「サイエンスアゴラ研修」報告 飯塚 陽美

「サイエンスアゴラ研修」報告 飯塚 陽美

日時:
2019年11月16日(土)、17日(日)
場所:
テレコムセンタービル
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)
教育プロジェクトH「生命のポイエーシスと多文化共生のプラクシス」
国立研究開発法人 科学技術振興機構「科学と社会」推進部

2019年11月16日・17日に開催された科学コミュニケーションイベント「サイエンスアゴラ」にて、梶谷真司教授とIHSに所属する学生3名と共にブースを出展する機会を得た。サイエンスアゴラは国内最大級の科学系イベントで、出展者と来場者が共に科学技術について考え、新たな価値創造をしていくことを目的としている。

今年のイベント全体のテーマは、「Human in the New Age ──どんな未来を生きていく?──」であった。今回私たちは、そのテーマにちなんで「技術と人間の共生」をコンセプトにした展示を企画し、参加者一人一人が科学にまつわる問を導き、共有出来るコーナーを設けた。以下、企画の概要やイベント参加を通じて学び得たことなどについて記していきたい。

多くの人が日々、科学と人間の共生に関する何かしらの問を持って生きているのではないだろうか。しかしながら、そのような大きすぎるテーマを目の前にした時、人々の思考は停止しがちだ。それは出展者である私たちにとっても同様のことである。そこであえて、サイエンスアゴラという最先端の科学系研究や、その分野の専門家が集う場で、来場者が一歩立ち止まり、科学にまつわる哲学的な問を深め、危惧していることや希望を共有出来る空間を作ることにした。

私たちは主に二つの企画展示を実施した。一つは、技術の進歩の歴史をポップな形で簡単にまとめたポスター展示。もう一つは、来場者が自由に問を共有することが出来るコーナーである。問の共有方法としては、模造紙に木の幹を描きブースの出口付近に展示した。木には、来場者が葉っぱの形をしたポストイットに問や感想を書き込み、貼り付けられるようにした。二日間のイベントを通じて、「一本の問のなる木」を参加者全員で作り上げ、人々の疑問や、それに対する答えが可視化出来る展示を志した。何もない状態から、技術と人間の共生について考えるのは至難の技なので、私たちの方からもいくつかヒントになるような情報や問をポスターに散りばめておいた。以下のリストは、こちらから提示した問の一部である。

  • 産業革命に伴い発生した諸問題とは?環境汚染問題や労働者の権利保障
  • 印刷技術の発展と情報拡散
  • インターネットやコンピューターはコミュニケーションの幅を広げたのか?
  • AI が人々の生活にもたらす影響とは?どんな仕事が消え、残り、そして新たに生まれるのか?
  • 医療技術の発達は人を幸せにするのか?脳死は人の死なのか?
  • 技術と女性の社会進出や障がい者の自立の関係性とは?

当日は、東京大学内の工学系研究室とスペースを共有していたので、まずは来場者に最先端の科学系研究を体験してもらい、その後私たちのコーナーで「技術と人間の共生」について考えてもらった。来場者の年齢層は幅広く、週末の休暇を楽しむ親子や、科学に興味のある中高生、また他のブースの出展者などが私たちの企画に立ち寄ってくれた。来場者の多くは椅子に腰掛け頭を悩ませながら、じっくりと技術と人間の共生について考えているようであった。また、来場者が残した問を見た他の来場者が、それに対する答えや、新たな問を残す姿も見受けられた。集まった問の傾向としては、AI、医療技術、iPS細胞、ビックデータ、宇宙開発など、比較的新しい技術に関するものが多かった。逆に、石器、車輪、火、印刷、羅針盤など石器時代から中世にかけて発明された、既に人々の生活に浸透している技術についての問は少なかった。これまでも、このような議論が人類の歴史では繰り返され、様々な技術が淘汰もしくは進歩してきたのだろう。もしくは十分な議論がなされず、人々が望まない結果を技術が招いてしまったことも多くあったのではないだろうか。そのようなことを考えながら、私も来場者と一緒にいくつか問を考えてみた。私が、模造紙に貼り付けた何気ない問に対して、チラホラ反応してくれる人もおり、しばしそこから対話が生まれた。普段頭のどこかで考えていることを言語化し共有することの重要性と面白みを感じた。

企画全体の感想としては、「技術と人間の共生」という一見すると非常に堅く身構えてしまいそうなテーマを、一本の手作り感満載の温かみある木を前にして、来場者と気軽に話せたのは貴重な体験であった。また、子供達が照れながらも沢山の問を一生懸命書いている姿は、とても微笑ましかった。彼女・彼らから出された問の多くは、大人でも容易に答えることが出来ないものばかりであった。二日間を通じて、技術と人間の共生に関して何か綺麗で明快な答えが出たわけではない。しかしながらこのような大規模なイベントを通して、普段は交わることのない人々が集結し、思わぬ形でそれぞれの問や価値観を共有出来たのは、IHSが目指す共生社会創造にとって非常に重要なプロセスだと思った。

他にもサイエンスアゴラへの参加を通じて、様々な研究組織が積極的に科学の研究を広めようとしている姿を見ることが出来たのも大変刺激的であった。そして危機感も覚えた。サイエンスアゴラは、お台場のテレコムセンターを二日間貸し切って開催された訳であるが、主催者側の発表によれば来場者はのべ5000人を超えたらしい。会場では、子供(そして大人)が楽しめるような参加型のワークショップやゲームなどが多数開催されており、科学の研究をそのまま伝えるのではなく、より面白くなるように工夫して研究を発信しているようであった。東大内の院生たちも、自分たちの研究内容を社会に広めることに比較的慣れており、そのノウハウも有しているように思え(勿論、そのような能力は必要に迫られて身につけられたのだとは思うが)、本質的なことはきちんと伝えられていたと思う。

私は普段、文化人類学研究科に所属しながら研究活動を行う、いわゆる「文系」の学生である。これまで、学会やシンポジウムを除くと、人文系の研究を広めるような市民参加型のイベントには、残念ながら参加したことがない。また少なくとも国内において、人文系の研究を題材としたサイエンスアゴラ級のイベントは存在していないだろう。現状として、研究者と市民の間に活発な対話がなされているとは言い難い。それは私自身についても同様である。しかしながら、本来私たちのような院生は、人と人の交流が生まれる場所に積極的に出向き、現実世界で起きている複雑な状況とアカデミアの世界を行き来する必要があろう。またそれらの研究活動を通じて生み出された成果は、広く社会に伝えていくことが求められよう。いつか「ヒュマニティーズ アゴラ」のようなものを開催してみたいものである。