「インドネシア・バリ島研修」報告 半田 ゆり

「インドネシア・バリ島研修」報告 半田 ゆり

日時
2016年2月13日(土)〜2月18日(木)
場所
インドネシア・バリ島ウブド周辺
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト1「生命のかたち」

2016年2月13日(土)-18日(木)、プロジェクト1「生命のかたち」により、インドネシア・バリ島研修が行われた。本研修は、バリ島でインドネシアの民族音楽であるガムランとバリ舞踊のレッスンを受けることに主眼を置いていた。その他、現地で暮らす方のお話を伺い、プロの演者による伝統芸能の観劇を通じて、バリ島における芸術と宗教、生活の密接な関係を総体的に理解することを試みるものであった。

筆者はプロジェクト1「生命のかたち」がプログラム創設時より展開している、山田せつ子先生によるコンテンポラリーダンスのワークショップへ継続的に参加してきた。そこでは、いわゆる振付というものを介さずにダンスする身体のあり方を実践を通して学んできた。このバリ島研修は、それとは異なった角度から、すなわち、日常、宗教、そして音楽と強く結びついた伝統舞踊の中の身体の使い方を、身を持って学ぶものであった。そして、バリ島における経験をベースに作品を制作することが最終的な課題として掲げられた。制作にあたっては、山田先生のワークショップと同様、作品をめぐる人との対話が重視された。渡航前にはガムラン奏者でインドネシア芸能の研究者である皆川厚一先生による講義、現地ではバリ島に長く暮らされている荒海とし子氏による講演を拝聴した。

渡航翌日から4日間、筆者はバリ島ウブドのプンゴセカン村にあるグループ・スダマニにて、ガムランとバリ舞踊のレッスンを集中的に受けた。スダマニは両領域において、国内外で演奏活動を行うトップグループである。ガムランは、その非常に早いテンポを特徴としており、演奏の習得は容易ではなかった。銅鑼や音域の異なる鍵盤打楽器、太鼓などの複数の楽器によって、音が機械的に緊密に積み重ねられることで、畳みかける様な疾走感と音圧が与えられる。この非常に細かく打たれるリズムと、それが生み出す共鳴が組み合わされることによって、踊り手のトランス(神がかり)がシステマチックに引き起こされるという。ガムランと合わせて演じられるバリ舞踊は、この剛にくわえ、柔を併せ持っている。硬質さとやわらかさが踊りの中で切れ目無く切り替えられ、接続されてゆくさまは、身体のフォルム、動きのスピード、踊り手の表情などに見出すことができる。

バリ舞踊は神々、人間、自然の3つの世界を表現している。これに加え、男と女の二項対立的関係が導入されている。しかし、それぞれの間に引かれた境界線はゆるやかだ。なぜなら、それが身軽に飛び越えられてしまうからである。踊りの中で、一人の人が複数の役を次々と演じていく。あるいは、女性の身体を持つ人が、男性のやり方で腰巻きを身に付け、男性の振りを踊る、といった方法によってである。このように、3つの要素、2つの要素の間に線を引きつつ、それを易々と飛び越える所に、筆者はバリ舞踊の魅力を感じる。

本研修の際立った特色は、バリ島での経験を作品制作へと展開させる点である。筆者は、バリ舞踊のレッスンを通して自らの身体に感じた筋肉の強張りを取り出そうと考えた。全身の力を抜いた上で腰を落とし、下腹部に力を入れてお尻をひねる姿勢、アグンと呼ばれるこの基本形から、バリ舞踊のすべては展開していく。

筆者はレッスンから、とても小さなモチーフを選び取ろうと思った。というのも、たった数日間の経験をもって、ひとつの芸能の全容を把握できるなどという傲慢さがあってはならないと考えたからである。バリ島は、1930年代から今日に至るまで、西洋にとって「驚異のオリエント」として捉えられてきた。その端緒と思われる1931年のアントナン・アルトーによるバリ演劇評は、同年8月のパリ植民地博覧会における彼の観劇経験をもとにしていた。こうした把握可能なスペクタクルへと向かう植民地主義的な視線からは距離を取らねばならない。

しかしながら、こうした姿勢を実際のダンス作品に結実させる試みには課題が残った。制作した作品の発表会には皆川先生、山田先生も出席されたが、山田先生からは古典というものをコンテンポラリーの文脈で実践する時、前者にどこまで入り込んでゆくのかは大きな問題であると指摘を受けた。普遍的で抽象的な身体のムーヴメントを取り出す際、それが位置づけられた特定の文脈──それはまさに、バリ島という場における日々の暮らしや宗教実践の歴史にほかならない──をいかに脱色しないかということが、引用元へのリスペクトと直接的に結びついている。こうした思考を実際のダンスに昇華していくことの難しさは言うまでもない。

古典に依拠する現代性というテーマは、ダンスのみならずあらゆる芸術領域の課題のひとつとして考えられる。こうした問題提起は、筆者の今後のダンス及び研究のさらなる発展へとつながっていくだろう。

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