島根研修「食・地域・大学 国内篇」報告 宮田 晃碩

島根研修「食・地域・大学 国内篇」報告 宮田 晃碩

日時
2015年12月11日(金)〜12月13日(日)
場所
島根県松江市、雲南市および周辺地域
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

今回の研修では「食」と「農」がどのように「地域」と関わっているかという観点から島根のいくつかの取り組みを視察した。

一日目にはまず地域のスーパーチェーン「みしまや」を訪問し、その取り組みについてお話を伺った。そのトピックは主に、地元生産者との協力、買い物支援、コンビニ事業と纏められる。その後には地域酪農事業を営む「木次乳業有限会社」および「奥出雲ブドウ園」、「日登牧場」を訪問し、「木次乳業有限会社」の佐藤貞之社長にお話を伺った。二日目には「しまだいCOC」の活動として古民家の改修・活用などの取り組みを行っている島根大学の中井毅尚先生の研究室と合同で、互いの研究および取り組みについて発表し、古民家の活用や木造仮設住宅の研究、大学内外でのカフェなどの設計についてお話を伺った。

限られた時間での視察となったが、そのなかでも「地域」あるいは「場所」というものが我々の生活にとってどういう意味を持っているのか、様々な側面から考えることができた。人の生きる「場所」を単に生活の手段として見るのではなく、そこでの生活のリアリティを様々なレベルで捉えること。「地域」について考えるとき、これが何より重要なのだということを改めて感じた。

「みしまや」の取り組みは、まさに地域で生きるということそれ自体を豊かにするものであると思う。生産者と消費者を結びつけるという取り組みはしばしば「消費者に安心を届ける」というコンセプトで取り上げられるが、それだけではない。ただ顔が見えるというのではなく、同じ地域に生活している人間として、お互いを見知ることになるのだ。商品そのものに安心が伴うというだけではなく、その商品を通じて地域に生活するということに豊かなリアリティがもたらされる。スーパーはいわば、生活が地域に根差すための場を提供することができる。あるいは「場を提供する」というよりも、スーパー自体がその「場」の中にあるものとして、地域の生活の結節点になるというべきだろうか。こうして「共にそこに生活している」ということは、いろいろな仕方で具体化されている。生産者を含めてイベントに向けての話し合いをしたり、加工品の制作へ向けて話し合いをしたりといったことは、その良い表れであると思う。何かへ向けて地域の人と協働して試行錯誤する、という機会は貴重であろう。料理教室などのイベントも、ただ注目を集めるというのではなくて、スーパーという「場」をよりリアルなものに感じてもらう点で重要な働きをするだろう。また、県庁職員から転身して就農された南さんのお話の中で特に、生産者自身が流通のあり方について自覚的になり考え直すことの必要性を言われていたのが興味深い。行政の視点からはとかく「生産者を守る」という考え方が先行しがちだが、むしろ生産と消費が一体とならねばならない。このことは災害への備えにも繋がる。地域単位で「共に考える」ことが重要なのだ。だが実際のところ地元生産者から直接卸している商品は、まだまだ売り上げにプラスにはなっていない。課題は多い。重要な点はおそらく、消費者の意識をどれだけ巻き込めるか、ということだろう。同じ地域に生活しているとはいえ、人はかなりばらばらな層を動いている。だが「食」はその状況に対して、ひとつ共通の層をつくることができるだろうと思う。そうして地域での生活にリアリティを与える役割をスーパーが担おうとしているのだが、これは希望のある取り組みであると思われた。

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木次乳業を訪ねて感じた「場所」のリアリティは、また別種のものだった。それは実際に食物の作られる、手触りのある土地である。こう言うとナイーヴに聞えるかもしれないが、食物の実際に作られる土地を知ることは、そこで作られるものに愛着を与える。これも重要なことであると思う。特に興味深く思ったのは、当然と言えば当然なのだが、酪農であるから気候や地形、土壌などが牛に適合しなければならないということである。牛を介して土地の姿が輪郭を持って見えてくるのだ。その試行錯誤のお話を聞くにつけ、酪農を通じて土地そのものと格闘しているように感じられたのである。こういうリアリティを、例えば小学校や中学校の教育で学ぶことができればどうだろうか。佐藤社長のお話を伺いながらいただいたヨーグルトは、有無を言わさぬ美味しさであった。上で「消費者の意識をどれだけ巻き込めるか」と言ったけれども、生産の現場を知るということはそのために有効だろう、と体感した。

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中井先生の研究室の活動は、「場所」を“作る”ものなのだと思われた。とりわけその役割を大学が担うということが興味深い。例えば古民家の活用であるが、染物師や版画師の方と相談を重ねながら、改修の案を練っていく。こういった取り組みには人と場所のマッチングが必要になるのだが、そこに大学が携わるのである。またカフェのデザインも具体的な人の交わりを作ることになる。「場所」は試行錯誤しながら作ることができるものなのだ。場所が作られた後だけでなく、場所を“作る”ときにも人の動きや交流があり、それも結構重要である。そしてそこには、大学という立場の強味があるように思う。役所などはもちろん地域に密着したものだと思うが、自由が利きづらい。だが大学の取り組みとしてであれば、それぞれの個別的で中間的な場から入っていくことができるのだと思う。個別的な問題といえども、現実の広がりがそれについてくる。だからこそ難しい面も多いだろうと思うのだが、しかしお話を伺いながら自分自身視野が広がるように感じたのである。そしてもちろん、島根大学の方々とお話しできたのは大変楽しかった。

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今回の研修旅行を通じて、「場所」というものの具体性を様々な角度から見ることができた。自分は哲学を専攻しているが、なかでも「我々」ということをどう考えればよいか、というのが大きな問題意識としてある。この問題意識にとっても、今回得たものは大きい。ここで得た具体的な手触りを大事にしながら、今後の活動にも活かしていければと思う。

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報告日:2016年1月5日