台湾研修「5th East Asian Conference for Young Sociologists・台湾大学社会学系交流会」報告 加藤 大樹

台湾研修「5th East Asian Conference for Young Sociologists・台湾大学社会学系交流会」報告 加藤 大樹

日時
2019年2月19日~20日
場所
台湾台北市 中央研究院社会学研究所・国立台湾大学社会学系
主催
東京大学大学院博士課程リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム」教育プロジェクトS

2019年2月19日から20日にかけて、台湾の中央研究院社会学研究所(Institute of Sociology, Academia Sinica)と国立台湾大学社会学系(Department of Sociology, NTU: National Taiwan University)の共催により第5回EACYS(East Asian Conference for Young Sociologists)が開催された。カンファレンスの会場となったのは台北市内にある中央研究院である。EACYSは、東アジア諸国の複数の大学から若手の社会学系の研究者、特に大学院生が参加して研究報告をおこなう合同カンファレンスであり、これまで参加大学の持ち回りによって年1回のペースで開催されてきた。第5回目となる今回のカンファレンスでは、主催する中央研究院、台湾大学の他に、延世大学、香港教育大学、東北大学、北海道大学、そして東京大学から数多くの若手研究者が集まり、様々なテーマに関する発表がおこなわれた。本報告では、今回の台湾研修の主目的であるEACYSでの活動と、その後インフォーマルな形で開催された台湾大学の教員・学生との交流について、個人的な振り返りや解釈も交えつつ報告する。

最初にEACYSへの導入として中央研究院の蕭新煌(Hsin-Huang Michael Hsiao)教授による基調講演があり、ご自身の研究者キャリアの振り返りや若手研究者へのアドバイスなど、大変貴重なお話を伺うことができた。蕭新煌教授のキャリアに関するお話の中で特に印象に残っているのは、修士課程や後期博士課程での研究が「ホーム」「戻るべき場所」としてその後の研究者生活を支えてきたということ、そしてその一方で「社会の要請」に応える形で新たな研究テーマにも研究領域を拡大してきたということである。つまり、研究者としてキャリアを積み上げていくうえでは、一貫した軸を持ち続けると同時に柔軟に社会状況に合わせて研究テーマを掘り下げていくということが求められる。第一線で活躍してきた研究者からこうしたお話を伺うことはめったになく、今回の基調講演は現在の自らの研究のあり方や今後のキャリアを考える良い機会になったように思う。

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基調講演の後は、19日、20日の2日間にわたって若手研究者による研究報告がおこなわれた。似通った研究テーマごとに3,4人で1つのパネルを構成し、そのパネル単位で報告が進んでいった。今回のカンファレンスは、移民、ジェンダー・セクシュアリティ、ナショナリズム、宗教などをテーマにした計8つのパネルから成っており、様々な研究者が多様な視点から東アジア社会に関する研究成果を報告していた。特にこの会が「東アジア」と銘打っていることもあってか、報告のなかには東アジア諸国間で比較分析をおこなっている研究もいくつかあり、こうした報告に対しては、分析対象となっている国の院生や教員からアクチュアルな指摘や疑問が次々と飛んでいた。全体を通して報告後の質疑応答が活発におこなわれており、報告者にとっても聴衆にとっても実りの多い集まりになったのではないかと思う。

このEACYSにおいて、私は「炎上の形成プロセス」というテーマのもと発表をおこなった。これは私が1月に書きあげた修士論文をベースにした報告である。報告後の質疑応答では、研究方法に関する指摘や意見、今後の研究の方向性についての提案など、数多くのコメントをいただくことができ、大変有意義な報告になった。しかしその一方で、今回の報告に関しては反省すべき点もいくつかある。そのうちの1つを取り上げると、それは研究の背景や文脈を十分に説明することができなかったということである。特に他国の研究者は、そもそも「炎上」という現象がどのような現象なのか、これまで日本で炎上の何が問題とされてきたのか、といったことについてよく知らない(※日本の「炎上」と似た現象は海外でも観察されているが、「炎上」のように固有名詞として社会で広く知られているわけではなく、炎上のような現象に対する認知は日本の社会状況と大きく異なる)ため、本来であればそうした背景知識を報告のなかでしっかりと説明しておく必要がある。しかし今回は1人の発表時間が20分と短く、また分析結果として発表したい内容も多かったため、研究の前提となる情報や問題意識についてはごく簡単に振れる程度となった。その結果、聴衆に対して今回の研究報告の意義や目的をうまく伝えることができなかったのである。報告の後、引率の園田茂人先生からは、「研究を“理解させる”ためには“補助線”を提示することが必要であり、報告を聞いている人はその補助線に沿って“ストーリー”として研究を理解するはずなのに、今回の報告ではその補助線やストーリーが不足していた」といった旨のご指摘をいただいた。これは研究をする身としてはごく当たり前のことであるが、今回、同じ知識や文脈を共有しない他国の研究者を前に発表をおこなったことで、その重要性を改めて実感することができた。

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20日の昼にEACYSが閉会した後、東京大学から参加した教員と院生は中央研究院から台湾大学に移動し、そこで台湾大学社会学系の教員や院生とのインフォーマルな交流会に参加した。この集まりでは東京大学の園田茂人先生と出口剛司先生による研究報告があった後、残った時間で今後の台湾大学と東京大学の交流のあり方について意見交換をした。この集まりで議論の焦点となったことの1つに、「ローカルな学問的(社会学的)知見の生成」ということが挙げられる。たとえば出口先生の研究報告では、AI時代における機械(AIBO)と人間の触れ合いを分析するために日本の社会学者・作田啓一の理論が援用されたが、その後の質疑応答では、聴衆から「日本の社会学者の理論」に対していくつかの質問が投げかけられ、台湾大学の教員や院生が興味を持っている様子がうかがえた。このことに関して、その場の議論でもその後の食事の場でも耳にしたのは、台湾の社会学ではアメリカやヨーロッパの研究者の理論が援用されることが多く、ローカルな理論が発展してこなかったという話である。そうした事情もあってか、その後台湾大学の教員からは、出口先生など日本の社会学者を台湾大学の授業に招待して、「日本の社会学」について講義をしてもらうのはどうか、という意見も挙がった。いずれにせよ、「地域に根付いた理論が不足している」ということに対して台湾の研究者は危機意識を抱いているように見えた。一方で、ある側面では独自の社会学を発展させてきたといえる日本の状況に対しても、「国内だけで閉じてしまっている」といった批判があり、「独自の理論の生成」と「国外の理論の応用」には一長一短があるといえるだろう。今回参加したEACYSが「東アジア」という地域によって枠づけられていることを考えても、「社会学的知見」と「地域」の関係を考えることは重要である。台湾の状況と日本の状況のどちらが望ましいかを決めることはできないが、「社会」を研究対象にする社会学という学問領域において「学問的知見の一般性/限定性」が1つの重要な論点であるということは間違いない。今後も様々な国や地域の研究者と交流し、この点について考えを深めていきたいと思う。

最後になってしまったが、EACYSを主催し、われわれを温かく迎え入れてくださった中央研究院、台湾大学のみなさま、そして引率をしてくださった園田先生と出口先生に深く感謝申し上げる。

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報告日:2019年3月1日