"Study Trip to Washington D.C." 報告 藤嶋 陽子

"Study Trip to Washington D.C." 報告 藤嶋 陽子

日時
2016年3月16日(水)〜3月22日(火)
場所
米国・ワシントンD.C.
主催
東京大学大学院博士課程教育リーティングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」「情報・メディア」ユニット、「アメリカ・太平洋」ユニット

今回のワシントンD.C.の研修では、デジタル化が報道、ジャーナリズムに与える影響を中心に、アメリカのメディア研究、そして実際の報道の現場を学ぶ機会となった。また、メディア研究だけに留まらず、モニュメントやミュージアムでのエクスカージョンを通じ、アメリカという国の思想や課題を幅広く考える研修となった。なお、今回の研修に先立ち、パブロ・ボスコフツキー先生による「News Gap」の輪読、およびボスコフツスキー先生による講義、日本のメディア企業への訪問研修が行われている。

私自身はミュージアム研究を専門としており、ジャーナリズム研究の専門ではない。しかしながら、研究対象であるファッション展はミュージアムというメディアを用いた、プロモーションの文脈での拡張戦略の最たる事例であり、報道メディアの変化は、政治、経済といったコンテンツに留まらず、より文化的なコンテンツにも影響を与えると考えられる。現代のミュージアムの戦略、社会的立ち位置を捉えるためには、マス・メディアの変化を無関係な事象として見過ごすことはできない。また、今回の研修ではNEWSEUM (ニュースミュージアム) も訪問先として挙げられており、ジャーナリズムの展示という試みに関心を抱いた。また、ワシントンという地はもちろん、しばしばミュージアムにおけるポリティクスの問題として話題にもあがるスミソニアン協会のミュージアムが連なる非常に重要な地である。今回の研修を通じ、ジャーナリズムを取り巻くメディアの変化がもたらす影響を、より自らの研究に引き寄せ、また報道だけに留まらない発展的な視点で捉えることを目指し参加した。

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研修1日目は、NEWSEUMへの訪問を行った。NEWSEUMにおいては、ベトナム戦争の報道の変遷、アメリカにおける報道の発展、ジャーナリストという存在などの展示が行われていた。特定のニュースの報道の内容、表象の変遷を通じて、ニュースの背後にある政治、歴史的な相関関係を読み取ることができた。ニュースをそのような視点からみることによって、ニュースの内容や報道のあり方が、いかに時代性を反映しているのか、改めて学ぶことができた。また、ジャーナリストという職業、ニュースの価値を訴える展示が特徴的であり、ミュージアムの政治性についても考える機会となった。

研修2日目の午前中には、ジョージワシントン大学のニッキー・アッシャー先生のもとを訪問した。アッシャー先生は、ニューヨークタイムズでの参与観察を基に、Making News at The New York Times (2014) を著した。アッシャー先生の参与観察の経験のお話をしていただく中で特に関心を抱いたのは、ニューヨークタイムズのオンライン化の発展に伴った変化、特にアクセス分析に対して、外部委託している部分と自社でのリサーチラボラトリーの存在、その役割の違いである。自社のリサーチ部門があるというのは先進的な試みであり、報道のオンライン化を単なる紙媒体の副産物として捉えるのではなく、主要なものとして認識し、システムの中に組み込まれているということに驚いた。また午後の時間には、ミズーリ大学の人種差別問題をテーマにしたシンポジウムに参加した。ミズーリ大学では、黒人への人種差別に対する訴えが波紋を広げ、大学の運営を巻き込む深刻な課題へと発展した。この問題への対策を経たうえでの今回のシンポジウムでは、大学の対策に対する評価が行われた。このシンポジウムでは、アメリカという国の抱える人種問題の根深さを感じさせてくれた。また、多くの在学生、卒業生たちが参加し、積極的に大学のあり方について議論するところから、母校という存在がアメリカ人にとってアイデンティティーとして強く根付いているものであるというのを目の当たりにした。

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研修3日目の午前中にはエクスカージョンを行い、ワシントン記念塔、リンカーン像、戦争の記念碑など、ワシントンに存在する主要なモニュメントの見学を行った。特に、第二次世界大戦記念碑、朝鮮戦争記念碑、ベトナム戦争記念碑を通じて、アメリカという国が戦争の結果に対する評価をいかに表象しているかを考える機会となった。アメリカは現在進行形で戦争に関与しているところ、こうしたモニュメントでは戦争を否定的に表象するのではなく平和のために必要なものであったと描かれていた。そして、「アメリカ国民」としての精神的統合の手段として、戦争というものが存在しているということを強く感じる場となった。また午後の時間には、朝日新聞のワシントン支局への訪問、記者の方々へのヒアリング、意見交換を行った。現在の大統領選挙を通じたアメリカの人種や階層の分断の問題、アメリカと日本の新聞のオンライン化に対する対応の差異に対する学びとなった。

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また、研修期間を通じ、多くの国立のミュージアムに対する訪問を行った。アメリカはミュージアム研究においても、教育の観点からの蓄積が多く、実際のミュージアムも教育効果を強く意識されたものであった。つまり、明確なナラティブが設定されており、展示のインターフェイスはインタラクティブなものである一方で、教育的なメッセージの強い展示がなされていた。

今回の研修は、メディアの現状だけに留まらず、アメリカの抱える人種、政治性、戦争といった多様な問題を総合的に考える機会に満ちたものであった。これらのトピックは局所的なものでなく、あらゆる場面で複合的に立ち現れ、改めて、多様な文化の折衝する地としてのアメリカという国のもつ問題の奥深さと、それらの問題を個々のトピックに還元するのではなく、複合的な視点からみていくことの重要性を考える機会となった。

報告日:2016年3月29日