「IHSサイエンスラボ学生自主企画」報告 椢原 朋子
- 日時
- 2015年6月-8月
- 場所
- 東京大学駒場Ⅰキャンパス アドバンスト・リサーチ・ラボラトリー中2階(IHSサイエンスラボ)、16号館4階など
顕微鏡データに基づく3Dプリンターを用いた精確な生体構造理解のための教材作成法の普及
【背景】
子供たちの理科離れと理科教育
現在、原発問題をはじめ、複雑化する我々の身近にある科学技術について、その善し悪しを自らで考え判断することが必要とされている。しかしながら、多くの人は難しい科学の問題は毛嫌いしてしまい、判断を専門家に任せるばかりになっているのが現状である。このような問題を解決するために、子供たちの科学への興味を高めることが一つの解決策となるのではないだろうか。そこで、現在の理科教育の主流である座学だけではなく、実験やフィールドワークなど実際に手で触れて感覚的に理解できる授業を積極的に取り入れることで、より科学への関心が高まると期待される。
教材作成のための3Dプリンター
触れて感じる理科教育に有力な材料として、現在普及が拡大している3Dプリンターが挙げられる。以前に比べて知名度も価格もより一般的になっている。さらに良いことには、教科書などに描かれている生体分子の図は簡略化して描かれていることが多いが、3Dプリンターで作成される模型は電子顕微鏡などで得られた精確な生体の構造を手に持てるサイズで実体化できるという点である。生体内の構成物や生体自身の細かな構造を見て触れて、さらには機能と照らし合わせて考えることは、子供たちの生物への興味を引くだろう。
教育現場への3Dプリンター使用方法の普及
上述のとおり、3Dプリンターの普及は拡張しているが、未だ一般的とは言えない。多くの学校で3Dプリンターを使った教育が行われるためにも、使用方法などをわかりやすく解説し、また様々な用途で使用できるようにする必要がある。そこで、私は生体構成物の教材作成における3Dプリンター使用方法をオープンアクセスジャーナルに投稿し普及することを考えた。
【手法】
様々な用途・対象物で使用できるように、様々な顕微鏡(共焦点レーザー顕微鏡、走査型電子顕微鏡、マイクロトームによる観測)を使用してデータを取得し、3Dプリンターで模型を作成する。そして、それらの方法をまとめ、オープンアクセスジャーナルとして公表する。
[各種装置の特徴]
- 共焦点レーザー顕微鏡:
細胞など厚みのある試料をそのまま観測することができ、観測対象の三次元情報が得られる。観測倍率は光学顕微鏡とほぼ同じ。 - 走査型電子顕微鏡(SEM):
光学顕微鏡が1000倍の観測倍率を持つのに対して、SEMは数万倍まで拡大できる。したがって、サンプル表面の微細な構造まで観測できる。また操作手順が大変簡単である。 - マイクロトームによる観測:
マイクロトームとは、生物試料などを薄く切る装置である。その切片からプレパラートを作成し、生物試料の内部構造を光学顕微鏡で見るという、医学分野などで古くからある方法である。一般的に小中学校にもある光学顕微鏡で観測できる資料を3D化することが出来きるため、子供たちが親しみを持つことが期待できる。
これらの実験については総合文化研究科の太田研究室、池内研究室など多くの先生方にご協力頂いた。
[生体模型の作成]
3Dプリンターの生体模型作成の手順は以下のとおりである。
- 各種顕微鏡による三次元座標データの取得
- 3Dプリンター印刷用のデータ(STL)への変換
- 3Dプリンターによる印刷
この手法はIHS特任助教ガリポンさんによって開発された。
【結果】
- 共焦点レーザー顕微鏡(対象:小胞体)
この手法はガリポンさんによって開発された。実際に作成された模型は2015年春に開催された駒場博物館『境界を引く⇔越える』に展示された。 - 走査型顕微鏡(SEM)(対象:乾眠状態のクマムシ)
走査顕微鏡によって乾眠状態のクマムシの三次元座標でデータの取得に成功した。3Dプリンター印刷用のデータ変換方法は、二つのアプローチから行った。一つはインターネットにて無料でダウンロードできる変換ソフト(csv2dx23)による変換、もう一つはR言語による変換である。それぞれの方法のメリット・デメリットを下記に示す。 - csv2dx23(椢原)
プログラミングの知識がなくても、データの変換可能である。しかし、演算・出力容量の制限があるため一部データしか変換できなかった。 - R言語(ガリポン)
上記の容量の制限なく変換可能である。しかし、プログラミングの知識が必要。 - マイクロトーム(対象:ハゴロモモのつぼみ)
マイクロトームによって作成されたハゴロモモ断片のプレパラートは、伊藤元己先生からご提供いただいた。ハゴロモモのつぼみ断片のプレパラートをマイクロズーム顕微鏡で電子データ化を一部行った。
雑誌「生物の科学 遺伝」での記事掲載
本自主企画に関連する記事を雑誌「遺伝」に掲載することで、手法の紹介を行うことができた。この記事では、共焦点レーザー顕微鏡と走査顕微鏡の結果を記載した。
【まとめ】
今回、時間の関係で当初予定していた通りにはいかなかったが、実際に3Dプリンターで生体模型を作成して教材としての可能性を感じた。目で見るだけではわからない細部まで模型では触れて考えることが出来る。実用化にはより簡便な手法の開発が必要なため現段階での実用化は難しいが、今後ルーティンで模型作成できるような手法を考えていきたい。また、様々な顕微鏡を使用することで模型化する対象の幅が拡大することが今回わかった。ハゴロモモなどの水草のような目で見えるものから、微生物や、細胞の構成物である小胞体などの目で見えないものまで、精確な模型が作成できる。そのため、広範囲の分野について感覚的でより深い理解につながり、さらには興味を引くことが出来ると考えられる。したがって、この手法の普及により子供たちの理科離れの解消に役立つと考えられるため、今後も新たな理科教育の模索を努めていきたい。また今回の自主企画においてプログラミングの知識の必要性を感じた。プログラミングの知識は他にも役立つことが多く、必要性は今後さらに高まるだろう。今後、教育現場においてもプログラミングの授業を取り入れることも検討が必要かもしれない。
普及に関しては、当初の予定ではオープンジャーナルでの発表を考えており、今回はそれまでは至らなかったが、日本の学校向けに発行されている雑誌で紹介することができた。実際の教育現場で本手法が実際に使われることを期待したい。
今回の自主企画は2015年9月までIHS特任助教として在籍されたガリポンさんのご協力のもと行った。
報告日:2016年2月2日