2018年度第一回つくばみらい市農業実習 報告 佐藤 寛紀

2018年度第一回つくばみらい市農業実習 報告 佐藤 寛紀

日時
2018年4月14日(土)
場所
茨城県つくばみらい市寺畑およびその周辺
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクトH「生命のポイエーシスと多文化共生のプラクシス」
協力
NPO法人「古瀬の自然と文化を守る会」、東京大学大学院農学生命科学研究科

教育プロジェクトH「生命のポイエーシスと多文化共生のプラクシス」の一環として、茨城県つくばみらい市寺畑地域で現地NPO法人「古瀬の自然と文化を守る会」の方々並びに東京大学大学院農学生命科学研究科の荒木徹也先生をはじめとした教員・学生の方々の協力の下、農業実習が行われた。IHS旧プロジェクト2は2014年より農業実習を同市で行っており、本年度で5年度目となる。今回の実習は本年度の初回である。本実習の理念は、都市農村交流の推進を行なっている「古瀬の自然と文化を守る会」の方々のご指導の下、日本の農家や農村の理解を深めることを通して市民社会と地域の結びつきを考えていくことである。

今回の実習では、「古瀬の自然と文化を守る会」が参加している「田んぼアート」に使用する稲を育てる下準備として、育苗用の苗箱の製作を行った。今回は苗箱の製作までであったが、その後の過程では、それに浸漬した種子を植える。苗箱製作後、幾班かに別れ、現場の清掃、「古瀬の自然と文化を守る会」の方が釣り上げた魚の調理の下準備、竹林整備を行い、筆者は竹林整備に参加した。

作業後、寺畑ふるさと会館で行われた「古瀬の自然と文化を守る会」平成30年度定期総会を見学した。年次総会では1. 議長選出、2. 平成29年度事業報告、3. 同決算、4. 監査結果報告、5. 平成30年度事業計画、6. 予算書の承認が行われた。また、葛飾区郷土と天文の博物館の職員の方から同博物館が行っている農村の暮らしの知恵を学ぶ会活動やその一環である畑ジュニアについてのご紹介と「古瀬の自然と文化を守る会」とのこれからの関わり方についてのお話があった。

考察

今回の実習を通して、現在、衰退が懸念されている日本の「農」とその社会・文化が、どのような活動によってこれからの日本社会で存在しようとしているかを学ぶことができた。具体的には、農村の社会と文化を次世代に引き継ぎ絶やさぬために、1)コミュニティーのメンバーが自主的に、社会・文化の継承を実現するための方法を考え・実行しなければならない、という認識の啓蒙と具体的活動の実施、2)今までそれらに関わることの無かった社会集団への継承、がなされていることを知ることができた。そしてそれらから、地方が今後、都市(東京)に人口、経済、文化が集中するという日本社会においてどのような立ち位置を示せるかということを考えることができた。

「古瀬の自然と文化を守る会」は当初、昭和40年代から始まった地域の都市開発に伴う農村風景の消失に対して、平成5年に小絹小学校の「総合的な学習の時間」において農業体験を行い「地域の農業を守り伝えよう」という取り組みから始まった関東農政局長賞の資料よりとされている。現在では上記の通り、首都圏の人々との関わりや、文化保全のための催し物を開催し、寺畑地区と「古瀬の自然と文化を守る会」は単なる食糧生産の場としての「農」にとどまらず、日本の文化としての「農」と、それと密接な関わりのある日本の自然を保護し、またそれを発信・伝承する一拠点となっている。「古瀬の自然と文化を守る会」のこうした現在の存在意義は、単に首都圏から近いという地の利によって自然発生的に生じたものではなく、上記の通り社会・文化の消失への危機感とそれを防ごうとする人々の活動の結果と一過程である。まず注目するべきが「古瀬の自然と文化を守る会」の存在とその機構である。今回の実習で見学させていただいた苗箱作り、竹林整備のボランティア、定期総会では、その会員の主体的な組織運営(がたとえ形式的であったとしても)見ることができた。そしてそれは組織として、また個人として農村の文化や自然の保護を行うという思想・活動が深く浸透している様を表していると考えられる。この様な会員の主体性と団体の組織性の高さが、抽象的になりがちな「文化と自然の保護」という目標に対して、具体的な行動をし、そしてそれを成功させるという結果に結びついているのだろう。

これと比較し、筆者の地元の小区分における地域の自治会では、その様な主体性、また目標を達成するという組織性に欠如が見られる。自治会は地域の文化的活動(e.g. 獅子舞やどんど焼き)の運営を担っているが、役職や仕事の割り当てに対して住民は否定的な態度を示すことが珍しくなく、現に協力者の減少・担い手不足によって文化的活動の勢いは損なわれている。こうした、既存の自治会が住民の単なる負担となり、さらにそれに対する負の感情が結果として文化的活動の衰退を引き起こしている状況は、可能性としてではあるが、文化的活動や地域社会への関心の低下を招き、最終的にその消失へとつながることも有り得るかもしれない。「古瀬の自然と文化を守る会」の持つ主体性と組織性(とそれによる組織力)に見られる正の結果には、こうした状況に陥っている筆者の地元自治体を好転させる鍵があるかもしれない。

今回とその後の一連の実習は「農業実習」として行われるが、それにとどまらず日本の未来を考察する実習であると筆者は考える。寺畑地区は近年、つくばエクスプレスの開通により首都圏からのアクセスが向上し、都市と地方の接する場所となった。これによって、この地域の人々の暮らし方が大きく変わったと、寺畑地域の方々は言う。すなわち、寺畑地域から首都圏へのアクセス向上が、従来の農業主体の社会から、首都圏を労働の主要な場とし、農業を主体としない社会への変化を促進した。これは、莫大な二・三次産業の雇用を持つ首都圏への人・場所・モノ・コトのアクセスの変化がもたらす社会の変遷の一部を示している。筆者は今後の実習ではこれにとどまらない社会構造の変遷を寺畑地区で観察できるのではないかと期待している。現代日本は「集中・過密化し、過度に膨張する都市」と「隔絶し衰退する地方」という二極化が進行する地理・社会構造を持っていると考えられる。本実習を通し、寺畑地区で観察しうるものは、この2つの極間の人・場所・モノ・コト同士の距離が、運送技術や通信技術の発展により縮小したことによって、どのような地理・社会構造の変化が生じるのか、そしてそれによって都市の過膨張と地方の衰退を防ぐことはできるのか、という日本の未来の縮図である。そして、「古瀬の自然と文化を守る会」の方々からは、その様な新しい社会構造の構築において、食料生産・文化・自然など様々な要素を含有する「農」という存在がどのような役割を持っているのか、ということを学べるだろう。そしてその結果は、筆者にとって非常に重要な意味を持つ。筆者の地元は、現在都市から隔絶し、人口と経済の流出と衰退が進んでいる一地方地域である。そして、2027年に東京品川〜名古屋間で開通予定の中央リニア新幹線の長野県駅の設置が計画されており、今後十数年の期間で交通環境の変化に伴う社会構造の改変が起きることが予測される。寺畑地区での実習を通して、筆者はこの「改変」の実態を把握し、我が地元が取るべき姿勢を見極めたい。

終わりに、東京という都市で生活していると、人間の根幹である「食」を支える「農」と、それを守り、またそれによって育まれる「文化」、「社会」、そして「生活」について考える機会に乏しくなる。しかしながら、小地方都市出身である筆者は、東京で生活することにより、過去に当たり前のものであった「農」と地方の市民社会、文化について第三者的な観点で見る機会を得ることができたと考えている。今回の実習に参加し、地方と都市の関係性のあり方や「農」・社会・文化と現代日本のあり方を、地方社会に関わるものとしてだけでなく、それを第三者的目線で、つくばみらい市で見ることができたという体験は、今後地方と都市の未来の関係性を検討する上で非常に重要なものとなるであろう。今後、本実習の後続の実習が開催される予定であるが、農村文化を学ぶに止まらず、「地方と都市の共生」において「農」の果たす意味合いへの考えをより一層深めていきたい。

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報告日:2018年5月1日