オンラインカウンセリングとメンタルヘルスケア 川端 野乃子

オンラインカウンセリングとメンタルヘルスケア 川端 野乃子

日時
2016年11月24日(木)15:00 - 17:00
場所
東京大学駒場Ⅰキャンパス18号館4階コラボレーションルーム2
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

本講演では、株式会社cotreeの代表取締役の櫻本真理氏に「オンラインカウンセリングの実践から見たメンタルヘルスケア」というテーマでお話していただいた。

株式会社cotreeとは

最初に、創業者である櫻本氏からcotreeの事業内容についてご説明いただいた。cotreeは「心の問題を抱える利用者と心理専門家をつなげる」ことを目的としたオンラインサービスである。個人向けには定額性チャット、Skypeカウンセリングのふたつのサービスを提供しており、ネットを通じて手軽に心理専門家に相談をすることができるという点がウリになっている。またこのサービスには、利用者と心理専門家のみの閉鎖的な場になるのではなく、必要に応じて医療機関の紹介も行うという特徴がある。

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メンタルヘルスケアとビジネス

私は普段、臨床心理学に関連した領域で研究をしており、社会においてメンタルヘルスの問題がどのように扱われ、どのようにアプローチされているのか、という点に強い関心があった。近年、うつ病やそれによって引き起こされる自殺は日本社会で大きな問題となっている。福祉の問題として国家だけが取り組むのでは到底対処しきれないが、かといって有用なビジネスモデルというものも未だ確立されていないように感じる。心という繊細なものを、金銭が関わり、俗世的ともとれるビジネスとどのように結びつけているのか、その鍵が知りたいと思い今回の講演に参加した。

実際、櫻本氏の話によると、身体的な健康問題と比較して心の健康問題を扱うビジネスは難しいと考えられているという。日本では、精神科医が大きな権限を持っており、カウンセラーや心理的療法が軽視されがちな現状がある。試算によると、日本におけるカウンセラーの市場規模はおよそ350億円だという。これは、欧米と比較しても極めて小さい。しかし、カウンセリングの需要は決して小さいわけではなく、現にある種カウンセリングの役割を担っていると考えられる占い市場は、2兆円にものぼる。占いも精神的安定を提供しうるが、依存的な関係性になってしまう可能性があるという点で手放しに認めるわけにはいかない。

ではなぜ、カウンセリングや心理療法は日本では認められにくくビジネスとして成立しづらいのだろうか。その大きな理由は、カウンセリングの利用者数の少なさにあると櫻本氏は指摘する。利用者が少ないために心理専門家側が育たず、利用者のニーズを十分に満たす専門家が増えない、その現状ゆえに社会的制度・資格制度・教育制度が整わない、そのため心理専門家が育たず利用者も増えない、という悪循環が生まれているという。さらに、利用者が少ない故に口コミが効きづらく、ビジネス化しづらいという問題もある。cotreeではその課題を解決すべく、オンラインを用いたカウンセリングを実施することで、利用者の増加、ひいては心の問題に関するニーズに対して適切な対処方法を提供することを目指している。

cotreeのビジネスモデル

cotreeのビジネスモデルが成功した理由はいくつもあるが、特に重要だったのはオンラインの利用であろう。スマホの普及やビデオチャットなどの通信技術の向上により、「オンラインでカウンセリングをする」ことについての技術的制約がかからなくなっている。このことはcotreeのビジネスモデルを後押ししただけではなく、実際に変化しつつある社会において、非常に有用であると感じた。cotreeは、対象者を心理的健康度が中程度の層としている。健康度が極めて低い人は病院の精神科を受診し、専門的な治療を受ける。一方で健康度が高い人はコーチングやセミナーなどを受け、自己啓発に勤しむ。しかし、実際のところ、そのどちらにも含まれない人が最も多く、それゆえそうした人々を対象にしたメンタルヘルスに関する予防やメンテナンスを提供するサービスの需要はそれなりに高いと見込まれる。cotreeではそこに着目し、その領域に含まれる人を対象としている。そうした人々は、病院に行くほどせっぱつまってもいないし、コーチングなどを受けに行くほど意識が高いわけでもない。この層にとって、悩みを解消したり、自分を高めたりする機会を提供する方法として手軽で身近なオンラインは有用である。

もちろん、オンラインカウンセリングにはデメリットもある。櫻本氏は、特に医療関係者から受ける批判として多いのが、リスク管理と有効性だとお話しされた。すなわち、「危なくはないか?」「効果はあるのか?」という点である。これらについて保証するために、cotreeでは、リスク管理としては心理専門家の採用基準の厳格化、専門家に対する評価システムの構築などを行っているという。有効性については、対面とオンラインでは効果に差がないというデータによって保証している。

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これからのメンタルヘルスケア

講演の中で、櫻本氏は今後の課題として「口コミが効かない中でのマーケティング」「サービスの認知度の向上」「医療との連続性の確保」「ユーザー、カウンセラーの質の管理」「サービスの価値の測定しづらさ」などを挙げられた。中でも私が気になったのは「サービスの価値の測定しづらさ」である。心の問題を対話によってアプローチする、という方法はそのどこにも形になるものが残らない。Skypeカウンセリングの前後の気分の変化などを指標として測定されているとのことだったが、一時的な変化だけではなく、長期的・持続的なメンタルヘルスケアを行えることが理想である。また、メンタルヘルスの問題にアプローチする悪質なビジネスは現実にはいくらでもある。cotreeは営利目的ではなく、利用者と専門家に対して誠実に、両者にとって価値を提供することを目的としているとのことだったが、サービスの価値の測定が難しい分、不当な利益を搾取しているのではないか、というような疑念が簡単に生じうる。信頼できるサービスであるということをいかに周知させるかということが重要だろう。

うつ病患者の増加を阻止するためには、予防・再発防止に取り組むことが重要である。そのためにも、うつ病予備軍にあたる人々をサポートするサービスがますます求められるようになるだろう。今後、メンタルヘルスケアを扱うビジネスが増え、世の中の需要を満たすためには、「信頼性」がひとつの鍵になることが予想される。数年後には、メンタルヘルスに関する国家資格の仕組みができるという。こうした制度が整うことが、今後cotreeのようなメンタルヘルスを扱うビジネスを後押しすることになり、それが引いては日本における自殺者数の減少、医療費の削減などにつながっていくだろう。

報告日:2017年1月23日