“Joint Seminar: The University of Tokyo - Freie Universität Berlin” 報告 申 知燕

“Joint Seminar: The University of Tokyo - Freie Universität Berlin” 報告 申 知燕

日時
2016年2月22日(月)〜3月1日(月)
場所
ドイツ・ベルリン
主催
東京大学大学院博士課程教育リーティングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト4「多文化共生社会をプロデュースする」

事前ミーティング  

ベルリン研修への参加が決まった12月から、参加者たちは定期的に事前ミーティングを行った。ベルリン研修はジョイント・ワークショップ、ライティング・セミナー、フィールド・トリップという三つの部分に構成されていたが、事前ミーティングでは主にフィールド・トリップについて意見交換を行った。ミーティングは12月17日、1月14日、2月12日に行われ、参加者たちは自らアイデアを出し、それぞれの研究テーマや興味に合わせて、フィールド・トリップを自主企画した。月1回のペースで会うことで、互いに親睦を深める同時に、それぞれの企画内容の変化や進捗状況を共有し、より全員が満足出来る研修になるように取り組んだ。また、ビザや携帯のローミング、海外旅行保険など、一人で調べるだけでは心細い部分に対しても一緒に確かめ合いながら準備態勢を整っていった。

ジョイント・ワークショップ

ベルリン到着後、研修プログラムの実質的な初日となった2月23日には、ベルリン自由大学のコリアンスタディーズ・インスティチュートにて、ジョイント・ワークショップが開かれた。発表者は東大側参加者2名、ベルリン自由大学側参加者4名で、各自が現在学位論文のために取り組んでいる研究の紹介を30分間英語で行い、その発表に対して30分間質疑応答や議論を行うという形式になっていた。今回のテーマは”Fostering Coexistence in a Globalizing World: Gender, Ethnicity, and World Politics”で、3つのセッションで構成されていた。

第1セッションのテーマは、‟Gender Politics and Discourse Analysis”で、ベルリン自由大学側の学生たちがそれぞれ‟Excluding a Discourse: Sex Politics at the Workplace and Coffee Service”と、‟The Birth of Female Heroes in Korea’s Workers Movement”について発表した。前者は韓国の小学校で起きた「お茶汲み」をめぐる先生同士の葛藤を概観し、社会全般がいかにその葛藤を見捉え、ディスコーズを形成し、事件を歪曲していったかについて分析した。後者は、80年代の韓国女性労働運動のヒロインと最近の女性労働運動のヒロインを比較し、いかに女性労働者が労働運動のヒロインとして作り立てられるかをとりわけメディアに注目し述べた。

第2セッションのテーマは、‟Migration and Ethnicity”で、‟The Limits of Transnational Advocacy Networks and Human Rights in North Korea”と、私による‟Socio-spatial Reconstruction and Ethnic Relationship of Koreatowns in Global Cities”の発表が続いた。北朝鮮に関する発表は、北朝鮮の人権問題に対していかに各国や国際機構、NGOなどが圧力をかけていくかについて、その働きをTransnational Advocacy Networksという理論枠組みから見たもので、コリアタウンに関する発表は、世界の大都市のコリアタウンを比較することで移住者の集住地がどのような分布や機能を持つのかを整理したものであった。

第3セッションのテーマは、‟East Asia in World Politics”で、メディアと国際政治学からの研究に関する発表が繰り広げられた。‟Japan’s Territorial Disputes and the Hegemonic English-language Media Sphere”の発表は,日本を取り巻く領土問題に対し、英語で報道を行うメディアがどのような役割を果たすかについての研究を行うとの内容であった。その後に続いた‟Localization of Middle Power and Foreign Policy Change in South Korea”の発表は、朝鮮時代から続いた「均衡者」としての韓国の役割が実はとても独特で独自的なものになっており、欧米の政治理論でいう「Middle Power」の概念だけでは十分に説明しきれないということを指摘していた。

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それぞれの発表は、専門分野から研究対象、アプローチまで、アジアをテーマとする点以外では異なる点がすごく多かったが、その分、今まで知らなかった分野や出来事に対して勉強する機会にもなった。また、韓国、ドイツ、アメリカなど、様々な出身国や背景を持つ学生、先生方からフィードバックをもらう過程で、今まで考えたこともなかった研究のポイントや盲点を気付かされたり、考え方や概念の捉え方の違いを認識したりもした。このような経験は、各自の学位論文の完成度を高める良い契機にもなり、今後の学際研究や海外学会などで、異なる背景の人々の前で研究発表をするためのトレーニングにもなったのではないかと思う。

ライティング・セミナー

2月24日および25日には、アカデミック・ライティング・セミナーが開講され、英語論文における全般的な構造の解説や、序章ならびに要旨の書き方、適切な語彙の選択などに関する授業が行われた。東京大学側の参加者全員とベルリン自由大学の一部参加者が受講した。

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1日目の授業では、実際の論文の序章と要旨の部分の構造を分析し、一般的な英論文で主張を展開するにあたってどのような構造的要件が必要となるのかについて学んだ。いくつかに類型化された構造の例を見ながら、どのように書けばより効果的に論文の内容を伝えることができるのか、を考える訓練となった。また、構造のみならず、受講者の母国語の中にはあまり含まれていないが英語論文では多く使われている言い回し(Passive voice, Hedgingなど)についても学んだ。

2日目には、前日の講義をもとに、以前自分が書いた要旨や序章を持ち込み、新たに書き直す作業を行った。書き直した文章を他の参加者に読み上げることで、いかに自分が主張したい内容が簡潔に伝わったかを試したり、他の参加者からその文章に対するコメントをもらったりもした。今まで自分が書いた文章に対して直接的なフィードバックをもらった経験がなかったため、同年代の参加者から真剣にコメントをもらえたのはとても新鮮で、同時に今まで苦手意識しかなかった英作文に対して少しは向上心を持てるようにもなった。また、今まで要旨や序章などの具体的な書き方を学んだことがなく、日本語の文章をそのまま英訳する程度だった自分の文章が、この二日間で驚くほど立派なものに変わったことが実感できて、すごくやり甲斐を感じた。

フィールド・トリップ

今回のフィールド・トリップは3日間で構成されており、参加者自らが活動のテーマや興味に沿って、それぞれ自主的に構成することになっていた。フィールド・トリップの1日目である2月26日には,Friedrich Schiller Universität JenaのTsypylma Darieva先生による、ベルリンにおける移住・移民の講義及び研修が計画された。東京大学側の参加者全員、ベルリン自由大学の参加者数人が参加した。午前中はベルリン自由大学で集合し、先生の講義を受け、意見交換を行った。授業では移住や多文化共生に関する概念を時系列的に学び、1980年代以降の学界の傾向を知ることができた。移住に関する学術的な関心は、トランスナショナリズムの議論によって活性化され、ディアスポラ問題やナショナリズム、モビリティの研究はもちろん、ホスト社会における多文化共生についても積極的な議論が行われるようになった。特に、多文化共生に関しては、1980年代から1990年代にかけて欧米のMulticulturalismが失敗したとの批判があり、1990年代にはCosmopolitanismの概念が現れた。しかしながら,Cosmopolitanismは欧米先進国寄りの、エリート主義的な理想に過ぎないという批判に直面し、2000年代からはConvivialityという新たな概念が提唱されるようになったという。Convivialityは,共存だけでなく、互いに対する政治的な理解、交流、類型化への拒否など、より積極的で相互構成的な共生を追求するという面で、近年最も重要な概念の一つになっているとのことであった。

授業が終わってから、参加者全員でPlatz der Luftbrücke駅まで電車で移動した。駅のすぐそばには,過去に西ベルリン側の空港として使われていた巨大な建物があり,現在は難民キャンプとして利用されていた。駅からバスで10分ほど移動し、シェヘドリック・モスクに到着した。ちょうど金曜礼拝が終わった頃の時間で、モスクは凄く賑わっていた。このモスクがある地区は、元オスマン帝国の土地であったが、トルコ政府へと移譲されたもので、建物は2000年代に入ってから建てられたものだという。建物の材料は全てトルコから取り寄せられており、自国民の宗教に関する強い信念と支援が見られた。同モスクはスンニ派の信者が9割以上であるが、シーア派も拒まない姿勢をとっており、異国で暮らす移住者同士の多文化共生を図っていた。また、宗教的な面ではトルコ本国との架け橋の役割を果たしていたり、ドイツ人や観光客に自分たちのありのままのイスラム文化を説明し、敵対心をなくすようにも努めていて、移住者とホスト社会間、ならびに移住者と本国間のつながりを大事にしている印象も受けた。

モスク訪問の後は、U-Bhf Hermannplatzへと移動し、トルコマーケットを見に行った。川辺に設置された露天市場では、果物や野菜、チーズなど近隣住民が気軽に利用できる食品から、トルコ人向けの日用品、エスニック商品、雑貨など、あらゆるものが販売されている、活気溢れる空間だった。また、トルコマーケットから北方向に歩いて10分ほどの地区であるKottbusser Tor駅付近は、トルコ人の集住地となっており、トルコ料理店が多数立地していた。ベルリンが発祥地だというDoner kebab(肉や野菜をサンドイッチ型にしたケバブ)はもはやドイツ人の誇りになっていて、移住者の文化がホスト社会にうまく溶け込んだ、興味深い例になるのではないかと思った。

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1日の見学だけでは把握できない葛藤ももちろん色々とあるとは思うが、外国人の比率が10%を大きく上回るベルリンで、アラブ圏に対する敵対心が強まる中でも共生を目指しているトルコ人の生活、またそのようなトルコ人の文化をベルリンの一部として誇りを持つドイツ人の意識を見て、多文化共生の望むべき一面を体験したように思えた。

フィールド・トリップ2日目(2月27日)には、Korea Verbandという、韓国系移住者によって設立された団体を訪問し、活動状況などに関してヒアリング調査を行った。Korea Verbandは、Birken Strasßeから徒歩で15分ほど離れたところに事務室を構えており、参加者たちはその事務室の方に招待されていた。今回の参加者は東大側の参加者全員で、11時からおよそ3時間半にかけて、実務担当者の方に団体の活動内容や、ドイツの韓人社会について説明をいただいた。同団体は、元々韓国の民主化運動を海外から支援することを目的としていたが、今では慰安婦問題やセウォル号問題、北朝鮮人権問題など、韓国本土の様々な問題について、韓国政府や国内団体からの圧力に縛られることなく自主的に運動を行う団体となっていて、海外の韓人を結ぶ拠点のような役割を果たしていた。国内の社会・歴史問題に対してここまで海外の韓国系移住者、もしくは第3国の人々が関わっていること自体を知らなかったので、このような活動を通じてトランスナショナルなつながりが増え続けていることを新たに知り、移住に関してもさらなる研究の可能性を模索できるような気持ちにもなった。

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フィールド・トリップ3日目である2月28日の午前中には、ベルリンの郊外にあるポツダム市の見学を行った。この日は東大側の参加者全員の他にも、ベルリン自由大学側の学生が一人参加し、ガイド役も務めてくれた。ポツダム市は広く、バス交通だけでは午後の日程に遅れる恐れがあったため、自転車を借りて有名なスポットを一周した。EU議会のために建てられたモダンな建築様式の宮殿や、ベルサイユ宮殿をモデルに建てられたというSans souci palace,今も繁華街となっている城下町を通り、ポツダム会議が行われたというCecilienhof Palaceを見学した。オーディオガイドがとても充実していて、ポスダム会議の内容や会場の構造、各国の権力関係などがよく理解できた。各国体表のための会議室から本会議が行われる大会議室へいたる動線が国ごとにそれぞれ分離されるように工夫された内部構造や、会議参加国のぞれぞれの好みが反映されたインテリアなどから、戦争をやめ平和へ向かおうという時でさえ自国の利益やプライドを優先しようとする国家間の競争が伺えた。

ポツダム見学を終えて、3時半頃ベルリンに帰り、Mehringdamm駅で芸術活動家のユ・ジェヒョン先生にお会いした。先生は政治的な意味合いを持つ芸術作品を創る仕事をしながら、移住者2世の言語教育や難民支援にも励んでいる方で、参加者全員と先生は26日に通り過ぎたことのある難民キャンプへと向かった。内部に入ることはできなかったが、入り口で難民が出入りする光景をみたり、キャンプとして使われている空港ビルの反対側(今は公園となり,市民に開放されていた)から難民キャンプを見たりもしながら、難民キャンプの状況や、難民問題に対する市民社会の動きについて先生から説明を受けた。難民といっても、ちゃんと手続きをすれば外への出入りも不自由なくでき、衣類や食料品を買うこともできるようになっていて、想像していたより自由な雰囲気だったのが印象的だった。しかしながら、この難民キャンプはもちろん、ベルリン全体、もしくはドイツ全体のスケールで難民の数は想像を絶するほど多く、自分たちがキャンプの前で見ているより、今後の「共生」の問題がはるかに大きいということも認識せざるを得なかった。今後のドイツ政府の対処についても継続的に注目していきたいと思った。

総合的に、今回の研修は、多文化共生について政治・社会・メディア・ジェンダー・地理など、様々な側面から最新の研究を把握し、フィールド・トリップを通じて社会の現状を直接確認し、これらの経験を今後研究として世に出すための表現方法までをも学べる貴重な機会であった。このような貴重な機会をいただけたことに感謝し、今後の研究や活動に役立てたいと思う。

報告日:2016年3月7日