講演会『理系キャリアパスに必要なコミュニケーション能力』報告 國重 莉奈

講演会『理系キャリアパスに必要なコミュニケーション能力』報告 國重 莉奈

日時
2015年12月5日 13:00-16:00
場所
東京大学駒場Ⅰキャンパス18号館1階メディアラボ2
講演者
柚木治(株式会社ジーユー(GU)社長)、鈴江奈々(日本テレビアナウンサー)、長谷川聖治(読売新聞編集局局次長)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

2015年12月5日、柚木治氏(GU・社長)、鈴江奈々氏(日本テレビ・アナウンサー)、長谷川聖治氏(読売新聞・編集局局次長)をお招きし、講演「理系キャリアパスに必要なコミュニケーション能力」が開催された。第一部では御三方からそれぞれテーマに沿ったお話をいただき、第二部ではパネルディスカッションが行われた。

第一部では最初に柚木治氏からキャリアパスのヒントとなるお話を伺った。まず、どのようにキャリアを選択すればよいか分からないというような人は、「Want」「Can」「Should」の三つの重なりを考えてみることが重要だとおっしゃっていた。そうは言っても自分のことが自分でもよく分からないという人は、原体験を思い起こしたり、実際にそのキャリアを選択した人から話をきくことが効果的だという。次に、理系の強みは何かという話では、数字に落とし込む癖がついていることや、「なぜを5回繰り返す」ことを挙げられた。デジタル化・グローバル化が進み、以前は最善の就職さえできれば安心していられたが、現在は自分に実力をつけることが最も重要である。柚木氏は、今求められる力を一言で表すならば「グローバルに通用する専門性とリーダーシップ」になるとおっしゃっていた。グローバルとは下手な英語同士でもコミュニケーションがとれること、専門性については一つに限らずどんどん学ぶと良いこと、リーダーシップとは「こうしたい!」という意志をもってグループの方向性を決めることだと説明された。途中、お話の中でリクルートの大久保所長による「筏くだりと山のぼり」の話を引用された。30代半ばまではゴールなんか分からないが全力で前に進み、30代後半から40才ぐらいからは自分で決めた山(専門性)を登り、一つ登頂したら別の山を登るという気持ちでいると良いということだった。

2人目の鈴江奈々氏からは、「伝わる話し方」のコツを教わった。理系の専門性を生かした仕事をする場合、自分の専門を異分野の人に説明する場面が少なからずあるだろうが、そのような時に役立つ具体的なアドバイスをいただいた。特に研究者の場合、莫大な研究資金を税金や企業から支援してもらうことになるため、自分の研究の重要性や面白さを分かりやすく伝えるスキルは必須だろう。第一に心がけるべきは子どもでも分かる話し方だと鈴江氏はおっしゃっていた。そのためのポイントとして、例えを交えてシンプルに話すようにするということがまず挙げられた。普段から専門用語を身近なものに例える練習をし、よい例えを思いついたらそれをストックしておくようにとのアドバイスをいただいた。また、画面を用いた説明の場合、聞き手が話についてこられるようにするには目と耳の情報を一つにすることが大事だとおっしゃっていた。伝えたいことが多すぎて詰め込みすぎた結果、聞き手に何も残らないというのはよくあることだが、与えられた時間の中で最も効果的に伝わるように内容と情報量を吟味することが重要なのだと分かった。2つ目のポイントはゆっくり、はっきり、大きく話すということだ。そして、3つ目のポイントは前を見て、口角を上げるということだ。振り返ってみると、私は研究発表などの時、内容にばかり気を遣い、話し方はあまり意識してこなかった気がする。次回の発表の際は第2や第3のポイントを意識しようと思った。そして、話し方を意識するにはそのための余裕が必要なため、場数を踏んだり発表練習を面倒臭がらずに行ったりすることが必要だということを肝に銘じたい。

3人目の長谷川氏は、メディアの視点から理系学生の社会力について語っていただいた。長谷川氏は理系出身者と接するなかで、彼らの弱点としてコミュニケーションが苦手、柔軟性に欠ける、根回しをしない、技術を重視しすぎてサービスという視点が弱いことが多いように感じるらしい。以前なら理系の研究者たちは研究さえ一人前にできれば社会力がなくても許されていたようなところがあったが、原発の安全性などをはじめとしたトランス・サイエンス 1の重要性が認識されつつある現在、社会にも目を向け、歩み寄ることのできる研究者が求められていると長谷川氏は指摘する。そこで、理系学生へのアドバイスとしては、日頃から文章を書く練習をすること、押すだけでなく引いてみる(一方的に説明しすぎない)、歴史などを学び社会で起こっていることにも目を向けることなどを挙げられた。では一方で理系学生の強みはどのようなところかというと、問題をモデル化して考える力やトレードオフの考え方が得意な点などが挙げられた。これらの長所を伸ばしつつ、短所に気をつけることで、科学を前進させながらその成果をうまく社会につなげられるようになるだろう。

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第二部のパネルディスカッションでは、「客観性」と「想い」との間のトレードオフについての話があり、興味深く思った。テレビでは客観性を担保するために、ある議論における様々な視点を紹介することを最も重視するが、新聞は報道機関であるだけでなく言論機関でもあることから、「想い」が入ることがある。その際は論理性や蓋然性、根拠に気をつけるということを長谷川氏はおっしゃっていた。他にも、理系教育をどのように改善できるかという話では、一度専門に入ってから初めて見える全体性があるため、専門に入った後で一歩引いて改めて教養を学ぶことが提案された。確かに重要性もよく分からずに教養を学ぶより、一度専門に入った後で学ぶことで自分の専門の社会の中での位置づけが見えてきて良いかもしれない。他にも様々な興味深い議論があったが、その中で特に紹介したいのが、一つのこと(自分の専門)だけをやったほうが楽なのだが、やはり社会にも目を向けた方がいいのか、そして専門以外に興味が持てない場合はどうすればいいのかという問題だ。それに対し、たしかに専門以外に目を向ければ、その分専門に注げる力や時間が減ってしまうようにも思える。しかし実際はそのようにゼロサムにはなっておらず、専門以外を見ることが専門をやる際のモチベーションになったり、他で学んだことを自分の専門分野で応用することで効率的に専門を進めることができるということだった。社会に目を向けるといっても、まずは究極の受益者と直に接することを柚木氏は勧めていた。そうすることで、自分の専門を進めていく方向性が見えたり、モチベーションになったりするのだろう。専門以外にも目を向けることが専門にも良い影響を与えることを信じ、意識的にアンテナを張っていこうと思った。

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科学だけでは解決できない問題を解く分野。原発を例とすると、原発で故障が起きる確率は科学の知識によって出すことができるが、それをふまえて(かけられるコストに限りがある中で)どこまで対策を立てればよいかといった問題は科学だけでは答えが出せない。