An International Research Project on Shunga, Breaking a Taboo 報告 大川 謙作

日時
2014年3月8日(土)17:30−19:00
場所
東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム1
講演者
Professor Andrew Gerstle (University of London)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)「多文化共生と想像力」教育プロジェクト

3月8日、東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム1において、ロンドン大学東洋アフリカ研究院のアンドリュー・ガーストル教授による講演「春画についての国際研究プロジェクト:タブーを破る」が行われた。 本講演は、2014年4月から東京大学に新たに開設される博士課程教育リーディングプログラムである多文化共生・人間統合学プログラム(IHS)の第5プロジェクトである「多文化共生と想像力」教育プロジェクトが主催したイベントである。以下、その内容について簡潔に述べる。

 報告はまず、ガーストル教授自身が深く関わった大英博物館における春画展(Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art、2013年10月より2014年1月まで)についての紹介から始められた。この展示会自体が4年間に亘る国際的な共同研究のひとつの成果であり、ヨーロッパはもとより日本からも多くの人が大英博物館を訪れるなど、大きな成功を収めたという。またこの展示会にあわせて出版された大部のカタログは現在の春画研究の第一線を示す貴重な資料でもある。ガーストル教授は、春画を中心テーマとして正面からとりあげた展示会はまだ日本では開催されたことがないことを指摘し、なぜ大英博物館で可能なことが日本で不可能であるのか、という問いを立て、春画が現代日本においてある種のタブーとなっていることを指摘するとともに、いつどのようにこのようなタブーが形成されたのか、それがどのように江戸期の春画をめぐる現実と乖離しているのかを豊富な画像史料を示しつつ鮮やかに分析してみせた。

 教授は幕末にペリー提督が日本を訪問した際には江戸幕府よりの進物として箱いっぱいの春画が提督に送られていたことなどの事実を確認し、幕末においてなおも春画がタブー視されていなかったことと、その後に春画が急速にいかがわしげなものとして扱われ、19世紀末より弾圧されるようになったという変化について指摘する。また春画に対して、男性側の視点から一方的に性を描写し男性の欲望をかき立てるものであるとするステレオタイプがあることを指摘しつつ、実際の春画の描写や添えられた文言などの分析からこうしたステレオタイプを相対化していく。江戸期においては枕絵という性技指南書があり、このような本が重要な嫁入り道具であると同時に実用的な用途を持ったものであるという事実の指摘や、春画においては女性による性への欲求が素朴なユーモアを持って表現されており、むしろ女性の主体性を示すものとすら読むことができることなどが議論された。さらに教授は、春画は男女間の性愛についてのストーリーを伝えるものであり、身体とくに性器の極度に誇張された描写に典型的にみられるようなユーモアの感覚を常に保持したフィクションであり、また重要なこととして男性によってだけではなく女性によっても鑑賞され楽しまれていたジャンルであることも指摘する。実際多くの春画は女性の感覚や感情に焦点をあてたものが多く、そこでは男女が等しく享受してこそ性の快楽があるというテーマが表現されているという。また春画は高い芸術性を備えたものであり、世界の絵画にも影響を与えていたことも指摘された。さらに春画の特徴として指摘されたのはその徹底したパロディ性である。春画の多くは何かその他のジャンルのパロディとして存在しており、江戸期において社会的な事件の風刺画などが有名になると、それを性的に戯画化した春画がすぐさま出回るなど、社会的に非常にポピュラーなジャンルであったという。このように春画は、老いも若きも男も女も貧者も富者もが消費し、都市においても村落においても受容されたという広がりを持ったジャンルであり、当時社会的に一見支配的であったかに見える仏教あるいは儒教の厳しい倫理的な建前の裏側にあるリアリティを伝える重要な媒介であり、江戸期の社会を知るために不可欠な史料でもあることが主張された。教授は最後に、このような春画の実態はしかし19世紀末以降の弾圧によって覆い隠され、今日もなお日本において春画に対する偏見とタブーは根強く存在するため、日本で春画展を開催することができないという状況が生まれていることを指摘し、このようなタブーが払拭され、近い将来に大英博物館での展示会のような春画展が日本において開催されることへの希望と期待を述べて報告を終えた。

 報告に続いて行われた質疑応答では活発な質疑が交わされた。海外への春画流出と各国での受け止められ方の違いについて、また宮内庁などに秘蔵されているはずの春画の存在や、日本の大学で近年開講されている春画コースの存在や、研究者の数は揃いつつあるがなおもタブーが存在することなど、多岐にわたる議論が行われた。講演は30名近い参加者があり、活発な議論も交わされ、大変な盛況であった。

報告日:2014年5月19日