UT-NTU Joint Seminar on “Crossing Over National Boundaries: In Search of Innovative Approaches to Asian Studies” 報告 半田 ゆり

UT-NTU Joint Seminar on “Crossing Over National Boundaries: In Search of Innovative Approaches to Asian Studies” 報告 半田 ゆり

日時
2016年6月24日(金)〜6月26日(日)
場所
シンガポール・南洋理工大学
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト4「多文化共生社会をプロデュースする」

2016年6月25日(土)、東京大学と南洋理工大学(シンガポール)のジョイント・セミナーが南洋理工大学において開催された。"Crossing Over National Boundaries: In Search of Innovative Approaches to Asian Studies"と題されたこのセミナーでは、アジアン・スタディーズの新たな手法を探るべく、人文学から社会科学までの幅広い分野に及ぶ内容が参加者により発表された。

とりわけ筆者にとって興味深かったのは、全部で5つに分かれたセッションのうち4つを占めた、社会科学、その中でも社会学の手法を用いた調査報告である。特に、東アジアの大学生による日本の文化政策に対する受け止め方や、性役割に関する考え方の地域間格差を、アンケート結果の統計処理によって分析する量的調査の手法は新鮮に感じられた。日本の音楽やテレビドラマをどのような頻度で利用するか、日本に対してどのようなイメージを抱いているか(たとえば、「良い国」あるいは「悪い国」のような)等々といった質問事項は、よく耳にするもののように思われる。しかしながら、こうしたことに関する知識は、個人の周囲にいる人間によっても、また個人が触れる情報源の偏りによっても左右される。同じ趣味を持つ人間はえてして集まりがちであることは言うまでもない。量的調査は、データによって人間というものの社会における姿を描き出し、こうした個人の観測範囲内における漠然としたイメージを相対化することができる。とはいえ、私たちが生きる社会とは、つねにすでに数多くのものや人によって媒介・構成されていて、それを生きることはそうした定量的な数値なるものとはしばしばかけ離れてはいる。

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このような社会科学の視点と、筆者が取り扱ったような人文学の視点の両方が見られた点が、このセミナーの特徴と言える。もっとも、南洋理工大学側の参加者はSchool of Humanities and Social Sciencesという組織に所属しており、両領域の協働をより日常的に感じているのかもしれない。筆者はPost-National Asiaと題されたセッションにおいて、"In/outside the nation: Hakuyo Fuchikami's Photography of Manchuria"と題した発表を行い、日本と満洲の二つの場所で活動を行った写真家、淵上白陽の作品が、とりわけ国家としての満洲国の幾重にも矛盾した政治体制と密接な関係にあったことを論じた。国際関係論に造詣が深い、元独立行政法人国際協力機構(JICA)理事長の田中明彦先生を始めとして、普段所属する学科の授業では触れることのない、社会科学のエキスパートの方々から意見や質問を頂戴し、大変参考になった。

IHSに所属し活動を行うなかで、筆者はこれまで主に自然科学の領域に大きな関心を抱いてきた。言い換えれば、全くの異分野に飛び込むという実践を自らに課してきたのだが、今回の研修では、自らの専門分野に立脚しつつ、濃密な学術的議論によって他の領域との協働を探る試みができたと考えている。たとえば、今回のセミナーでの発表のひとつに、社会学の観点から近代社会と人間の精神的な危機を論じたものがあったが、その議論の土台にはエーリッヒ・フロムによる精神分析論や、マルクスの商品物神化論が置かれていた。これらの議論は筆者が所属する研究室の授業等でしばしば参照されるものである。このように、前提とする理論や議論の蓄積を共有しつつ、互いに異なる手法や観点を持つ人々が討議してゆくことこそ、IHSが掲げる多分野の融合と、「創造的」アプローチに到達するひとつの道であると考える。

大変慌ただしい短期間の滞在であったが、自身の研究の上でも、また多文化共生・統合人間学を考える上でも、非常に実りの多い研修であったと感じている。最後になるが、セミナーの運営のためにご尽力された方々に感謝申し上げたい。

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報告日:2016年7月3日