クリス・サルター教授講演:“Alien Agencies: Research/Creation with the Non-Human”報告 田邊 裕子

クリス・サルター教授講演:“Alien Agencies: Research/Creation with the Non-Human”報告 田邊 裕子

日時
2016年4月20日(水)16:50 − 18:35
場所
東京大学駒場キャンパス8号館3階323教室
使用言語
英語
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト1「生命のかたち」

2016年4月20日、東京大学大学院・駒場キャンパスにおいて、クリス・サルター氏を迎えて講演会が行われた。サルター氏は、コンコルディア大学を拠点とし、モントリオールのヘクサグラム・ネットワークの共同ディレクターも務める。ヘクサグラムとは、メディア・アートやデザイン、技術、そしてデジタル文化について研究と制作を行うための国際的なネットワークである1。著書にはEntangled: Technology and the Transformation of Performance (MIT Press, 2010) 、そして Alien Agency: Experimental Encounters with Art in the Making (MIT Press, 2015)がある。

今回は、科学技術分野と人文系研究の横断をテーマとし、研究と創作の両輪を持つことの必然性と可能性を考える講演内容であった。科学と人文の統合は、芸術表現におけるひとつの新たな転換点であった。著作のタイトルにある‘Alien Agency’という表現は、日常生活のいたるところにあるはずの管理不可能なもののことで、その異質さにこそサルター氏が研究と表現の行き来を通して取り組む問いがある。

Alien Agency: Experimental Encounters with Art in the Makingにおける根本的な問いは、「芸術家の活動は科学者のそれよりも一般的に親しまれていないのではないか」というものである。サルター氏は、科学技術を用いた作品を分析することで、製作者の意図を超えた作品のありかた、すなわち「パフォーマンス」の様子を論じ、制作過程の経験的な要素に焦点を合わせる。

科学技術と表現が組み合わせられるようになったのは、少なくともヨーロッパでは19世紀の終わりのことだが、それが「パフォーマンス」と接点を持つのは20世紀後半のことだ。1950年代に「ハプニング」と呼ばれる身体表現がクリス・バーデンらによって行われるようになると「パフォーマンス」という言葉が流布するようになり、日常のさなかでも突如「観察者」として状況に参与するような芸術の経験の形式が生まれた。ヴィクター・ターナーやリチャード・シェクナーがパフォーマンスに文化人類学的な関心を見出したことで、パフォーマンスは劇場のなかの舞台空間に閉じ込められたものではなく、生活文化に根ざす行為として理解されるようになった。

このことを踏まえた上でサルター氏が自らに設定している挑戦とは、研究者として彼が生きる固有の文化のなかで、同時に「制作者」であること、すなわち彼の生きる総合的な経験の場から「パフォーマンス」を用意することにある。それは、必ずしも明瞭なコンセプトによってあらかじめ整えられていたり、管理されているものではなく、むしろ作品と鑑賞者、人と技術、精神と身体のはざまの対立やすれ違いの集合を歓迎するような場で生じる。このような総合的な場において研究成果を発表し、同時にそれをアートとして他者に経験可能な形で表現することに、サルター氏は狭義の研究者としての社会的な意義ばかりではなく、分野を横断した協働というパフォーマティヴで、より開かれた公共性のための意義を見出している。

具体的に紹介されたプロジェクトとしては、例えば、何らかの生物学的な実験の成果を芸術表現によってアウトプットし、来場者に文化人類学的なインタビューを行う、というものがあった。そのインタビューは、会場での経験を話してもらうことで、自分が感覚的に経験したことを他人に言語化することがいかに困難かについて考察するためのものであった。

報告者は特にこうした複数のエージェントが同時に関与するプロジェクトの過程について関心を抱いた。異質な言葉と論理があるとき、理念や目標をゆるやかに共有しながら各々の立場から豊かな発想を提供できるような研究/表現の営みをデザインすることは想像以上に困難であり、そのことは、本プログラムにおいても日々直面する現実だろう。報告者はサルター氏に、異分野の人々が集まってやりとりをする際の実際的な意思疎通の課題をどのように解決しているかを伺った。サルター氏は、そうした協働の現場において、計画と制作、さらに説明と提案のモメントは、常に同時進行しているプロセスであることを指摘し、過程を分担せずに全体について協働することをためらわないことの重要性を強調した。

社会と政治は技術革新に根ざしている。そして芸術作品も、その事実のうえに成立するものである。サルター氏のお話からは、科学技術がもはや対象ではなく私たちの社会の媒介物であることは強調しすぎてもしすぎることはないという強い考えを受け取ることができた。

ihs_r_1_170420_salter_01.jpg