「多文化共生・統合人間学実験実習Ⅴ」中国スタディ・ツアー報告 半田 ゆり

「多文化共生・統合人間学実験実習Ⅴ」中国スタディ・ツアー報告 半田 ゆり

日時
2014年9月13日〜9月17日
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)「多文化共生と想像力」教育プロジェクト
協力
清華大学、大連外国語大学

 IHSプロジェクト5「多文化共生と想像力」では、9月13日から17日にわたり、「多文化共生・統合人間学実験実習Ⅴ」の授業の一環として中国での実習を行った。五日間の日程のうち、前半は北京・清華大学での大学院生主体のワークショップ、後半は大連・旅順での研修が行われた。以下はその報告である。
 実習の中心となったワークショップには、「東アジアの近代を問い直す」というきわめて大きなテーマ設定がなされた。清華大学の王中沈先生、汪暉先生、本学のエリス俊子先生によるステートメントの後、テーマ毎に分けられた4つのセクションで、東京大学と清華大学の大学院生とポストドクターがそれぞれ英語での発表を行った。発表者の議題は日中の文学作品を取り上げるものが多かったものの、工芸や映画、写真といった文学以外の対象についての発表も、最終的には東アジアの近代をめぐる議論に深くかかわるものであり、参加したすべての学生がひとつの意識のもとに議論を行っていることが感じられた。
 日中両方の学生にとっての「第三言語」である英語を発表の言語に用いる事は、本学の石井剛先生が最も重視した点であった。母国語以外の言葉を使うことは、緊張や失敗を生み出しもするのだが、ワークショップの進行に伴ってほぐれていった雰囲気の中で、すべての学生が積極的に発言し議論を深めていく最も大きな要因になったのは、ひとえにこの使用言語による所が大きいのではないだろうか。  とはいえ、中国人学生間での激しい議論の際には、中国語が用いられる場面もあったことは事実である。だが、日本の大学院ではなかなか見られないような言葉の応酬を、語られている意味を即座に理解できなくとも、その語気や表情から感じ取る事ができたことは、深く印象に残っている。そして、日本語・中国語・英語に精通する石井先生、同じく本学の林少陽先生の的確で簡潔な要約によって、つねに議論の場が開かれたものであったことを記しておく。
 ワークショップの後、夕食の場で多くの清華大学の学生と交流の機会を持つ事ができた。学生の間で流行っていることといったたわいない話題から、両国のアカデミアにおけるジェンダー比についての話、あるいは日本語を学んでいる学生との言語交換等を通し、中国という隣国で学ぶ同じ大学院生の姿がきわめて具体的な像として筆者の中で結ばれたことは大きい。実習を通して先生方の会話の中でも繰り返し確認されていたのは、大学や教員間の交流だけではなく、こうした学生間の交流をベースとした日中両国の交流が、これから求められていくのではないかということだった。
 学生間交流の意味が最も強く感じられたのは、その後旅順で日露戦争・日清戦争についての博物館や、旧南満州鉄道の資料館等の施設を訪れた時であった。大連・旅順での後半の日程には、駒場キャンパスに留学経験もある清華大学の学生も同行した。昨今、東アジアという領域における日本と他国との関係において、歴史認識の差異が最も大きな問題の一つとなっていることは疑いようがない。そうした差異は、個人の知識や教養の中にも現れるものであるということを、これまで受けてきた教育と博物館で示される情報との違いの中に、また両者の歴史の語り方の違いの中に、改めて確認した。
 展示を見た後、日本軍・日本政府が中国の地でふるってきた暴力的な権力の表象のいくつかを、ただちに消化し、日本人・中国人学生と共に議論するまでには至らなかった。 そのためには、より多くの調査を行い、思考を深め、自ら言語化するまでの長い時間が必要であると感じた。今回の実験実習のように、一見専門領域を異にする複数の学生が、共通のテーマについて真剣に議論を交わし、共に時間を過ごし、一緒に何事かを「目撃する」ことが、日中に限らない多国間に将来的な対話の場を開いていくために重要なものであることは言うまでもないだろう。
 なお、2014年9月14日に清華大学において実施されたワークショップ"Putting East Asian Modernity in Question"のプログラムは以下の通りである。

Opening Session:Moderated by Wang Zhongchen(王中忱 清華大学)
Opening Speech by Wang Hui(汪晖 清華大学)and Ellis Toshiko(エリス俊子 東京大学)

Section 1: Chairperson: Ishii Tsuyoshi(石井剛、東京大学)
Yuan Xianxin(袁先欣) "The Countryside as a Problem: Centered on Li Dazhao's "Youth and the Countryside"
Ide Kentaro(井出健太郎) "Romantic Crossing Borders──Reading Yasuda Yojuro's colonial travelogue through rhetorical practice"

Section 2: Chairperson: Shen Weirong(沈栄衛、清華大学)
Liu Kai(劉凱) "A Private Letter to the Nation of the Empire of Japan: on Doppo Kunikida's Aitei Tsushin"
Otta Yoshiaki (追田好章)"The Contemporary Colonial Discourses and the Poetic Language over Nanyo: A study of Kaneko Mitsuharu's "Same""
Kurashige Taku(倉重拓) "On Shusui Kotoku's Ethical Criticism of Imperialism and Modern Japan"

Section 3: Chairperson: Okawa Kensaku(大川謙作、東京大学)
Shan Qing(陝慶) "Categorization of Books, Genre and Modern Literature in Zhang Taiyan"
Handa Yuri (半田ゆり)"Subject of the Representation of Place: Shomei Tomatsu, photographed Okinawa"
Yu Ning(于寧) "The Meaning of "Public Space" and the Beijing Queer Film Festival"

Section 4: Chairperson: Lin Shaoyang(林少陽、東京大学)
Song Yu(宋玉) "A Lingering "Sound" beyond Debate: Reassessing the Theory of "the Central Source of National Forms"
Shiroma Shotaro(城間正太郎) "Yanagi Muneyoshi and Okinawan Language / Handicrafts"
Zhuang Yan(庄焔) "Moral Temperature, and the Taste of Arts: On Natsume Soseki's Literary Criticism"

Discussion Section: Moderated by Ellis Toshiko(エリス俊子、東京大学)

Concluding Remark: Ellis Toshiko(エリス俊子、東京大学)

 「多文化共生・統合人間学実験実習Ⅴ」中国スタディ・ツアー報告 報告 半田ゆり

報告日:2014年10月1日