「2020ベルリン自由大学ウィンタープログラム」報告
 高田 玲奈

「2020ベルリン自由大学ウィンタープログラム」報告 高田 玲奈

日時
2020年2月22日〜3月7日(3月2日)
場所
ドイツ・ベルリン自由大学
主催
東京大学大学院博士課程リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクトS

筆者は、2月22日から3月2日まで、ドイツの首都ベルリンを訪れた。期間中は学部1年生のためのウィンター·プログラムのティーチング·アシスタント(以下TA)として、ベルリン自由大学での研修やベルリン市街での研修に参加した。今回の研修はジェンダーに関する様々な課題について学ぶことを目的としており、それぞれの訪問先にまつわる事象にジェンダー課題を絡ませた。ベルリン自由大学では2つのキャンパスを行き来しながら政治、社会、ジェンダーの観点からドイツ並びにベルリンの現状を講義や討論、現地の学生との交流、質疑応答を通じて学んだ。ベルリン市街地での研修では歴史博物館や観光名所だけでなく、女性の社会進出の後押しなどを行う組織への訪問、韓国研究を行う学生と「主戦場」の鑑賞や、移民難民などのマイノリティー支援を行う団体なども訪問した。ベルリンの北部、ブランデンブルグ州オランニエンブルグに設置されたザクセンハウゼン強制収容所にも足を運び、ホロコーストの歴史を実際の現場で体験するとても貴重な体験もさせていただいた。自由行動時間もあり、学部生の最終プレゼンテーションにむけて、ベルリンの様々な場所を訪れた。ジェンダーと冷戦、ジェンダーとホロコースト、ジェンダーとコンテンポラリーアートの3班に分かれて発表準備を行い、私たちTAは研修中の質問の投げかけや、滞在先のユースホステルでのワークショップなどを行った。筆者の訪れたベルリンという町は第二次世界大戦後、冷戦下で東西に分断され、西ベルリンを囲むように壁が建設された。そして旧ソ連軍によって統治された東側とアメリカ、イギリス、フランスによる共同統治が行われた西側には経済的な格差が生じていた。現在でも、ベルリン市内に残る様々な建造物や人々から当時の政治·経済的イデオロギーの違いによる差異を感じることができ、ヨーロッパの中でも特異的な町であると感じた。筆者は小学校5年生から中学校3年生までドイツ北部に位置するデュッセルドルフという町に住んでいた経験があり、事前知識も踏まえつつ今回の研修を振り返る。

IHS_R_S_200222_BerlinWinterProgram_01.jpg
IHS_R_S_200222_BerlinWinterProgram_02.jpg

本報告書は「社会的構成 」(social construction)というキーワードを軸に、今回の研修の学びをジェンダー課題に結びつけたい。生まれ持ったバイオロジカルな性 (sex)とは異なり、社会的·心理的に男女を区別するジェンダーは様々な社会要因が影響し合いながら、無意識内に形成されつつあるものである。事前準備課題としてTAから生徒に対して1時間程度レクチャーを行った。その中で「女子力、男子力」などをテーマに女性らしさ、男性らしさに対する社会からまなざしは日本ではどのようなものか議論を展開した。さらに、研修中「広告の描き出すジェンダー」というテーマのもと私個人の研究課題である「かわいい文化」と結びつけながら議論を行い、少ない時間の中で情報量を提供しなければならない広告がジェンダーなどのステレオタイプにどれだけ依拠しており、ジェンダーバイアスの再生産に寄与しているのか、またはしていないのかを話し合った。勿論ジェンダーバイアスを形成するのは広告だけではない。その土地の歴史、文化、社会風土などが複雑に絡み合いながら価値観の形成に寄与している。これを今回の研修に引率してくださった林香里教授は「intersectionality」というキーワードを元にレクチャーを行った。レクチャーではナショナリティー、セクシュアリティー、エスニシティー、宗教、階級などの要素も複雑にジェンダー問題と絡み合いながら影響しあっていると教えてくださった。今回の研修はそれら一つ一つの側面を切り取り、関係性を見出し、それぞれのセクターが相互に関係しながら、いかにしてジェンダーに関するまなざしの社会構造が形成されているかを考えることができた。

事前の研修で、ヨーロッパは日本よりもジェンダー平等が進んでいると考える学生が多く、ドイツではジェンダー課題などへの取り組みに対して成功した先進事例を学びたいといった意見があった。しかし欧州ジェンダー平等研究所によると、ドイツは100点満点中66.9点で、男女共同参画指数ではEUの12位にランクされており、そのスコアはEUの平均スコアよりも0.5ポイント低く、一概に進んでいるとは言えないのかもしれない。研修では労働条件下のジェンダーギャップについて学ぶべく、EAFセンター(European Academy for Women in Politics and Economy)を訪れ、活動に関するプレゼンテーションを聞いた上で、質疑応答を行なった。EAFセンターは女性、男性などの性別は問わず、人生のあらゆる分野で潜在能力を発揮し、管理職の責任を引き受けることのできる人材の社会進出を後押しする非営利組織である。今回は時間も少なかったため、女性のマネジメントポジションや政界での女性を増やす、ないしはサポートする活動に関することに焦点を当て、議論を行なった。現状のジェンダーギャップ解消やLGBTQをはじめとするジェンダー課題に対して関心のない企業や当事者が少なくない。そういった層に届く方法としてビジネス的な観点からアプローチをし、“open the door”つまり先ずは門戸を開くことからはじめ、最終的にはビジネス的な利点からだけでなく、社会的な意義のために女性の採用を積極的に始める事例などを紹介していただいた。より入りやすい切り口から始め、徐々に構造全体を変えていくアプローチ方法は、一つの手段であることを学んだ。

IHS_R_S_200222_BerlinWinterProgram_03.jpg

また、ドイツにおける難民の現状などについて学ぶツアーにも参加し、町歩きをしながらドイツにおける難民問題とその中に潜むジェンダー課題について学んだ。2015年時点で100万人の難民を受け入れ(ツアー中の情報より)、難民に対して寛容な立場を取るドイツがあるが、その背後には様々な課題があることを知った。ツアーガイドをしてくださった方自身も難民であり、ドイツの難民受け入れ体制に対して、生活水準などの改善を求めて立ち上がった人の1人であった。ツアーは実体験を元に話を進めながら関連のある場所を訪問した。当時、難民の受け入れ先は市街地から遠く離れ、移動も制限されていたという。さらにバウチャーチケット(食品や日用品の購入に使える支給型のチケット)が使用できる店なども限られており、働くことも制限されていた彼らは最低限の生活を強いられていた。ドイツ語を学ぶことも禁止されており、ドイツ社会から完全に孤立していた。そのような状況を訴えるデモが2012年から2014年より行われ、イランからの難民の焼身自殺によりこの問題がメディアなどによって広く取り上げられ、現在は“Oranianplatz movement”として知られている。私たちはデモの施設として使われていた学校もツアー先として訪れ、そこでメディアなどでは報道されないジェンダーの問題についても触れた。ツアーガイドをしてくださったのは女性であり、女性の施設内での暮らしぶりなども知ることができた。施設内に女性専用フロアを設ける運動を行ったこと、またそういったことを行う上で男性から理解を得るために実施していた会議などについて語ってくれた。考えてみると難民キャンプの模様などはメディアでは報道されるが、そこでのジェンダーの課題などは見聞きしたことがなかった。このような深層的なジェンダー課題は内部の事情などを聞き、初めて明らかになったことであり、同時にセクシャルマイノリティーの方はどのように生活していたのだろうかなどが、疑問に残った。このように難民におけるジェンダー課題だけでなく、別の課題の中に内包され、語られることのないまま、知られることのないまま今も存在する課題はどれだけあるのだろうか。

IHS_R_S_200222_BerlinWinterProgram_thumb.jpg

ジェンダーに関する課題には解決も収束もないと筆者は考える。しかし、こういった課題を一つひとつ自認し、メディアなどの情報だけでなく自らで見聞きすることが大切であると考える。今回の研修では様々なところに足を運び、議論を重ね、問いを抽出し、その答えを探るべくまた研修に赴いた。現状、日本の若い世代間にはジェンダー課題を含む、社会的、政治的なトピックについて話し合う習慣がない。それも、日本の社会構造に由来するものであり、日頃から意識的に語らなければいけない。ドイツをはじめとする欧米諸国ではカジュアルに社会問題について話し合う。そういった文化を教育の現場からだけでなくエンタメの現場、メディアの現場など様々なセクターから発信し、変えていく必要があるのではないだろうか。最後に、今回の研修は本当にたくさんの方の協力や尽力があり、実現したものである。この場を借りて担当教員の林香里教授、矢口祐人教授、そして研修全体のコーディネートを行なってくれたベルリン自由大学、冬季プログラムFUBisの方々、研修先々でガイドを行なってくれた方々に心より御礼申し上げたい。今回得た知見は必ず、ジェンダーに関する課題が山積する日本で生きる一人の女性として、行動なり、自身の研究を通じて社会に還元していく所存である。

【参考資料】

IHS_R_S_200222_BerlinWinterProgram_04.jpg

報告日:2020年3月13日