「2019年度第一回 つくばみらい市農業実習」 報告
 趙 誼

「2019年度第一回 つくばみらい市農業実習」 報告 趙 誼

日時
2019年6月1日
場所
茨城県つくばみらい市
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクトH「生命のポイエーシスと多文化共生のプラクシス」

NPO法人古瀬の自然と文化を守る会(以下「古瀬の会」という)は、東京都心からほど近い(40キロメートル圏内)、つくばみらい市にある。古瀬の会の創設は、現在活動拠点となっている寺畑地区の有志による活動から始まった。ニュータウンの開発やつくばエクスプレスの開業などにより、急速に都市化が進み昔ながらの農村と里山の風景が失われつつあった。このままでは子供世代は、古くから伝えられてきた暮らしの知恵や大自然と触れる機会が奪われ、自然の恩恵を知らず、経験の伝承もできなくなると危機感を覚え、都市部と農村の交流活動を手掛け始めたという。古瀬の会の前身の、「桜の会」で行った小学校の稲作指導をきっかけにし、小貝川の旧河川や古民家の復元、農村文化の継承などを目的にNPO法人化を遂げ、今年で発足26年目となる。古瀬の会の主な活動は、田植え、稲刈り、味噌づくり、梅酒づくりなど幼稚園生や小学生向けの農業体験を通して、地域の農業を守り伝えることであり、また近年、東京都市大学、等々力中学校、東京大学、早稲田大学とも提携し、食育教育や農業体験、農業実習も指導している。そして平成17年のつくばエクスプレスの開業にあたり、古くからの穀倉地帯である当地の古代米を使い、米どころであることをアピールするために、高架橋下にある70アールの水田で様々な色を持つ稲を用い、田んぼアートに取り組み始めた。その狙いは、高架を走るつくばエクスプレスの車窓から見られ、地域のPRともなるためである。

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今回私達が参加した農業実習の目的は、この田んぼアートを手伝うことであった。集合場所の新守谷駅から、徒歩十数分にある古瀬の会の拠点となる「古民家松本邸」に向かった。これまで倉敷や京都、奈良の観光地で見た町家の古民家とは違い、この地域の昔の農家のあり方がよくわかり、思わず胸が高鳴った。農林水産省関東農政局のブログによると、その古民家は江戸時代の脇本陣を移築した150年の歴史があるという1 。松本邸には土間や竈はもちろん、倉庫には昔ながらの木製の農機具や生活用品が入っている。穀物を選別する唐箕、脱穀用の千歯扱きから紡ぎ道具の糸繰り車、火鉢などだ。この松本邸で農作業の準備をして、古瀬の会の方たちの車に乗せていただき、田んぼに向かった。その時はまだ今日はどんな作業をするのか、全く知ることができなかった。

十分ほどで田んぼに到着した。お礼を言い下車すると、目の前に広がっていたのは水田と数箱の稲の苗である。そうか、今日は田植えするのか。実は前々から田植えに憧れており、まさか今日夢が叶うとは思ってもみなかった。しかし、よく見てみたら、ただの田植えとは違い、合わせて数種類の苗が用意されていた。

案内されたのは、田んぼの横に設置された展望台である。竹と鉄パイプで出来ている台に全員が登ると、水田の全貌が明らかになった。そこに広がっていたのは、田んぼアートの下絵となる印と稲だった。まだ完成には遠いが、すでに感動の気持ちが湧いてきて思わず写真を撮った。念願の田植が叶うだけではなく、田んぼアートの制作という重役を任せられた気分でもあった。

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展望台で古瀬の会の方から、色のデザインや植え方の説明を聞き、苗を持って植え始めた。「一箇所に5本、20センチ間隔で植える」と何回も心の中で復誦して、ムラサキという苗を持って田んぼに入った。最初に担当したのは、田んぼアートの「夢をもつ」という文字の周りを強調するラインだった。

長靴を脱いで素足になり田んぼに入った瞬間、なんて気持ちいいのだと心の中で叫んだ。ひんやりした水と、柔らかくて少し沈む泥土の感覚が眠気を吹き飛ばしてくれた。田んぼの中の魚、エビ、虫などの生き物の存在に気づき、水田生態の豊かさにまたも感動した。有機農業にこだわるからこそ、生物多様性を保てるということを身をもって体感した。こうして感動しながら、作業を始めた。気合いを入れて頑張ろうと思いきや、苗5本の定義やどこまで植えていいのかなどなに一つわかっておらず、手本を見せてもらわないと出来ない自分を恥ずかしく思った。だが気を取り直し、古瀬の会の方を見よう見真似で植えていると、次第にうまく植えられるようになった気がした。

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文字の部分を完成後、一旦休憩を挟み今度は右下にある波のデザインを植えて行く作業である。赤色の「紅あそび」と黄色の「黄大黒」という品種の苗を持って、波の表現を強調する作業を行なった。休憩前より田植えのスピードが上がり手応えを感じた。大勢で作業したのですぐに完成し、その後、皆で近くの水路で足を洗い、松本邸に戻った。そこに待っていたのは、素晴しい昼ご飯だった。農業に関する団体だからこそ、スーパーで売っている商品と違い、野菜もご飯も大変美味しかった。ビールの広告が掲げる「仕事後の一杯」より、農作業後の一杯(ご飯)の方が美味に感じる。最後に余った漬物やサラダも捨てたらもったいないので、私ともう一人の実習参加者で持ち帰った。

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昼食後は古民家の草刈り作業をした。古瀬の会の方が草刈機で草を刈り、我々学生はそれらの草を集め、一輪車に乗せ収集場に運ぶという極めてシンプルな作業内容だった。庭中草の匂いで溢れており、なんだが気分が悪くなってきた。幸いその後すぐ外の落ち葉掃きに呼ばれ、草刈りが終わるまでその匂いを嗅がずに済んだ。

休憩中、古瀬の会の方とお話しした。私が台湾出身であることを知り、「台湾に行きたい」、「台湾はいいところ」と声をかけてくださった。そこで、私は古瀬の会ではどのような農業体験が行われているのかを聞いてみた。田植え、稲刈りのみならず、お正月はおもちをつき、梅の季節なら梅をとり梅酒を作り、大豆収穫の時は醤油や味噌作りなど、様々な活動を行っていることがわかった。これこそ旬の季節を体感し、行事としても大切に守っているのだと感じた。また稲の種についてもお話ししてくださった。毎年東京都葛飾区という都市の中でも、子供を対象とした農業体験を行っているという。そこの周りには建物しかないため、むしろ他の田んぼから受ける農薬や化学肥料の悪影響が一切なく、子供達によって収穫された汚染されないお米を、次の年の種として育苗するという仕組みがある。これも都市化を利用した有機農業の新たな方法でもあるのかと感心した。

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作業を終わると綺麗になった古民家はより威風堂々として見えた。その後なんとアイスをいただき、皆で食べて一日の作業が終了となった。今回の農業実習を通して、土地と触れられ、自然のありがたさを感じ、素晴らしい経験となった。もし可能であれば、台湾のこのような団体を仲介し、古瀬の会の方々と交流できる機会を作れればと思った。大変良い勉強になった。

農林水産省関東農政局ホームページ 平成27年度豊かなむらづくり全国表彰事業受賞地区概要「NPO法人古瀬の自然と文化を守る会」
http://www.maff.go.jp/kanto/kihon/kikaku/yutamura/pdf/yutamura_huruse.pdf
2019年6月12日閲覧