オープンダイアローグを語る 加藤 大樹

オープンダイアローグを語る 加藤 大樹

日時:
2017年7月31日(月)17:00-19:00
場所:
東京大学駒場Ⅰキャンパス18号館4階コラボレーションルーム1
主催:
JSPS科研費(基盤研究B)(JP16H03091)「精神医学の社会的基盤」プロジェクト
共催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

今回の講演会では、フィンランドから心理士のRiikka Savolainen氏(以下、リーッカさん)と経験専門家のHelena Kiviniemi氏(以下、ヘレナさん)をお招きし、現地におけるオープンダイアローグの実践やご自身の経験についてお話しいただき、その後参加者との間で質疑応答が行われた。

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講演の前半では、心理士のリーッカさんからオープンダイアローグに関する説明があった。彼女は、オープンダイアローグ発祥の地とされるフィンランド・西ラップランド地方のクリニックで働いている。まず講演の最初に彼女が強調していたのは、オープンダイアローグと西ラップランドという特殊な地域の結びつきである。西ラップランド地方というのは、6つの自治体から構成されており、人口約6万人に対して100人ほどの精神科のスタッフが働く人口密度の低い地域である。また、フィンランドでは一般的に、精神科に見てもらうためには一般医を経由して精神科を紹介してもらうという形を取らなければならないが、西ラップランド地方では一般医を経由することなくダイレクトに精神科医と会うことができる。リーッカさんは、このように「低い人口密度」「特殊な面会制度」といった条件がそろっていたからこそオープンダイアローグが実現したと述べる。逆に西ラップランド以外の場所でオープンダイアローグが実現可能かについては疑問が残るとしており、全く異なる環境で暮らす私たちにとっても「医療と環境」の問題は非常に重要な論点となるだろう。

ではそのように特殊な環境の中で生まれたオープンダイアローグとは、いったいどういう医療実践なのだろうか。リーッカさんの説明から、いくつかの特徴が浮かび上がってきた。まず1つ目が、入院ではなく外来(面会)に注力するということである。西ラップランド地方では1回1時間~の面会を年間2万件近くも行っており、たとえ入院する場合でも、入院日数の目安は少なく設定されている。2つ目の特徴は、1人の患者に対してスタッフが2人以上のチームを組んで治療にあたるということである。こうすることで、治療において多角的な視点を持てるようになるだけでなく、新人スタッフが現場で学べる、職場の通気性が良くなるといった利点も生じる。3つ目の特徴は、「自分のことは自分が一番よく知っている」という信念に基づき、医者が会話をリードするのではなくクライアントの自発的な発言を待つということである。そして最後に、思ったことは必ずその場で(本人の前で)発言するということも特徴の一つとして挙げられる。このような実践はクライアントに対してだけでなく、スタッフ同士の対話においても徹底して行われている。以上のいくつかの特徴から言えることは、スタッフとクライアントの関係、そしてスタッフ同士の関係において、まさにオープンな環境づくりを行うことがオープンダイアローグの成功につながるということである。

講演の後半には、経験専門家であるヘレナさんから自らの経験についてのお話があった。経験専門家というのは、精神疾患などを経験した当事者が専門家としての資格を取り、講演を行うことで自らの経験を伝えたり、オープンダイアローグの普及活動を行ったりする職業のことである。ヘレナさんも2000年代から重い鬱の症状を発症するようになったが、セラピーに通うことで少しずつ回復し、今は経験専門家として精力的に活動されている。

実際に鬱の発症とセラピーによる治療を経験したヘレナさんからは、治療にまつわるより具体的なお話を伺うことができた。彼女が受けた治療の特徴の一つは、彼女の息子さんと担当医が個人的に連絡をとり合えるようになっていたということである。ただしこの場合も、息子さんや担当医が何か気になることがあれば、ヘレナさんのいないところで話し合うのではなく、必ず本人の了承を得て面会を行うということは徹底されていた。このようにクライアントやその関係者がいつでも担当医に電話をかけることができるという環境づくりも、オープンダイアローグの特徴の一つであると言えるだろう。また、ヘレナさんのお話で個人的に印象に残っているのは、「精神疾患においては直線的に治るというプロセスを経ることがなく、症状が改善したと思ったら悪化するといったように、一進一退を繰り返しながら治癒していく」という言葉である。こうした治癒のプロセスは一般的な「治癒」のイメージとは異なっており、精神疾患などに特徴的なプロセスであるように思われる。自分や周囲の人間が精神疾患にかかった場合は、段階的に治っていくという思いこみを持つことなく、長い目で根気強く治療を続ける必要があるだろう。

ヘレナさんのお話の後に行われた質疑応答では、精神疾患の当事者やNPO関連の方、医療関係者など様々な参加者から質問が飛び、リーッカさんやヘレナさんとの間で活発な意見交換が行われた。こうした質疑応答でのやりとりを通じて、私自身も自分の考えを整理し、さらに考えを深めることができたように思う。

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最後に全体を通してこの講演会で感じたことは、精神病の発症やその治療について考えるときに、「他者とのコミュニケーション」という問題は切っても切り離せないということである。リーッカさんが話していたように、精神的な病気が必ず周囲との関係性の中で生じるのであるならば、オープンダイアローグという対話の実践は、逆に周囲との関係性の中で心の病を治療する方法だと言える。一見、他者との対話と個人的な心の問題の解決は結びつかないように思えるかもしれない。しかし、コミュニケーション研究の分野でも「人は相手と対話すると同時に自己との対話も行っている」といったことがよく言われるように、人間は他者との相互作用を通じて変化していく生き物である。例えば、誰かと話しているうちに自分でも知らない自分に気づくという経験のある人も少なくないだろう。そのように考えると、他者と話していく中で自分自身の心の問題を発見し、自分と向き合えるようになることを目指すオープンダイアローグは、有効な治療法の一つであるように思われる。ただし、ここで注意しなければならないことは、最初の方でも述べたように、オープンダイアローグがかなり特殊な環境において成立した治療法であるということである。私たちが他の地域・文化における治療法から学びを得て、自分たちの治療のあり方を見直すというのは大変望ましいことである。しかしだからと言って、オープンダイアローグをそのまま日本に導入できるわけではない。現地と日本の環境の違いを十分に検討したうえで、どういう形で日本の精神医療に取り入れるのが望ましいのかをしっかりと議論する必要があるだろう。そのためにも、まずはより多くの人にオープンダイアローグについて知ってもらい、正しい知識が広まることで、日本国内でますます活発な議論が展開されることを期待する。

報告日:2017年8月21日