「障害の現場 べてるの家ウィンタースクール2018」報告 田邊 裕子

「障害の現場 べてるの家ウィンタースクール2018」報告 田邊 裕子

日時
2018年3月11日(日)〜17日(土)
訪問先
社会福祉法人浦河べてるの家(北海道浦河町)など
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

2018年の「東大ウィンタースクール」は、3月12日から18日にかけて、北海道の浦河と札幌にて実施された。昨年の真冬の研修では足先も寒さに縮こまっていたくらいだったが、今回は肌寒いとはいえ(そして雪も降ったけれど)心なしか体は軽かった。訪問先も浦河にある「べてるの家」だけでなく、札幌にあるNPO法人リカバリーの事業所「それいゆ」と、医療法人「札幌なかまの杜クリニック」も見学させていただいた。わたしにとって、ウィンタースクールは今回で3回目の参加だったが、今回は特にじっくり対話をさせていただく機会に恵まれ、これまでよりも自らの関心をより明確に持つことができるようになった。そういった関心事についてもまとめたいが、この報告文では今回訪れた3つの支援の現場について簡潔にまとめよう。

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(1)社会福祉法人・浦河べてるの家

社会福祉法人・浦河べてるの家は、北海道浦河町において、精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点として1984年に設立された。いまや全国各地で実践されている「当事者研究」の、総本山とも言える。べてるの家では、共同生活のなかで、ひとりひとりが自分自身の特徴を探究することをモットーとしている。ホームページにもあるように「生活共同体、働く場としての共同体、ケアの共同体という3つの性格」が注目を集めるようになり、全国のみならず海外からも見学者が多い。

初めての訪問を思い起こせば、一番大きな発見は、べてるの家での「当事者」という言葉に「共同で生活している人々」という立場が含まれていることへの気づきであった。それを実感したのはミーティングの場であったから、「その場にいるひと」と言い換えでもよいかもしれない。一週間のうちに何度も行われる集まりの場では、一人ひとりがマイクを持ってその日の気分と体調を報告する。また、ミーティングでは交代で(あるいは突発的に)個人の困りごとを共有し、アドバイスをしあう。そうした場において、見学者にすぎないわたしにまでマイクが回ってきて気分と体調を報告したり、輪に加わって発言したりした。部屋の端で見学するだけではなかったことが一番の驚きだった。どんな立場でも、その場にいることが肯定される。それがべてるの家の「当事者研究」の態度なのだと感じた。

初回の訪問で学んだことが、共同で生活している人々として当事者研究をすることの寛容さだったとすれば、今回の訪問では、その厳しさを学ぶことになった。当事者研究は、本人が無自覚だったり覚えていなかったりすることを指摘したりしながら、研究が進んでいく。あるひとが困りごとを言葉で出そうとするとき、それを聴く周囲の人々はその困りごとを尊重しながらも、違う視点から見えたものをそのひとに投げかける。普段の作業時間やミーティングの時間を共に過ごすことでお互いに観察しあい、気になったことなどが当事者研究の場で共有されるのだ。つまり、中心となる語り手と周囲の聴き手とのあいだには、そのときの困りごと(研究テーマ)以外にも、何気なく交換された情報が多くあるので、困りごとについての多角的な取り組みを模索することができるのである。今回の見学を通して、「研究者」として当事者研究を行うためには、「生活者」として共に過ごす必要があることに気付かされた。全国へ広まった当事者研究だが、それには研究の場を作るだけではなく、共に生活することを含めた取り組みを心がけなければいけないという厳しさがある。そこに気づかずに、生活から引き剥がして当事者研究を行うと、うまくいかなかったり傷つけ合ったりすることがいっぱいあるのではないだろうか。

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(2)NPO法人リカバリー・事業所「それいゆ」

事業所「それいゆ」は、被害体験を背景に病気や障害に苦しむ女性を対象として回復と社会復帰の支援を行っている。事業所を営むNPO法人リカバリーは、2002年に立ち上げられた。いまは、相談室や就労支援、そしてグループホームを運営している。今回は、その代表である大嶋栄子さんにお話を伺った。

大嶋さんはジェンダー学の研究をなさっており、「それいゆ」を「ジェンダー学の実践の場」であると仰っていた。この春からそれいゆで働く新スタッフも、そのような実践の場を求めて就職を希望したそうだ。大嶋さんのお話を通して、それいゆにおいては、女性の生活支援とジェンダー研究がお互いを支え合う関係にあると感じた。具体的な研究のお話しを伺ったわけではないし、はっきりと言い当てられるくらいその相互関係が見えたわけではないので、あくまで印象程度ではある。しかし、具体的な支援の内容を伺ううちに、支援についての研究の成果を現場で応用して活かすという一方通行の展開ではないように思ったのだ。

なぜそのような印象を受けたか。それは、お話しいただいたエピソードから、支援者がどんなときも頼り甲斐のある安定した存在ではないのだという実感が伝わってきたからだ。例えば、支援活動のなかにはスタッフ間の支援も含まれる。それいゆでは、週に一回のスタッフ・ミーティングを欠かさないそうだ。常に誰かが24時間体制で携帯電話を離さずに利用者を見守っているという過酷な支援の現場では、「バーンアウト」を避けるための工夫が必要で、それをないがしろにすると、緊張状態が続いて心配事を抱え込んだ支援者が一気に脱力し支援の現場から遠ざかってしまうことがある。スタッフたちの間でミーティングを重ね、もし重要な困りごと(研究テーマ)を抱えているスタッフがいれば、通常のミーティングとは別に時間を設けてその困りごとを話し合っている。また、大嶋さんは、刑務所に出向いて支援活動を行うこともあるそうだ。女性の服役者たちの社会復帰を支援するためである。しかし、単純に、制度資源の存在を教え、困りごとを解決するための手立てだけを伝えても、支援にはならないという。根本的な問題は、彼女たちの認識にあるからだ。彼女たちは、自分たちが社会の制度資源を利用する資格がないと考えていることが多い。また、そもそも自分が困った状況にあると思わないことも多いそうだ。支援者は、相手の考えや思いを聴きながら、支援の焦点を情報提供よりも認識の調整に移す柔軟さを持っている必要があるだろう。その他にも、利用者の方々からスタッフに向けられる眼差しがプレッシャーになるというお話しもあった。支援者は専門的知識と視点を養ってから現場に入るわけだが、一方でその現場において様々な戸惑いや疑問に直面する。その際、その戸惑いや疑問をすぐに克服しようとする態度よりも、新たに調べたり、言語化して共有しようとしたり、考察を深めたりすることで、時間をかけて育てるような態度のほうが必要なのではないだろうか。持続的な支援活動を目指すために、大嶋さんも研究と実践を繰り返しているのではないか、そう思わされたお話しだった。

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(3)なかまの杜クリニック

札幌にある「なかまの杜クリニック」は、精神科・精神内科・内科の診療と、デイケア・ナイトケアを行っている。主なデイケアプログラムは、当事者研究、SST(社会生活技能訓練)のほかに、「元気回復プラン」とも呼ばれるWRAP(Wellness Recovery Action Plan)、音響療法での治癒力向上を行っている。今回わたしたちは、デイケアの場に参加する形で見学させていただいた。そこでは、少人数のグループに分かれてテーマに沿って意見交換するという活動に参加した。初対面で話し合いを始めることに、少々緊張したものの、東大ブランドへの疑問について話すテーブルが生まれたこと、ストレス発散のための工夫で共感できたことで、結果的には大変充実した時間になったと思う。気になったのは、利用者同士のやり取りがあまり多くは見られなかったことで、デイケアというかたちでの信頼関係構築の工夫について、もっとお話を伺うべきだったと反省点が残った。

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研修全体の振り返りとして、今回のウィンタースクールは、支援の現場で長い時間を過ごしてきた人々に、じっくりお話をうかがい、たくさんの質問をする時間を得られたことが良かった。リーディング大学院という場で多文化共生について取り組むためには、研究を念頭においた問題意識を言い表すときの言葉と、現場で培われた感覚を言い表すときの言葉とのあいだにある溝を軽視してはいけないように思うからだ。一方で、浦河ひがし町診療所の川村敏明先生のお話を今回は伺うことができなかったが、去年や一昨年の経験を学生間で積極的に共有するべきだったと反省している。いずれにせよ、毎年この研修を繰り返し開催してきたからこそこのような振り返りが出来る。企画・実行をご担当されている石原先生、またプロジェクトスタッフのみなさま、そして受け入れてくださった訪問先のみなさまに、御礼申し上げたい。

報告日:2018年3月17日