2018年度つくばみらい市農業実習夏合宿 報告 佐藤 寛紀

2018年度つくばみらい市農業実習夏合宿 報告 佐藤 寛紀

日時
2018年8月20日(月)〜21日(火)
場所
茨城県つくばみらい市寺畑およびその周辺 古民家松本邸(合宿場所)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクトH「生命のポイエーシスと多文化共生のプラクシス」
協力
NPO法人「古瀬の自然と文化を守る会」 東京大学大学院農学生命科学研究科

概要

平成30年度における第3回目の茨城県つくばみらい市での農業実習が行われた。今回もこれまで同様、NPO法人「古瀬の自然と文化を守る会」と東京大学大学院農学生命科学研究科のご協力を得た。今回の研修内容は1)古民家松本邸の清掃、2)農家の方々へのインタビュー、3)インタビューを基にした口頭発表と学生間ディスカッションである。今回の研修はこれまでの農業体験とは異なり、農家の方々が何を思い、現在農業に従事されているのかを詳しく聞き、それについて考察する、といったものが主であり、これまでとは違った形で農業というもの考える機会となった。そして、現在日本の経済活動としての農業が問題に直面しているということ、そしてその解決は、文化や自然などの多くの要素を包括した農村もしくは地方の今後を保証する上で重要である、ということを学んだ。

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実習内容

今回の実習では、前回、前々回でお世話になった寺畑ふるさと会館及びその周辺の農地ではなく、NPO法人「古瀬の自然と文化を守る会」が保存と活用に尽力されている築100年を越える松本邸で行われた。また、今回の実習は一泊二日であるため、松本邸は宿泊施設としても利用させていただいた。実習はまずこの松本邸の清掃から始まり、昼食後、東京大学大学院農学生命科学研究科の学生と共に幾班かに別れ、農家の方にインタビューをさせていただいた。インタビューをさせていただいた農家の方々はこれまでの実習の折に農業を指導していただいたNPO法人「古瀬の自然と文化を守る会」の方々ではなく、同じく寺畑地区で農業に従事されている様々な背景を持つ方々である。私の属した班は吉田暢孔さんにインタビューさせていただいた。吉田さんは農業経営者で、農業経済に詳しく、主に稲作やスイカなどを育てられている。吉田さんから伺ったお話は主に、1)なぜ農家になったのか、そしてどのような変遷がこれまであったのか、2)農家としての現状、特に経済的困難、3)経済活動としての農業が抱える問題の影響、である。

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まず1)に関して、吉田さんが農家になられたのは昭和32年であるが、その頃は農業の景気がよかったため、トンネル栽培でトマトを育てる農家になられたそうだ。そしてその後昭和40年代に稲の値段が高かったこと、地下水の汲み上げによって稲作が可能になったこと、草取りがなく楽であること、などを理由に稲作を始められた。

次に2)について、吉田さんは現在、茨城県で行われているような個人経営の小規模農業では経済的に成り立たないと述べられていた。その理由として、まず国からの農家への補助金が減額され、これまで10a当たり15,000円の補助金が当てられていたが、それが7,500円/10a、そして0円/10aとなった。次に農政の混乱である。吉田さん曰く、戦後米の流通は、戦後の食糧難対策としての政府による買取と計画流通、その後の自由流通化、そして減反政策によって農業の混乱が招かれたそうだ。また、自由流通化されたとはいえ、基本的には農協による農業経済運営がなされており、しかも農協に出荷したとしても1俵当たりの採算が、120,000円(農協出荷額)-140,000円(生産コスト)= -20,000円となり、赤字となってしまうという。現在注目されている道の駅などへの出荷も、確かに商品単価は高いが、出荷量が極端に小さいのでさほどの利益にならないとのことである。次に規模の問題について、北海道などの大規模農業でない限り、茨城県で行われているような小規模農業では採算が合わず、大規模農業と競争になった場合は太刀打ちできないという。また、魅力的な商品開発という点に関しても障壁があり、それは農協などを通した共通の種の配布、作物の回収と他の事業者の商品と混合されての販売(例:米ならば他の事業者の米と混ぜて貯蔵されてしまう)により、一定の範囲において産業全体で商品が画一的になってしまうため、コストを掛けて魅力的な商品を開発してもそのリターンがないという結果になってしまうという。更には、TPPなどによって海外との経済的競争の未来も心配されていた。これらの問題に対して吉田さんが強く主張していたことは、農家はこれから既存の枠組みにとらわれず新しい流通経路を見つけ、農業経済体系の変化が必要だろうということであった。国の推奨する第6次産業を実践するには規模の問題や、そのリスクの大きさ、また流通の問題などが多く、吉田さんもその必要な変化の具体的なものはまだないように思われた。

そして3)の経済活動としての農業の困窮とその影響に関してだが、これには農業の後継者問題と地方経済の問題への影響が挙げられる。吉田さん曰く、ご子息が農業を継ぎたいと言っておられるそうだが、吉田さん自身はあまりそれを素直に喜べないという。その理由は、前述の通り農業が経済的に成り立たなくなっており、農業で身を立てることが難しいからだそうだ。またそもそも後を継ごうとする者がおらず、離農、そして耕作放棄地となる農地も増えている。このような土地は駐車場や倉庫・工場になったり、企業によって安く買い叩かれたりなどして、農地に戻すことのできない土地となる運命を迎えることとなるという。また、そうした農地や土地に限らず、農地や社会とっての資源である水源や山林の中国資本による買い占めも大きな問題であり、このままでは外国に国内の資源まで依存することになってしまうという懸念を抱いておられた。吉田さん曰く、地元に企業を誘致し、そこで働きつつ農業を行う人間がおり、そのために土地・農地を貸し出すという形が理想だというが、そう上手くはいかないだろうと言われていた。

以上の内容を吉田さんから伺い、二日目に班ごとでの口頭発表を行い、他の班が聞いた内容なども知ることができた。それらにおいては、全体的に寺畑地区の農業は困難の時代にあり、なんらかの変化がなければこのまま衰退してしまうのではないか、という懸念が多く聞かれた。学生間でのディスカッションを通して農業が抱える問題や、その解決のための取り組みについて、普段会話する機会のない東京大学大学院農学生命科学研究科の学生の方々から知識を学ぶことができた。

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考察

地方社会にとって、特別大きな企業や工場などがない限り、一次産業は社会・経済の根幹の一つである。一次産業の衰退が叫ばれるようになって久しいが、その衰退と同時に地方経済・社会の衰退も顕著になりつつある。両者の間に明確な相関関係があるか私は残念ながら勉強不足でわからないが、地方経済において主要産業となっている一次産業が不健康な状態にあるということは決して無視して良い事態ではないだろう。また、地方における農業の役割は単に作物を生産し貨幣を得るというだけに止まらず、農地とその周辺環境(溜池や用水路、防風林など)は一つのシステムとして、野生生物や人間に対しての生態系サービスの根幹となっている。また農業による地域コミュニティーの形成という点でも農業はある一定の重要性を持っているだろう。このように農業は地方社会・文化・自然環境の保全に重要な役割を担っており、地方の衰退を止める上で農業に関わる上記のような問題を解決することは急務であると考えられる。また農業問題の解決は地方のみならず、国全体にとっても重要な課題である。なぜなら農業は漁業や林業などと共に国の一次生産を支えており、国民が生存し、国が成り立つ上での基礎であるからで、その衰退は国の地盤沈下と同じであると考えうるからである。日本の食料自給率は農林水産庁によれば38%(カロリーベース、平成29年度)であり、日本は食物の多くを海外に依存していることがわかる。国の地盤として一次産業が成り立つことは国家(政治的な意味での国家ではなく、人類集団としての国家)の食の安全保障上(品質管理だけでなく、食糧危機などに対する防衛としても)重要だと思われ、農業を含めた一次産業の不健全化な状態は「国難」であるだろう。今回の研修では数名の個人経営農家の方のお話を聞くことができたに過ぎないが、そこで得られた情報は、地方・日本の地盤である一次生産者の様子を体現しているものであり、その国難の片鱗であったとも考えられる。

吉田さんの強調されていた農業の経済的困窮と持続性に対する大きな懸念は、早急に取り除かねばならない国の課題であるが、果たしてそれはどのようにすれば可能だろうか。私には到底その解決策は思い浮かばないが、その糸口として今後注目してみたい点として次のものが挙げられる。まず、吉田さんの強調されていた新しい流通の形の構築に関してだが、これについては度々マスメディアでも話題に上がる農協による独占だけの問題だけでなく、農作物とそれによって作られる商品(コンビニのおにぎりや弁当、牛丼屋の牛丼など)、すなわち現代における二次・三次産業との関連に注目してみたい。日本は現在空前のデフレ時代であるが、農業における流通の変化が、農家に利益をもたらしつつ、このデフレ時代における二次・三次産業の利益増加とそれに従事する者の給料増加にどのようにつながるのか気になるところである。次に後継者問題について、吉田さんの言われるように農家の経済的ハードルと農業に従事する技術的なハードル(吉田さん曰くまともに生産できるようになるまで数年を要し、数年かけなければ利益確保が難しい場合がある)を、似た理由で担い手が不足し、高度な技術を持った職人が減少している土木建築業と共通点を見出し、日本の基盤を支える技術の消失問題として注目したい。そして最後に、以上の点を踏まえ、一次産業を経済活動としてだけでなく、社会保障としての観点から保護するという可能性について考えたい。一次産業や職人業(物作りによって国を支える職業)が地方社会や国の地盤であり、その衰退が社会的に大きな影響を与えることが予想される以上、そうした産業を社会的に保護することは、年金や国民健康保険同様、社会保証という意味で重要なのではないかと今回の研修で考えた。輸入品に対する関税だけでない、一次産業を保護する新しいより充実した形式の社会保障制度をどのように構築し得るのか、これから注目してみたいと思う。

まとめとして、今回の実習は、農業体験に重きを置いたこれまでの研修と異なり、農業をシステムとして捉える機会になった。そしてそれによって前述の吉田さんからご教授いただいたような現在農業が直面している問題や、その問題に対して農家の方々がどのような思いを持っておられるのかという非常に貴重な情報を得ることができた。地方と農業のあり方についてのこうした学びを、今後のIHS内外での活動に活かしていきたい。

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報告日:2019年2月19日