プロジェクト5 レアード・ハント氏・柴田元幸氏 朗読講演会
Imagining Other Times, Dreaming Other Places: A Talk and Reading by Laird Hunt with Motoyuki Shibata 報告 亀有 碧

プロジェクト5 レアード・ハント氏・柴田元幸氏 朗読講演会
Imagining Other Times, Dreaming Other Places: A Talk and Reading by Laird Hunt with Motoyuki Shibata 報告
亀有 碧

日時:
2015年12月1日(火)19:00-20:30
場所:
東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム1
講演者:
レアード・ハント(作家)、柴田元幸(翻訳家、東京大学文学部特任教授)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト5「多文化共生と想像力」

今回の講演会は、アメリカの作家、レアード・ハント氏と、彼の作品である『インディアナ・インディアナ』及び『優しい鬼』の日本語翻訳を手がけられ、レアード・ハント氏を本講演で「The best writer」とも評した柴田元幸氏をお招きして、創作に至る経緯やその体験、翻訳方法などを伺うものであった。レアード・ハント氏は、2010年にデビューして以来、精力的に創作活動を続ける中で、作家ポール・オースター氏に紹介され有名になった。今回の講演会の直近に柴田氏による日本語訳が刊行された『優しい鬼』は、南北戦争前の奴隷制の色濃いケンタッキー州に住む、1つの「家庭」を中心的に描いている。独裁者として君臨する暴力的な男と、語り手が寄り添うその若い妻、そして二人の奴隷の娘と、お話の得意な下男によって構成されるその家庭で起こる、陰惨な暴力と幻想的なお話の世界がめくるめく語られるこの小説は、推理小説的なスリリングさと、入れ替わる声の響きあいが印象的な作品である。

レアード・ハント氏は、父の仕事の関係でシンガポールで生まれ、以来ロンドンや祖母の住むインディアナ、父の住む香港などへ幼少期から転居を繰り返していたそうだ。その経験の中で、たとえばインディアナでは自身の英語のアクセントに悩む経験もあった。そこで形成されたのは曰く「split identity」だった。こうした経験は、氏の作品における語の用法にも生かされているように思われる。『優しい鬼』では、たとえば「井戸」という語に、その暗さや暴力性と、冷たく澄んだ水の出所という両義的で多元的なイメージが次々に付与されていくのであり、その豊かな語の使用法が特徴的である。

ハント氏は、その後、大学で歴史とフランス文学を専攻された後、日本にも英語教師として住んだ経験がある。1991年頃、居住地は熊谷や川崎であったそうだ。氏と日本のかかわりは深く、日本人作家、とくに川端康成や俳句作りに興味をもっているそうで、Tokyo Writers Workshopにも参加されていた。その後文学修業ともいえる期間を続ける中で、Coffee House Pressというインディペンデント出版社に見出されることになる。この出版社では編集者との密接なかかわりの中で適切な助言を受けることができたという。

特に氏の創作活動へのストイックさは、今回のお話の中で最も印象的だった。ハント氏は、理想の作家―例えば氏はホルヘ・ルイス・ボルヘスやウィリアム・フォークナー、ハーマン・メルヴィルなどを愛好する作家として挙げられた―に対する心理的な壁を常に感じているそうで、その壁を越える創作活動をするためには、「Solitary work」が絶対に必要だと述べられていた。また、現在ハント氏は、デンヴァー大学にてクリエイティブ・ライティングコースを受け持つ教授でもある。そのクラスでは、15人から20人の生徒が創作したフィクションを事前に共有し、全員の顔が見える円卓でそれぞれコメントを出し合う。その際、話者は直接的に作者に意図を尋ねたりするのではなく、あくまでも輪の会話を運用するように心がけているそうだ。

柴田元幸氏は今回の講演会の大部分で聞き役をなさっていたが、作者に直接は知り合うことのない一読者として翻訳を行うと、その姿勢を説明なさっていた。そのため、発音や事実確認以外では作者とのコンタクトはとらないそうだ。翻訳を、作者に成り代わって語るためではなく、1つの読みの提案として行うという先鋭的な思想が興味深かったとともに、ハント氏の小説を原語と日本語訳で読み比べる意義も感じられた。最後に行われた朗読では、それぞれの全く異なる語り方―柴田氏は声色の変化や手振り身振りを交えた迫真の語りであり、ハント氏は落ち着いて静謐な印象の語りであった―が明らかになり、より一層、翻訳における2つの声の交差に耳を澄ます契機を与えられたように思う。

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報告日:2015年12月15日