、イギリスとデンマークで研修を行った。イギリスではノリッチとロンドン、デンマークにおいてはコペンハーゲンとオーフスにおいてそれぞれ2-3泊ずつの滞在であった。それぞれの都市における活動を簡潔に紹介したい。

(1)ノリッチ(1月13日―16日)

14日には、摂食障害を支援するBeating Eating Disorders (BEAT)という慈善団体の視察をした。職員のLouise Dunnさんにから講義を受けた。Dunnさんによれば、BEATが支援するのは摂食障害の当事者に限らず、摂食障害をもつ人の家族や友人なども含まれる。BEATはインターネット・電話相談や、摂食障害をもつ人々のピアサポートグループの立ち上げ、摂食障害に関する社会調査、啓発活動等行っているとのことであった。

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図1:東京大学の教員・大学院生のBEAT訪問の様子

14日夜と15日全日はイーストアングリア大学でワークショップ“Disability, Recovery and Participation”が開催された。ワークショップは東京大学とイーストアングリア大学の共同開催であり、イーストアングリア大側の担当教員は障害学の権威のTom Shakespeare先生であった。本学からは山田理絵さん(総合文化研究科博士課程)、石田さん(総合文化研究科博士課程)、津田菜摘さん(総合文化研究科修士課程)、東風上奏絵さん(学際情報学府修士課程)が研究発表を行った。発表はイギリスや日本での精神障害への支援実践の事例やそこから生まれた理論についての報告が多く、特に印象に残ったのは精神障害をもつ人々を「歌」を使ってエンパワーメントしていくという最新の取り組みに関する報告であった。また東風上さんの障害をもつ子どもとコミュニケーションするロボットに関する研究報告はイギリス側オーディエンスの注目を集めていた。

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図2:イーストアングリア大でのワークショップの様子

(2)ロンドン(1月17日―1月19日)

ロンドンでは、1月17日にWellcome Collectionという博物館を視察した。Wellcome Collectionはヘンリー・ソロモン・ウェルカム氏によって設立されたWellcome Trustが運営しており、医療史や医療技術、また医と芸術に関わる物品を古今東西から収集して展示している博物館である。世界的に支配的となってきている「科学的」な方法での「治療」を相対化させる展示がたくさんあり、その中でも特にローマ時代に治癒を祈願して神々に捧げるために使われた自分の身体の患部の模型が印象に残った。

1月18日はロンドン中央・北西部でリカバリーカレッジを運営する国民保健サービス(NHS Foundation Trust)を訪問した。リカバリーカレッジ(Recovery and Wellbeing College)は地域の精神障害をもつ人(身体障害をもつ人も一部にはいる)が「回復(Recovery)」のために通学する教育機関である。リカバリーカレッジにおける「リカバリー」は医学的な「治療」と比べて、より広い意味で障害をもつ個人をエンパワーすることができる鍵概念として用いられていた。リカバリーカレッジの特徴として、教える側も受講者同様に障害を抱えている/抱えていた人たちであることがあげられる。

リカバリーカレッジの学生は自身の障害をより深く知るためのコースや、社会復帰に必要なスキルを身につけるためのコースを受講することができ、またコース受講の課程を通して自身と同様の障害をもつ人々と知り合うことができる。リカバリーカレッジの精神障害者の社会復帰に対する効果は様々な研究で報告されており、既にロンドン市内でも複数のリカバリーカレッジが立ち上がっているとのことであった。

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図3:リカバリーカレッジの案内

(3)コペンハーゲン(1月19日―20日)

デンマークでは最初にコペンハーゲンで研修を行った。特に印象的であったのはコペンハーゲンに到着した1月19日に訪問したコペンハーゲン郊外のHelene Elsass Centreという脳性麻痺に関する民間の研究施設であった。ここで案内をしてくれたKristian Martinyさんは現象学と神経科学という全く異なるように思える2つの学問領域から脳性麻痺を研究している若手研究者であり、彼の学際的な研究成果の報告は大変興味深かった。

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図4:Helene Elsass Centerの正面玄関

20日にはコペンハーゲンのCenter for Psykosocial Rehabilitering Nørrebroという精神病患者のための施設で、Sting AkselgaardさんとMette Buskさんからオープンダイアローグという「対話」による治療の説明と視察を受けた。日本でも近年注目を集めている手法であり、大変興味深かった。

(4)オーフス(1月21日―23日)

オーフスより少し離れたホウ(Hou)という街にあるエグモントホイスコーレという学校を拠点に、日本人職員の片岡豊さんの案内のもと研修最後の3日間を過ごした。エグモントホイスコーレはデンマーク特有の私立成人教育機関であるフォルケホイスコーレの一つである。デンマーク中にある一つ一つのフォルケホイスコーレはそれぞれの特色を保ちつつ18歳以上の成人が学んでいるが、寮生活を共にし、入学試験・卒業試験・単位認定等がないことなどが共通する特徴としてあげられるとのことであった。

私たちが滞在したエグモントホイスコーレの特色は障害者と健常者が共に生活し、学ぶことであった。この学校では障害者が数人の健常者を介助者として雇用しており、雇用された健常者は同じ学校で通常の科目を障害者と一緒に学んでいる。学校での寄宿生活を通して障害者は健常者を自身の介助のために雇用することを学び(デンマークではパーソナルアシスタント制度という一定の基準を満たした障害者が健常者を自身で雇用する制度がある)、健常者も介護職に就くための実践経験を得ている。

滞在期間中、食堂で食事をし、授業等の見学もしたが、重度の障害をもつ方も含めて一緒に学校で学んでいる姿は印象的であった。

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図5:エグモントホイスコーレでの授業の様子

21日にはオーフスから少し離れたシルケボー(Silkeborg)という街の施設(Psykiatriens Hus)でMajbrit Lundgaard Andresenさんの解説のもとオープンダイアローグ(前述)の視察をすることができた。また最終日はデンマーク赤十字のイェリング難民センター(Center Jelling)へ立ち寄って職員のAnne Lejbach Jørgensenさんからお話を伺った。難民センターでは住居を提供するとともに、基礎的なデンマーク語やデンマーク社会に関する教育も提供しているとのことであった。

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図6:イェリング難民センター

以上、紙面の関係上圧縮したものとなったが、研修の報告としたい。引率の石原孝二先生、西堤優先生、片岡豊さんをはじめ、研修を実現してくださった方々にこの場をかりて改めてお礼を申し上げたい。ありがとうございました。

報告日:2016年3月31日