プログラム生自主企画:明日の大学シンクタンク 報告 菊池 魁人

日時:
2014年度冬学期
場所:
東京大学駒場キャンパス
共同企画者(順不同)
菊池魁人、半田ゆり、藤井祥、伊藤寧美、中村彩、山田理絵、崎濱紗奈
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス――市民社会と地域という思想」

全体のまとめ

現代の大学が直面する問題はいつになく深刻である。少子化の進行と大学乱立による市場規模縮小、法人化・長期予算の減少・人文系学部の廃止論などの政策の展開、また産官学それぞれが大学にかける期待の違いなど、その原因は多岐にわたっている。大学院に所属し、また今後もアカデミアと関係を持つであろう我々IHSプログラム生にとっても、これらは決して対岸の火事ではない。いま、人文・社会・自然科学の学生がともに大学について見つめなおし、その未来を構想する意義は大きい。

本自主企画では、大学政策とその実践例を調査することで政府が検討する大学の役割を把握し、その上で現代日本の大学制度がどうあるべきか考察する。昨今、学生あるいは大学への評価軸として、資格や免許、語学力といった指標が用いられているが、そのような「役に立つ」人材を育成する場として大学は存在しているのだろうか。あるいは、就職率、進学率、論文数など数値化できる要素のみで学生を評価することに問題はないだろうか。成果主義が強まる社会情勢に大学がどのように対応していくのか、その舵取りは大学というシステムの今後の展望と密接に関わっている。

2014年冬学期は、大学に期待される人材輩出の役割にフォーカスを当て、職業教育拡充を高等教育機関に要求していく改革計画を中心に、大学改革全般を精査した。メンバーはそれぞれテーマを設定して調査活動を進め、全6回にわたる定期ミーティングをへて、本報告書に活動内容を取りまとめた。今後はこれまでの調査内容を発展させ、インタビューの実施などを通して高等教育への理解を深めていきたい。

以下は、3月に提出した各メンバーの調査報告書の概要である。

菊池魁人『日本の高等職業教育政策分析:なぜ職業教育を高等教育機関で行う必要があるのか』

大学をはじめとする日本の高等教育機関に職業教育を導入すべきだという産業界からの意見を背景とした「実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関の制度化に関する有識者会議」が本自主企画の活動日程と平行して開催されていることに注目し、その審議内容を分析することで今後の大学改革の方向を考察した。産学それぞれの立場から提出される大学改革案の折衷として6ヶ月間の審議の末まとめられた「新たな高等教育機関」がどのように政策に反映されていくのか、今後も注視していきたい。

半田ゆり『国立大学改革──「人文科学廃止論」をめぐって』

2014年夏頃に話題となった「人文科学廃止論」。その出自は、文部科学省の下部組織である「国立大学法人評価委員会」の資料であった。本稿は、同委員会の資料・議事録を検討し、一体なぜ人文科学の廃止へと舵を切る言説が現れたのかを検討した。調査の結果、同委員会の基本方針は、今日の日本の経済戦略や、大学・大学院に留まらない教育改革を早急に求める国家規模の動きと同調するものであることが明らかになった。各大学の特色を伸ばすことによる自発的・持続的な発展を促す一方、日本社会の経済発展に直結すると期待されている理工系人材育成の重視・大学が求められる社会的役割に従った組織改革が叫ばれたことで、政府の考える「高い付加価値」を生み出すとはみなされなかった人文科学に廃止の二文字が掲げられたのである。こうした社会状況において、国立大学において人文科学に携わる者は、自らの学問領域をどのように考え、表現していけば良いのだろうか。

藤井祥『理工系基礎研究は国立大学で行われるべきか?』

職業教育の推進と同時に、人文社会学系学部の廃止が議論されている。これらはともに、学問の有用性を問う、同一起源のものであると考えられる。いっぽう、理工系の研究は「理工系人材育成戦略」によって強力に推進されているようにも思われるが、イノベーションが強調されるあまり基礎研究が軽視されているように感じている。基礎研究は応用・開発研究の基盤となるものとして評価されているが、本来研究者の個人的な好奇心をもって推進されるものであり、物質的成果とは独立している。基礎研究の価値判断の方法はいまだ満足できるものにはなっていないが、長期的な視点や同業者による評価が重要となる。

崎濱紗奈『日本における大学制度の変遷──「帝国大学」の誕生と「技術」』

本報告では、日本の大学制度の歴史的変遷について、特に、いかにして帝国大学が創設されたかを中心に整理を行う。近代国民国家の建設に際し、西洋技術の修得が焦眉の急となり、各省庁は付属の職業訓練校を設立した。文部省東京大学(後の帝国大学)は、これらの職業訓練校を吸収合併する形で総合大学としての出発を切った。西洋の大学と比較した際、日本の大学(帝国大学)には二つの特徴がある。一つ目は、帝国大学は明治政府の創作物であるということである。二つ目は、「科学」(学問的探求)ではなく「技術」の修得をその主眼に置いたことである。昨今盛んに議論される「人文科学廃止論」や「大学の職業訓練校化」といった発想の背景には、帝国大学設立以来の日本特有の事情が関係しているのではないかという仮説のもと、近代日本と「技術」との関連について考察を行う。

伊藤寧美『「役に立つ」学問とは何か──芸術教育の視点から──』

現在の大学改革の大きな問題の一つが人文学不要論である。特に、改革の焦点が知識、技術の実用性に当たっていることに着目し、本報告ではとりわけ芸術分野に根強く残る「役に立つ/立たない」学問という言説を分析する。明治期の日本の芸術教育政策を具体例とし、芸術教育推進の基盤には実用性という要因が強く働いていたこと、実用性重視のあまり技術と理論、思想のかい離が生じたことを論じる。「役に立つ」という評価言説の見直しは、ネオリベラリズムのモデルにのっとった大学改革における反論の手立てとなるだろう。

中村彩『フランスの高等教育制度の変遷と職業訓練との関係』

今学期は、フランスの高等教育制度の変遷と職業訓練との関連について調査を行った。その際に重要になってくるのが人文学(あるいは人文主義/人文科学)とは何か、そしてそれは今日のフランスの高等教育においてどのような位置を占めているのか、という問題である。本報告書では、フランスの高等教育における二元的構造について概観したうえで、西洋の大学の人文主義の伝統や1960年代以降のフランスの大学制度の変遷に関する調査結果をまとめた。なお今回の報告は、あくまで調査の最初の段階、すなわち適切な問いを立てるための視点を獲得した段階にある。来学期以降も引き続き、人文学的教養、職業教育と学際性の概念との関連などについて調査を行いたいと考えている。

山田理絵『職業教育と大学の歴史的考察』

近年、日本の文部科学省に設置された研究班において、大学教育で卒業後の職業に直結した技能を磨くことや、そうした職業教育に特化した新たな教育機関を設置することが議論されている。しかし、一部の研究者や有識者からは、そうしたプラグマティックな教育を目的とした教育改革は、これまでの大学や研究者の在り方を否定し、学問や研究の意義を捨象するという主張がある。

それでは、<ある実践的な知的な技法があり、それを伝達するための別種の高等教育が必要である>という議論は、現代の日本に特有の議論なのだろうか。この問いを明らかにするために本稿は、大学と職業教育に着目し、歴史的観点から両者の関係性を概観する。具体的には、18世紀以降、西洋の大学において職業教育の制度的転換が生じた背景を科学史の観点から概観する。結論として、西洋において産業革命時に発生し、大学の外に別種の機関や制度を整備するという形で制度の改革が進んだということが明らかとなった。次の課題として、日本における大学の黎明期の歴史に焦点を当てることによって、当時の大学と職業教育との関係について明らかにする予定である。

報告日:2015年3月23日