秋だ! メディアアートフェスティバルへ行こう! 川端 野乃子

秋だ! メディアアートフェスティバルへ行こう! 川端 野乃子

日時
2016年11月29日(火)12:30 - 16:30
場所
つくば美術館 & 筑波大学エンパワースタジオ
講演者
岩田洋夫教授(筑波大学システム情報系)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」
協力
筑波大学エンパワースタジオ

本研修では、つくば美術館で開催されているメディアアートフェスティバルの見学、岩田洋夫教授の講演会、そして筑波大学エンパワースタジオの見学を行った。私は大学で認知心理学を学んでおり、人間の脳の情報処理のメカニズムに関心がある。人間は、感覚器官を通じて外部の情報を受け取り、知覚した情報に基づいて行動選択をしたり、外部の対象についてイメージや意味の形成を行ったりするが、すべての情報をそのまま処理しているわけではなく、必要に応じてより効率良く行動できるように情報処理を変化させている。人間の感覚器官に働きかけ、現実ではないが実質的に現実のように感じられる環境を人工的に作り出す「バーチャルリアリティ(VR)」は、人間の脳の情報処理の適応性を利用した技術であるということができる。私は普段基礎研究をしているので、社会で広く応用されつつあるVRをはじめとした科学技術に強い関心があるとともに、研究と芸術や社会との結びつきについて知りたいと考え、本研修に参加した。

メディアアートフェスティバル

毎年つくば美術館で開催されているメディアアートフェスティバルは、コンピュータや映像・通信技術、光などの科学技術を利用した芸術作品の展示会である。今年は鉄道レール模型と幾何学的模様を組み合わせた作品や、VRを利用した作品など14点が展示されていた。中でも私は次に挙げる3つの作品に関心を持った。1つ目は “Vital + Morph” という作品である。これは、病院内の患者と病院外にいるその家族との間の相互作用・存在知覚を支援するインターフェースである。胴回り程度の直径を持つ輪っか型のデバイスふたつがつながっており、一方の形状を変形させるとそれが他方にも伝わり形状が変化する。視覚刺激や聴覚刺激の伝達・共有はテレビや電話をはじめ発展の一途をたどっているが、一方で味覚や触覚についての研究は遅れている。ここで紹介された作品は、「抱きしめる」という感覚を離れた場所にも伝達できないか、という着想のもと「病院内外の相互作用・存在知覚を支援する」というコンセプトで制作されたとのことだったが、この技術はエンターテイメントをはじめ様々な領域で需要があるだろう。また、「抱きしめる」感覚を伝達するという観点でいうと、人間が「抱きしめられている」と感じるためには、おそらく形状以外にも、例えば温もりや腕の感触なども重要な要素となると考えられる。そういった要素も組み合わせることで十分実用化可能になるアイディア・技術であると感じた。2つ目は、「ヒカリミツキ」という作品である。木製の立方体を積み木のように複数組み合わせて遊ぶおもちゃであるが、特徴的なのはそれぞれのブロックに特異的な機能がつけられている点である。各ブロックには、モーターやセンサー、スピーカーなどの機能がつけられており、磁石が埋め込まれたブロック同士を自由に結合することで、ラジコンや、人の接近を検知して音を鳴らすシステムなどを作ることが可能である。スマートフォンやパソコンの普及に伴い、子供たちの遊びもそうしたデバイスを用いたゲームに偏りつつある。そうした中で、科学技術を応用して積み木という古くからあるおもちゃに新しい魅力を付加するというのはこれからますます必要となる考え方であると感じた。最後に、 “HEARTBEAT MUSIC” という作品も興味深かった。これは、心拍によって音の高さを変動させ作曲をするという作品である。ひとりが一音を担当し、8人が同時に心拍測定を行うことで、単純なループ音楽の音の高さが変化する。従来の、演奏者と観客がはっきりと区別された音楽作品から、科学技術を用いてインタラクティブな芸術を提案しているところに新しさと面白みを感じた。

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岩田洋夫教授の講演会

VRは近年注目を集めており、仮想的な視覚刺激や聴覚刺激を形成する研究が進んでいる。それに伴い、より「リアルな」仮想空間を作るために触覚の領域の技術が求められるようになっている。たとえば、ヘッドマウントディスプレイを装着し、猫の映像を目にしたとする。そこでの空間が現実であるという認識を高めるためには、「実際に猫に触れてみてその手触りを感じる」ということが重要になる。さらに、仮想空間中を移動するということを考えたときに、歩いている感覚はあるが現実世界では位置が変化していないということを可能にする技術も今後需要が高まっていくことが予想される。岩田先生は、VR技術の中でも「触覚」に特に着目して研究されてきた。バーチャルな世界に触れることを可能にする技術をハプティックインターフェースという。本講演で、先生は手(手ごたえ)と足(歩く感覚)についてこれまでの研究成果をお話してくださった。具体的には、外科医の研修用に開発した、肝臓を掴んだ感覚を呈示する「肝臓手術シミュレータ」や、人間の歩行に合わせて足元にあるブロックが配置をかえ、進んでいる感覚はあるが実際には今いる地点は変化しない「動く床」といった技術をご紹介してくださった。講演の中で、特に印象深かったのは、「実演という発表形態を重視されている」という点である。私は普段基礎研究をしているので「作品」のような形で研究成果が目に見えることは少なく、制作したものをデバイスアートやテクノロジーという形で発表すること、そしてそれが現実社会の変化に直結することに魅力を感じた。

エンパワースタジオ

エンパワースタジオはVR技術の研究を行うための施設である。特に印象深かったのは “Big Robot” と “Large Space” という二つの設備である。Big Robotは搭乗型巨大ロボットであり、高さ5メートルの位置に乗り歩行すると、ロボット本体も同時に動くというものである。ロボットは歩行ではなく車輪での移動ではあるが、巨人になったような歩行感覚は味わえるという。身体機能は可塑的であり拡張するという話はよく知られているが、身体が数倍になった感覚を長期的に体験すれば、身体感覚・機能に何らかの変化が生じるのではないかという点は興味深く、今後の研究が待たれる。Large Spaceは壁と床がすべてスクリーンになっている幅25メートル、奥行き15メートル、高さ8メートルの空間である。スクリーンに、位置情報を反映した映像を投影することで、複数人で同時にバーチャルの世界を体験することが可能になる。見学では、横浜の中華街、人体の肝臓の中に実際にいるような感覚を体験した。VRの規模感、可能性を強く感じる体験であった。今年はVR元年とも呼ばれているが、その応用の可能性は幅広く、また、そうした技術を利用して人間の知覚や認知のメカニズムについて研究を深めていくことも面白そうだと感じた。

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報告日:2016年11月29日