The News Gap: Media industry and democratic life in the 21st century 報告 中川 ゆりや

The News Gap: Media industry and democratic life in the 21st century 報告 中川 ゆりや

日時
2016年1月21日(木)〜1月22日(金)
場所
講演会及びワークショップ(1月21日):東京大学本郷キャンパス工学部2号館92B
メディア企業訪問研修(1月22日):東京

今回の企画では、パブロ・ボツコフスキー先生の著書「The News Gap」を題材にニュースメディアが人々に提供すべきであると考える情報(供給)と、人々がニュースメディアに求める情報(需要)の格差に関して、①勉強会②講演会③ワークショップ④フィールドワークという四つの手法で学びを深めた。本著では、メディアは大衆に対して政治に関するニュース(public affair; hard news)を押し出す一方で、一般の人々は芸能やスポーツなどの軽いニュース(soft news)を好む傾向にあり、両者の間には溝が存在するということが、丁寧な調査により明らかになっていた。事前の2回の勉強会では、オンラインニュースメディアがいかに消費されているか、デジタル時代のメディアが持つアジェンダセッティングの効果に関して多角的な議論が行われた。農学生命科学研究科に所属し、メディアについて門外漢であった私にとって、とても刺激的な勉強会となった。

ボツコフスキー先生の講演会では、上記の内容についてより具体的なデータをお示しいただき「The News Gap」を読んでこれまで理解してきた内容を補完することができた。講演会当日は、IHS外部から訪れた参加者の方がとても多く、活発な質疑応答も見られた。メディアに関連する人々が本話題に対して大変関心が強いということがその様子からうかがわれ、メディアを扱う上での最前線のお話を聞けていると実感した。

講演会後は学生による研究内容のプレゼンとそれに対するボツコフスキー先生のコメントを頂くワークショップが行われた。私自身の研究はNews Gapと直接的にも、間接的にもあまりかかわりがなかったので今回は発表することはなかったが、発表をした4人の学生の研究はいずれも大変興味深く、同じ大学で私と同世代の学生がどのような研究をしているのかを知ることのできる貴重な機会となった。ボツコフスキー先生は各人の短いプレゼンから瞬時に深層まで理解しておられ、鋭い指摘や建設的なアドバイスを次々に述べていらっしゃった。ボツコフスキー先生の質問等からは、先生はメディア利用者の統計的な部分や、そのメディアの年表的な部分など、数字に注目している様子がうかがわれた。「The News Gap」でも見られたように、やはり統計的な分析は相手を説得するためかつ、状況を正しく解釈するために重要なことなのだと改めて感じた。ワークショップはとても盛り上がり、終了後には私と同じように当日発表しなかった他のメンバーと、「こんなに丁寧にアドバイスをしていただけるのならば、発表してみたらよかったね」と振り返るほどであった。

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二日目の22日にはメディア企業訪問研修として実際に外に足を運ぶフィールドワークを実施した。訪れた企業は朝日新聞デジタル部(朝日新聞メディアラボ)、マーベラス株式会社、Yahoo! Japanのヤフーニュースの担当部署であり、業界の概説を頂いたのちに、議論を行った。

最初に訪れた朝日新聞デジタル部では、社員の方々に朝日新聞の最近の取り組みとして読者と発信者のギャップ(News Gap)を埋めるようなサービスである「Withnews」をご紹介いただいたり「A-port」というクラウドファンディングをベースとしたサービスについてお話しいただいたりして、従来の「朝日新聞」の巨大で一般の人々とはやや遠いイメージから身近で温かみのある印象に変化していっているように感じた。特に「A-port」の事業は興味深く、一般市民に世界を変えるパワーを与えるという理念と、それをメディアがサポートするという組み合わせに目からうろこであった。「メディアはnon-committerとして中立であるべきなのではないか?クラウドファンディングとは相反するのではないか?」という質問に対しては、「資金調達というよりは、一般市民とのコンタクトポイントを創るということに主眼を置いている」といった回答がなされ、メディアがいかに大衆の身近な存在になれるかということが重視されていることがうかがわれた。

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朝日新聞社の近くにある築地でお昼(お寿司)を済ませた後には、ゲームを中心としたサービスを展開しているマーベラス株式会社を訪ねた。(ニュース)メディアとゲームでは少々分野にかい離があるようにも思われるが、人々に(ストーリーを)訴えかけるという点や人々とのコンタクトポイントを作ることの重要性といった点においては、メディアと共通する考え方もあるだろうと想像した。また、ゲーム制作の現場を実際に見学することは初めてであり、整然としたオフィスでたくさんの社員の方々が黙々とパソコンで作業をしている様子は印象的であった。これは私の偏見なのだが、ゲーム会社と言えば、夜通し作業をしてオフィスは物で溢れ返っているものだと考えていたが、マーベラス株式会社では社員は20時には帰宅すると言い、オフィスも綺麗で私のゲーム会社への固定観念を変える現場が広がっていた。さて、社員の方とのディスカッションでは、自社のコンテンツがいかに作られ、いかに消費されているかについて重点的にお話を伺った。一つのゲームを制作するに当たり広告費も含めると3億円程度かかっているとのことで、我々の想像をはるかに上回るマーケットができあがっていることが分かった。マーベラス株式会社には他社と比べてブラウザーゲームに強みがあるそうで、「リリースがゴールのコンシューマーゲーム」ではなく「リリースがスタートのオンラインゲーム」によって、消費者のニーズにどんどん合わせていくような開発を行っているのだろうと想像した。これはNews Gapにも通ずるところで、人々の反応を随時モニタリングすることによってより需要の高い製品を供給することが可能となるだろう。そういう意味ではオンラインゲームはギャップを埋めやすい存在なのではないかと思う。一方で社員の方の「ゲームは文化ではなく遊びであるという認識がいまだ根強い」という言葉がとても印象的で、「ゲームをする」という行為が今後いかに生活の一部に馴染むことができるのか、今後の課題も見えてくるようであった。

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最後はYahoo! Japanのヤフーニュースを担当している方々からお話を伺った。社員が皆さん若くて活発な雰囲気があるのが特徴的だったように思う。Yahoo! Japanでは今回の企業訪問で最もNews Gapに関するお仕事の様子を見たり、お話を聞いたりすることができた。ヤフーニュースのアクセス数はリアルタイムで管理されており、それを参考にしながらヘッドラインを構成していた。ただ読者が読みたいニュースだけを提供することではなく、政治に関するような「硬い」ニュースはヘッドラインの上側に、キャッチーでソフトなニュースは下側にすることにより、すべてのヘッドラインを見てもらうようにするなど、読者に読んでもらいたいニュースと読者が読みたいニュースのバランスを考えながらサイトを構成していることが分かり、とても面白く感じた。また、なぜ比較的需要が少ないPolitical affairなどのHard newsを掲載し続けるのかと言う質問に対しては、「日本を良くするため」という端的な返答があったことが印象的だった。収益のためではなく、「公共性」にもこだわりたいという社員の方々や企業全体の理念がそこには反映されているようであった。今後Yahoo! Japanについてもっと詳しく知りたいと思わせるような企業訪問であった。

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今回のプロジェクトでは、News Gapについて非常に網羅的に学習することができた。ボツコフスキー先生のフィールドワーク中での発言の着眼点も面白く、自身の勉強不足を感じながらも、メディアの分野の興味深さを再確認できる企画であった。

報告日:2016年1月28日