「高千穂哲学対話研修」報告 佐藤 寛紀

「高千穂哲学対話研修」報告 佐藤 寛紀

日時:
2020年1月24日(金)~26日(日)
場所:
宮崎県西臼杵郡高千穂町
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクトH「生命のポイエーシスと多文化共生のプラクシス」

概要

2020年1月24日から26日にかけて、高千穂哲学対話研修が行われた。本研修では、初日を移動日とし、1)「世界農業遺産・ユネスコエコパーク中学生サミット」(25日)の見学、及び、その一環として行われた哲学対話へのファシリテーターとしての協力、2)夜神楽、および、世界農業遺産の見学(25・26日)を行った。これらの研修内容を通して、「地方」についての認識の変化とその新たな認識の共有が、哲学対話を通してなしうるのではないかと考えた。

研修内容

本研修は、宮崎県西臼杵郡高千穂町において行われた。高千穂町は、宮崎県・大分県・熊本県の三県の県境部、九州脊梁山地北部に位置する高千穂郷・椎葉山地域(高千穂町、日之影町、五ヶ瀬町、諸塚村、椎葉村)の一部を成す。本地域は、山間部の急峻な地形に適応した棚田や山腹用水路、多目的に利用されることで形成されたモザイク林、焼畑農業や茶生産などの伝統農業、神楽や民謡などの伝統文化、生物多様性などが評価され、2015年に世界農業遺産に認定されている。また、本地域北部を含む、大分県と宮崎県にまたがる祖母・傾・大崩山系は、ユネスコエコパークに2017年に登録されている。

本研修で見学・協力させていただいた「世界農業遺産・ユネスコエコパーク中学生サミット」は、これらに認定・登録された農林業・伝統文化・自然環境“のすばらしさを中学生自らが調査・研究し、地域社会や世界に発信することにより、探求する姿勢を培うとともに郷土を愛する心を育てる(同サミットパンフレットより)”ことを目的に、宮崎県および世界農業遺産高千穂郷・椎葉山地域活性化協議会の主催によって行われた。同サミットでは、前半には同地域の各中学校生徒代表による調査・研究内容の発表が行われ、後半には哲学対話が行われた。同サミットには発表を行った中学生の他、教員、教育委員会、行政などの関係者が多く参加しており、また、宮崎県の新聞社やテレビ局などの報道関係者も来場していた。中学生による発表は、各学校の属する地域に焦点を置いたものが多く、自らの地域の農林業・伝統文化・自然環境はどのように特徴付けられるのか、そして、それら各地域の特色ある農林業・伝統文化をどのように継承しているのかなどの内容であった。地域外部から参加した我々であっても理解しやすい内容で、見学を通し、地域についての理解が深まったと感じた。その後行われた哲学対話では、参加者は約10人ずつの13グループに分かれ、IHS生はファシリテーターとしてこれに協力させていただいた。自分が参加させていただいたのは中学生、教育委員会関係者、行政関係者、農業遺産関係者から成るグループであり、グループの問いは「どうしたらやりたいことがみつかる?」であった。対話については、残念ならが、筆者のファシリテーターとしての力不足もあり、あまり活発な対話にはならなかった。しかし一方で、中学生が自身の将来について不安に思っていること、社会人が中学生の時分にも将来像を持っていなかったこと、また、無理に持つ必要がないということなどの意見があり、お互いの立場の理解がなされていたと考えられる。加えて、「普段の学校生活における好きなこと・楽しいことがやりたいことに繋がらない」という主旨の発言が中学生からあり、筆者が「今回のサミットに関して、調べたこと、発表したことを楽しいと感じたか」と問いたところ、「自身の興味と関連性があり楽しかった」という発言があった一方で、「楽しくなかった」という意見も中学生から上がった。

同サミット参加に加え、2日目夜には同地域の代表的な伝統文化の1つである夜神楽の見学し、地元住民の方に内容を解説していただきながら、夜神楽保全の取り組みについてのお話を伺うことができた。また、3日目には世界農業遺産に認定された棚田や山腹用水路、特産品である椎茸栽培や畜産を見学させていただいた。その中で、農業環境の保全の取り組みに加え、IT産業の誘致なども積極的に行っていることを伺った。

考察

現代日本において、「地方」という概念は、田園風景、里山、不便さ、非洗練さ、衰退、過去、帰省先などの要素を含み、「地方」の認識は「ふるさと」に他ならない。そして、交通インフラの整備、および、情報技術の発達によって、都市の社会的・物理的優位性が減少しているにも関わらず、都市への人口流出が止まらない背後には、このような「地方」=「ふるさと」の認識があると筆者は考える。従って、この認識を如何に変化させ、「地方」の価値を創出するかが地方の将来に重要だろう。

今回見学させていただいた高千穂町の景色は、そのほとんどが山林と棚田であり、「ふるさと」として現代日本人に認識されるであろう地域である。しかし、そのような高千穂町は、その環境・文化に対する一部の人々の認識変化によって、世界農業遺産・ユネスコエコパークに認定・登録され、新たな価値創出がなされようとしている。すなわち、これらへの登録は、「地方」における豊かな自然や文化の中での暮らしという、インフラ整備や技術発達では代替えしえない要素の存在を人々に認識させ、それによって高千穂町は新たな環境・資産の価値を得ようとしている。

問題となるのは、そのような認識・価値を社会でどのように拡散・共有するかである。これまで、多くの地方自治体が交流会、勉強会、広告や物産展などを通して、それぞれの「地方」についての認識共有を図ってきたが、地方移住や人口流出の防止は進んでいない。筆者はその理由の一つに、地方自治体はこれまで「地方」についての認識を強要してきたからであるという可能性を挙げる。すなわち、ある個人・社会がある物・事を認識する上で、それがどういうものかを「問い、考える過程」が存在すると仮定すると、地方が従来取ってきた手法はこの過程を無視し、「我々の地域はこうである」という認識の強要をしてきたように思われる。このような手法でもたらされる「地方」についての認識は「問い、考える過程」を欠いているため、認識の形成・共有はなされていないと考えられる。そこで筆者は、今回の中学生サミットで行われたような「地方」についての対話によって、「地方」についての認識・価値を共有することを提案したい。

哲学対話においては、あるテーマについて「問い、考える過程」によって参加者に認識が形成され、それを「語る・聞く」ことによって、参加者間で意見、認識の共有がなされる。筆者は今回の対話の中で、参加者がそれぞれ「問い、考える過程」を通し、自分自身による「地方」についての認識獲得と、その共有がなされたと考える。例えば、中学生から「サミットが楽しくなかった」という意見が対話中に発せられたことは、一見熱心にサミットに取り組んでいた中学生だが、実は彼ら・彼女らのサミット・地域に対する認識は強要されたものであり、自分自身で「問い、考える」ことによって、「地方」について自らの認識を獲得した様子だと見ることができる。更に、この発言の後に、大人から「自分が中学生の立場ならば、このサミットは楽しくなかっただろう」という共感を示す発言があったことは、異なる認識の共有と歩み寄りがなされた様子であると捉えることができる。これらのことから、今回の哲学対話は、従来の地方自治体による認識の強要と異なり、「問い・考える過程」によって「地方」についての認識をまず形成させ、その上で、「地方」についての認識の共有・歩み寄りをさせる場を提供したと考えられる。

本研修を通し、社会における「地方」についての認識をどう変化させ、そしてその認識を如何にして共有するかを考察し、それに哲学対話が認識の形成と共有を助ける働きを持つことでこれに寄与しうると考えた。従来の地方創生の手法には、この「地方」についての認識形成・共有に直接関与するものはあまり見られない。筆者は今後、この「地方」についての認識が、地方創生にどのように関係しているのかを掘り下げたい。