「ワークショップ:ストップ、キャンパス性暴力!」報告 武内 今日子

「ワークショップ:ストップ、キャンパス性暴力!」報告 武内 今日子

日時
2019年1月29日(火曜日)14:00 - 17:30
場所
東京大学本郷キャンパス・工学部二号館9階93B教室
主催
東京大学大学院博士課程リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム」教育プロジェクトS
協力
  • メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会(MeDi)
  • Meridian180、 Buffet Institute for Global Studies、 Northwestern University
  • 一般社団法人ちゃぶ台返し女子アクション
  • Tottoko Gender Movement(東京大学学生サークル)

「ワークショップ:ストップ、キャンパス性暴力!」は、上記の諸団体の協力のもとで、以下のようなプログラムに沿って開催された。まず、林香里教授をコーディネーターとする学習セッションでは、Adam R. Dodge弁護士によるご講義と、矢口祐人教授、Eunice K. Kim教授によるコメントがあり、その後質疑応答がなされた。次にディスカッション・セッションでは、コーディネーターであるMisha Cadeさんの司会のもと、東京大学、創価大学、早稲田大学、上智大学の性暴力をめぐる現状が、各大学の担当者によって報告されたのち、参加者がグループに分かれて大学の現状や各人の経験を共有し、性暴力を止めるためにできることを議論した。このイベントは基本的には英語で行われたが、質疑応答の際に参加メンバーが通訳に入るなどのサポートがなされた。本報告ではそれぞれの内容について紹介し、感想を述べる。

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はじめに、Adam R. Dodge弁護士からは、「大学キャンパスでの性暴力防止について:課題と成果」という題のもとで、米国の大学における性暴力防止の取り組みについての報告がなされた。米国では、性別に基づく差別を禁止した連邦法であるTitle IXが1972年のEducation Amendmentsにおいて制定され、これはセクシュアル・ハラスメントや性暴力、ストーキングなども禁止している。セクシュアル・ハラスメントなどそれぞれの用語に関しても明確に説明がなされており、それらは日本における性暴力に関する用語の定義にも反映されていると思われる。特徴的なものとして、性的合意に関する定義が挙げられる。カリフォルニア州では、同意を単にNoの不在ではなく、明確なYesの表明として位置づけており、これはワークショップにおいて配布されたハンドブックでも説明されていた。他にも、Title IXを実行力のあるものにするために、大学には性暴力に対処する義務があることや、多くの学内外の資源が存在することが紹介された。特に、性的マイノリティ、非白人、海外から来た学生のためのリソースセンターがそれぞれ存在していることは、不利益を被りやすい属性をもつ人たちにとって重要であり、日本においても今後さらに必要となるだろう。性暴力やセクシュアル・ハラスメントと聞くと、男性が加害者で女性が被害者であるという表象が多く見られるが、実際には同性への性行為が問題となることや、女性が加害者となることも当然ある。それらの典型的とはみなされていない事例においては、より被害者側が孤立しやすくなる可能性も高いと考えられる。

Dodge弁護士の講演に対して、まず矢口祐人教授からは、日本における性暴力の現状について補足がなされた。政府が実施した調査に基づき、見知らぬ人よりも知り合いからの性暴力が生じやすいことが指摘された。ここでは、被害者が回答しにくいといった調査設計自体の困難に関する指摘が重要であると感じた。性暴力をめぐる実態が調査にどの程度反映されているかわかりにくいことや、セカンド・レイプの危険性が、性暴力に関する調査・研究を妨げてきた側面はあるだろう。だが、実態がある程度把握できなければ、実行力のある対処を立てにくいため、調査設計の仕方についてはさらに検討する余地があると思われる。加えて性暴力が生じる背景として、学生の男女比が8:2と極端に男性の割合が多く、女性教師も少ないという、東京大学における性差をめぐる現状が説明された。

次に、Eunice K. Kim教授からは、Ewha女子大学の事例をもとに、韓国において広がりを見せた#Me Too運動について説明がなされた。例えば、学生連合が反抗集会を開き、性暴力をふるった教授を批判し、これらの動きが権力のある男性をも性暴力の罪に問うことにつながったという。これらの過程は順調なものではなく、多くの高い地位をもつ男性は行為を同意のうえで行われたものとして反論したほか、説明を求められる被害者へのセカンド・レイプの危険も生じていた。それでも性暴力やジェンダー差別を問題視する風潮が韓国において広がったことには、メディアが公的な関心を引きつけ、クレイム申し立てを可能にする土壌を提供したことが影響している。#Me Tooというスローガンは、多くの被害者が経験を共有し、声を挙げるための有効な言説資源となったのである。このようなメディアの影響力は軽視できないが、他方で#Me Tooといった運動に対して反対する人たちの声もメディアによって可視化されることを、どのように考えればよいだろうか。例えば日本で時折見られる言説には、セクシュアル・ハラスメントとして認識されることを避けるために、女性との接触をできるだけ避けようとするというものがある。結局のところ一人勝ち型の言説にはならないのであれば、いかなるメディア上の言説が影響力をもち、集会など具体的な行動や制度的な水準での対処に結びついていくのかということを、今後問うていく必要があるだろう。

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ディスカッション・セッションは、性暴力の個人的な経験を話す可能性があるため、言いたくないことは言わなくてもよいこと、個人的な経験を口外しないこと、いつでも部屋を出てもよいこと、他の人の経験を否定しないことなどがまず確認された。本報告書でも、個人情報に関わることには言及せず、むしろ構造的な課題に焦点を当てる。このように個人的な経験を社会的な問題として考えるという関心は、ディスカッション・テーマにも反映されていた。ディスカッション・テーマとして、第一に、日本の大学における性暴力の問題のあり方と、それらがなぜなくならないか、どのような因果関係があるかということ、第二に、その問題を解決するためにどのような変化が必要であり、どのように変化を生じさせることができるかということが設定された。

まず、どの大学も共通して重視していたことは、「性的合意」概念の普及である。各大学は、一般社団法人「ちゃぶ台返し女子アクション」や、「Tottoko Gender Movement」「Shaberu」といった主に昨年度創設された大学サークルが中心となって、性的合意に関するハンドブックを配布したり、性的合意に関するワークショップを開催したりするなどの草の根的な活動を行っていた。そのうえで東京大学では、男性による女性に対するセクシュアル・ハラスメントが大学院で生じたものの、加害者が罰せられなかった事例が紹介された。この事例が示すこととして、特に他大学から入学した女性や留学生が性暴力の対象になりやすいことや、大学のハラスメント・カウンセリングセンターなどの制度の不充分さが指摘された。制度的不備として挙げられたのは、実質的な効力をもちにくいことや、審議の過程で生じるセカンド・レイプなど、被害を受けた人自身の負担が重いといったことである。上智大学では性的合意ワークショップが多くの参加者を集めたが、さらに人を集めるために何ができるかが問題提起された。早稲田大学では、レイプ事件が問題となってきたことが述べられた。創価大学による発表で特徴的だったのは、多くの大学教師を巻き込んで活動してきたことである。

創価大学のメンバーによる興味深い指摘に、非英語話者をさらに包括していく必要があるというものがある。今回のワークショップは通訳があるものの基本的には英語で行われ、主催者側のメンバーにも英語話者が多いように思われた。これは、エスニシティや言語の同質性が前面に出がちな日本におけるイベントにおいて、多様なメンバーを集め、異なる視点から日本の大学における性暴力のあり方を捉えることに役立っていた。他方で、相対的に日本語話者の関心を集めない傾向があるとすれば、第一に、日本における留学生が被害に遭いやすい、もしくは被害を相談しにくいという現状が存在する可能性が背後にあるかもしれない。現にディスカッションのなかで、ある大学の学生が、カウンセリングを受けたくても英語を話せるカウンセラーの数があまりに少なく順番待ちとなり、諦めてしまう現状を指摘していた。

だが第二に、性暴力に対する問題意識や、性的合意という考え方そのものへの関心や知名度の違いを反映しているようにも思われる。性的合意を広めることは性暴力の抑止力として重要かもしれないが、これまで容易には理解を得られていないことを考えると、性的合意概念にどのような限界があるのかということも同時に把握しておくべきなのではないか。性的同意は、配布されたパンフレットによれば、「“全て”の性的な行為において確認されるべき同意」を指し、「性的な行為への参加には、お互いの『したい』という“積極的な意思表示”があることが大切」だという。そして、「同意のない性的言動は性暴力」であるという。これらの理解は、Dodge弁護士が説明した米国における合意理解と同様のものであると言える。しかしながら、例えば、見知らぬ人と比べて多く生じているという知り合いによる性暴力やハラスメント行為には、実際に生じうる性的な駆け引きなどの様々な事情によって、性的合意がどのような形で成立するのか、双方にとってよくわからない部分が生じるように思われる。例えばパンフレットには、「性的自己決定権」が尊重されている例として「パートナーに触れるとき一言かける」という行為が挙げられているが、これは実際のコミュニケーションの中でできるようなことなのか。また、“積極的な意思表示”が容易にはできない場合も多いだろう。これは「派手な服装をしていた被害者が悪い」といった、大衆メディアによく現れる被害者非難の言説と同一視すべきものではない。法的問題となるかどうか、制度的な整備のあるべき形、一般に見られる言説、曖昧な領域が存在する性に関わるやり取りのあり方といった諸側面をそれぞれ区別して議論し、それらの関わりを調べていく必要があるだろう。これまでの性暴力防止のためになされた戦略を、実際の人々の実践や言説、必要な手順を踏んで行われた調査に基づいて評価することも、性暴力に対してとるべき方策を決めるために重要なことだと考えられる。性暴力被害者、研究者、活動家のそれぞれに資するような取り組みを考えるうえで、今回のイベントは有意義なものであったと言える。

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報告日:2019年2月2日