プログラム生自主企画:捕鯨・資源管理のこれまでとこれから
小型鯨類沿岸捕鯨の現場を知る 報告
小野 すみれ

日時:
2014年度冬学期
場所:
東京大学駒場キャンパス
共同企画者(順不同)
浅井 悠、小野 すみれ、前野 清太朗
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

2014年3月31日、国際司法裁判所は、日本が「科学的研究」として行ってきた南氷洋における調査捕鯨は国際捕鯨取締条約で規定される「科学的研究」目的とは言えず、国際捕鯨取締条約に違反するとの判決を示した。

捕鯨問題を考察するための視点には、さまざまなものがある。捕鯨をめぐる条約は国際法学の範疇であるし、鯨の生態や個体数変動は、海洋生物学や数理生物学の領域である。捕鯨を文化として擁護すべきか、鯨に対する野蛮な行為として禁止すべきといった議論には、文化人類学や動物倫理学の視点が欠かせない。このような学際的な視点が必要な問題は、IHSで議論する価値があると考え、報告者らは当企画「捕鯨・資源管理のこれまでとこれから 小型鯨類沿岸捕鯨の現場を知る」を立案・遂行した。

我々はまず、2014年11月30日に、反捕鯨派の主張を知るため、和歌山県太地町のイルカ漁に対する反対運動をとらえたドキュメンタリー "The Cove" をテーマに勉強会を行った。このドキュメンタリーは反捕鯨派の主張が中心となるため、いささか中立性には欠けるが、その分反捕鯨派の論理や、倫理観について学ぶところは多かった。反捕鯨派の主張として特に興味深かったのは「捕鯨(イルカも含む)は日本全体の文化ではなく、ごく一部の地域の文化である(ため抑圧してもかまわない)」との主張である。参加者からは、「日本全体の文化でないからといって無視してよいのか」「そもそも文化とはどのようなものなのか」という問いが挙がった。

その問いに対して何らかの答えが見つけられないかという動機から、我々は2015年3月9日に、国立歴史民俗博物館特任助教の葉山茂さんをお招きし、捕鯨と文化についての勉強会を開催した。葉山氏は生態人類学の立場から日本各地の漁業史に関してフィールド研究を行っておられる。当日は、葉山氏のフィールドでの調査事例も交えつつ、「文化の概念」と「日本における捕鯨の歴史」に関してお話ししていただいた。勉強会の前半では、人類学的における文化概念について、人びとの関係性の中に存在する対象として文化をとらえるスタンスを紹介していただいた。区切りをつけがたい人びとの関係性にラインを引いて「文化」を語ることの問題点をふまえつつ、民族文化として捕鯨が捉えられつつある現状を改めて認識した。勉強会後半では、前半の文化に関する議論をふまえながら、日本における捕鯨の歴史を世界の捕鯨史を背景にして捉え直す視点についてお話ししていただいた。具体的には、鎖国体制により成立した経済システムの中で生み出された鯨の各部位の利用、および国際的な捕鯨体制への参入の中で生じた小型捕鯨から大型捕鯨への国策的な移行などについて説明していただいた。

順番は前後するが、2015年3月5日には「『白鯨』に描写される太平洋における捕鯨」勉強会を開催した。この勉強会は、現代の捕鯨問題を考える際の前提として不可欠な、19世紀以前の太平洋・大西洋における捕鯨に対する理解を深めることを目的とし、題材として、ハーマン・メルヴィルによって1851年に執筆された小説作品『白鯨』およびその映像化作品を扱った。これらの作品は、19世紀太平洋における捕鯨の様子がわかりやすく描写されているため、当時の捕鯨の目的と手段を知るための有用な資料である。

 勉強会では、『白鯨』を原作とした映像作品を鑑賞し、小説版『白鯨』と合わせて当時の捕鯨の様子を把握するのに利用した。鯨を捕るときは、母船から捕鯨ボートを出して鯨に近づき、鯨に銛を打ち込んで弱らせ捕獲する。捕った鯨を洋上で解体して脂・骨・ヒゲと肉とを分け、捕鯨船に備え付けられた設備で精油を行う。こういった、19世紀欧米式の捕鯨方法についての知見を深めた。また、小説版『白鯨』からは、当時より鯨を捕り、その肉を食べることに対して野蛮だという認識があったことが窺われた。これらの理解は、その後の企画において日本の伝統捕鯨・現代の捕鯨との比較を行う際に役立った。

2015年3月25日には、捕鯨に関する国際法についての勉強会を開催した。当企画代表者の浅井と、明治大学4年で、ゼミで国際法を専攻する高井氏が、それぞれ「国際法とは何か」「国際法と捕鯨文化」を主題とした発表を行った。捕鯨裁判を理解するのに必要な国際法の前提知識に始まり、近代から現代に至るまでの捕鯨禁止の歴史上で鍵となった条約や、その成立の背景などを理解することができた。また、国際法の制定の際に、鯨類の生態に関する科学的データの量や、科学的調査で示された鯨類の個体数がしばしば争点になっていることがわかった。

今学期の活動を終えて、捕鯨禁止の流れには、まず環境意識や動物権利論の高まりが背景にあることが認識された。また、資源管理・生態系管理の立場から捕鯨を禁止すべきか議論する際には、捕鯨に関する科学的データの導出方法を知り、データをいかに解釈すべきかということを考察する必要性が意識された。来学期は、捕鯨をめぐる動物権利論や、環境問題、科学リテラシーに関する勉強会を行うかたわら、捕鯨の現場を見学するため、和田浦での研修活動を実施したいと考えている。

報告日:2015年3月29日