多文化共生・統合人間学演習V(第1回・第2回報告) 星野 太

多文化共生・統合人間学演習V(第1回・第2回報告) 星野 太

日時
2014年4月26日(土)、5月17日(土) 13:00−18:00
場所
東京大学駒場キャンパス駒場博物館セミナー室
参加者
金子邦彦(本学広域科学専攻教授)+小林康夫(本学超域文化科学専攻教授)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム 多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)「生命・環境」ユニット

IHS「生命のかたち」教育プロジェクトでは、4月26日(土)に「多文化共生・統合人間学演習V」の初回ガイダンスを実施し、6名のIHS学生が参加した。初回ガイダンスには、内野儀、小林康夫、加藤道夫、池上高志の4名の先生方が参加し、小林先生をコーディネーターとして、「生命」についての研究を進めている本学の自然科学系の先生方を毎回ゲストに迎える旨が説明された。

本演習の実質的な初回の講義となる5月17日(土)には、本学広域科学専攻の金子邦彦先生をお迎えした。金子先生は、総合文化研究科の広域科学専攻相関基礎科学系で教鞭をとられているほか、現在は「複雑系生命システム研究センター」のセンター長として、長年のあいだ「生命」に関する理論的な研究を進めている。この日は7名のIHS学生が参加し、先生のご著書『生命とは何か』(東京大学出版会、2003年[第二版:2009年])を事前に通読したうえで講義に臨んだ。

この日は、金子先生の研究者としての出発点から最近の研究にいたるまで、非常に密度の濃い講義を約4時間にわたって展開していただいた。もともと物理学者として生命の研究を始めた金子先生は、生命に普遍的な原理を発見すべく、相互作用、ゆらぎ、可塑性といった観点からシステム論的な研究を進めている。「複雑系生命科学」ないし「普遍生物学」と呼ばれるその試みは、2003年に『生命とは何か』という著書にまとめられ、早くも2009年には新たな知見を盛り込んだ第二版が刊行された。

金子先生の理論そのものは物理学の高度な実験と観察に基づくものだが、そこから導き出される「生命」についての理論の骨子は、自然科学を専門としない者にとってもおそらく直観的に理解可能なものである。たとえば、生命が生み出すカオス的遍歴や、細胞分化の過程で生じる細胞間の相互作用などは、われわれが「生命」というもののふるまいをイメージするさいに真っ先に浮かんでくるものだろう。さまざまな実験を通じて得られた多くの知見をもとに、生命一般に適用可能なシステムを発見・構築することこそが、金子先生の研究の中心を占めていると言える。

以上のような生命システムをめぐる理論は、人文・社会科学の研究者にとっては縁遠いものに見えるかもしれない。しかし、可塑性と安定性の双方を備え、たえずダイナミックに生成していく生命のふるまいは、専門を異にする者にとっても大いに刺激的なものである。事実、今回の講義のなかでも、細胞の状態が安定しなくなると新しい動きを示すようになる(=細胞を「苦しめる」ことによってノイズやゆらぎが生じる)という生命科学の研究結果が、歴史学において援用されているという事例が紹介された(『生命とは何か』の導入部でも、人間の認知プロセスや社会システムを理解するうえで、複雑系生命科学が有益な貢献をなしうる可能性が示唆されている)

小林先生と金子先生の対話によって進められた今回の講義は、複雑系生命科学そのものの理解と、他分野への応用可能性について考えるうえで格好のセッションであった。レクチャーの後には活発な質問やコメントが交わされ、普遍生物学をめぐる昨今の研究動向から、万能細胞をはじめとするアクチュアルな問題にいたるまで、教員・学生全員による議論が長時間にわたって行なわれた。

報告日:2014年6月13日