「日本」文学の世界戦略――翻訳・越境・デジタル化 報告 中村 彩

「日本」文学の世界戦略――翻訳・越境・デジタル化 報告 中村 彩

日時
2014年7月20日(日) 14:00−17:00
場所
東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム1
講演者
平野啓一郎(作家)
三枝亮介(株式会社コルク代表取締役副社長)
辛島デイヴィッド(翻訳家、作家、早稲田大学講師)
マイサラ・アフィーフィー(アラビア語通訳)
スーザン・ブーテレイ(カンタベリー大学教授)
武田将明(本学総合文化研究科准教授 司会)
および本学大学院生4名
  • 第1部主催:
    東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)
    「多文化共生と想像力」教育プロジェクト
  • 第2部主催:飯田橋文学会

第一部のワークショップではプログラム生3名を含む本学大学院生4名による発表が行われ、各々が世界にもっと知られるべきだと思う「日本文学」の作品を挙げ、その作品を選んだ理由や宣伝方法について説明をおこなった。取り上げられたのは、伊坂幸太郎の『魔王』、目取真俊の短編「水滴」と「平和通りと名付けられた街を歩いて」、石川博品の『耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳』、および松浦理英子の『ナチュラル・ウーマン』などであり、いわゆる純文学からライトノベルまでを含んだ非常に多様な作品のラインナップであった。これらの発表に対し、さまざまな形で「日本文学」に携わる講師の方々がコメントし、誰に対するどのようなアピールをすべきなのか、誰に本を届けたいのか、想定する読者は誰なのか、といった点や、発表する際に作家紹介をすることの必要性、語る人自身の作品に対するパッションの重要性などについて議論が交わされた。

第二部の討論会では、主に近年の日本の出版業界が抱える問題や、日本の作品を世界に売るための戦略の必要性について論じられた。複数の登壇者が指摘していた問題のひとつは、作家と翻訳家との断絶が生じてしまっているということであった。本来ならば出版社などが両者を仲介する役割を果たすべきだが、大手出版社などでは異動が多く、ひとりの作家を継続的に担当して仲介のプロになれるような編集者がいないため、翻訳者が海外で日本の作家を紹介するという役割を充分に果たせていない。とはいえ日本の出版社も紙の本を国内のみで販売する、という従来のやり方ではもはや立ち行かなくなっているため、翻訳を電子書籍で海外に向けて積極的に売り込むなど、戦略の転換を迫られている。海外での日本文学の受容状況に関しては、英語圏では、アカデミア経由で三島由紀夫や大江健三郎といった、すでに評価のある程度定まった作家が紹介されることは多いが、若い作家はあまり紹介されてこなかったという指摘があった。これには翻訳家の地位が日本と比べると低いことも関係している。またアラビア語圏は潜在的には大きな市場であるにもかかわらず、日本の若い作家の作品はほとんど訳されていない。ここにもやはりネットワーキングの問題があるが、この状況はツイッターやフェイスブックなどのSNSの登場により、徐々に変化しつつあるとのことだった。

今回のシンポジウムは、作家・翻訳家・編集者・研究者といった「日本文学」を支える多様な現場の人々の声を聞けたという点において、非常に意義深いものであった。研究の世界にいる人間はどちらかというといわゆる「純文学」に偏りがちだが、何が「日本文学」なのかを問い、作品を翻訳する意義とは何なのか、文学に実際に携わる人々が「食べていく」にはどうすべきなのか、最終的にはどのような読者に本を届けたいのか、といった様々な点について戦略的に考えることの重要性について、色々と考えさせられるシンポジウムであった。

「日本」文学の世界戦略――翻訳・越境・デジタル化 報告 中村 彩

報告日:2014年7月28日