2017年度第二回つくばみらい市農業実習 報告 長江 侑紀

2017年度第二回つくばみらい市農業実習 報告 長江 侑紀

日時
2017年6月18日(日)
場所
茨城県つくばみらい市寺畑およびその周辺
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」
協力
NPO法人「古瀬の自然と文化を守る会」、東京大学大学院農学生命科学研究科

梅雨入りした6月の中旬、報告者はIHS教育プロジェクト2ならびにNPO法人「古瀬と自然の文化を守る会(古瀬の会)」、東京大学大学院農学生命科学研究科(以下「農学研究科」)とが共同実施する農業実習へ参加した。昨年度の夏合宿以降2回目の参加である。夏合宿で初めて本実習に参加した時の、身体が久しぶりにのびのびした感覚、採れたての米や野菜のご飯をみなさんと頬張る美味しさが忘れられなかった。その時は、収穫の手伝いをし、平成27年の鬼怒川氾濫とそれ以降の状況について共有していただくという貴重な経験をした。それゆえに、再び参加できることに心弾ませながら実習先へ向かった。

実習当日、天気予報は曇りのち雨。つくばみらい市を目指して1時間前に家を出た時の東京も、曇り空が広がっていた。幸運にも実習が終わるまで雨は降らず、農作業中体力を消耗するような強い日差しを受けることはなかった。この日IHSから梶谷先生、特任助教の石川先生、学生は三田さんと長江(報告者)と農学研究科から小林先生を始めとする教員と学生の参加者計16人が、朝9時半ごろに関東鉄道常総線小絹駅へ集合した。その後古瀬の会のみなさんの自家用車で田んぼまで送ってもらい、近くの広場で実習の準備をする。この日の実習は、無農薬稲作に挑戦する古瀬の会の共用の田んぼで、雑草の除草作業のお手伝いをした。除草作業の歴史的変遷や道具の紹介を受け、除草剤を使用することの効果と影響を説明してもらい、作業のノウハウを共有してもらった後に作業を開始した。重い道具や不慣れな作業に困惑しながらも、助言を求めたり試行錯誤をしたりしながら集中した2時間で、終盤にはカエルと戯れながら楽しむ余裕も生まれていた。作業のあとはお楽しみの昼食。広場の大きな机をみんなで囲んで、釜で炊いた無農薬米のご飯と採れたてのキュウリや玉ねぎの浅漬け、味噌汁、かき揚げをいただいた。わいわいと後片付けをした後、一行は古民家松本邸に移動する。隣の共同の畑で栽培中のサツマイモとトウモロコシの除草作業をした後、手作りの梅干しをいただき、解散した。

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紹介が遅れたが、古瀬の会とは、茨城県つくばみらい市で、地域に根ざした「農」の活動を通じて都市農村交流の取り組みを展開するNPO団体のことである。愛着を持って言うならば、「農業のプロフェッショナルであるおっちゃんたちが、自然と人の衣食住の距離感がちょうどいい古瀬の持つ魅力をたっぷり紹介し、農業の楽しさを経験させてくれる団体」である。たった2回の実習参加ではもちろん全てを正確に承知してはいないが、報告者なりにその特徴を凝縮した表現である。上記の紹介文を細分化しながら、農業実習に参加させてもらったからこそ知ることができた、この地域の事情を報告する。

①「農業のプロフェッショナル」:ここでは、農業で生計を立てているというだけでなく、農作業の経験とノウハウを持ち合わせた人たちを指す。例えば、田んぼの除草のやり方の変遷について経験や知識の伝承をしている。腰を曲げて手で行なっていた時代を経て、牛馬や鉄製の道具を使い始め、その形状や機能が進化していったが、広大な土地で除草剤を比較的安価に使用できるようになり、除草機が姿を消していた。しかし近年、安価な米をブランディングにより価値を高めるために無農薬栽培が増えたため、軽いアルミ製で形状も進化した除草機が復活している。一方で農作業のノウハウの伝達は、いわゆる「後継」のように直線的ではなくなってきているようだ。専業で農業をする世帯が減っており、他職業と兼業であるケースが増加している。一般企業への勤務の傍の農業、というだけでなく、庭師や建築家として仕事をする方もいる。

②「おっちゃんたち」:この日の農業実習の場には食事の場面で女性やおじいちゃんを探しにきた子どもの姿ももちろん見られたが、主には男性が実習を先導してくれた。話によると、農作業の機械化や除草剤の普及により、農業の現場から女性と子どもが姿を消したということだった。おっちゃんたちの幼少期には、現在のような大型の電動式の機械はなく、あってもとても高価で手軽に使うこともなかったため、家族だけでなく、近所の方々が総動員で1日作業をしていたそうだ。

③「自然と人の衣食住のちょうどいい距離感」: これを象徴するのは、今年の田んぼアートのテーマ「ここちいいところ」であろう。「東京都市圏に程良く近くて便利なのに、程良く離れていて喧騒がない。つくばみらい市の良さを表現した」と紹介されている。豊かな土壌と鬼怒川・小貝川等の水資源に恵まれ、日当たりのいい平野が広がるこの地域は、都心の立て込んだ住宅街の中に住む私の目から見ると、確かに広くて自然豊かであると言える。また、つくばエクスプレスが開通し都心への利便性があがったことで、沿線には新しい住居が見られた。その一方で現実には、少子高齢化の日本の人口動態を反映したように空き家がぽつぽつと見受けられるそうだ。また、過去と比較して水質や生態系に変化があったようで、川で魚を釣って食す、ということも近年はあまりなくなったようだ。

④「農業の楽しさ」:本実習は、農学研究科とともに年間に数回企画されたものではあるが、おっちゃんたちの「いつもどおり」の農業を、毎日ともにすることはできない。特に私はそのうちのほんの数日の農業の体験をさせてもらっただけである。それは、農具の準備や田畑の整備といった日常的・継続的に必要な農作業の、ほんの一部である。例えば、農薬なしの田んぼの除草作業は1日で終わることではない。3日で生い茂ってくる雑草は、何度も除草作業が必要なのだ。この日も、実習のために集まった古瀬の会の方々が、草刈機を持ち防護用のグラスや前掛けを着用し、作業を行なっていた。聞くと、この作業の繰り返しで、数日放っておくと手がつけられないほど雑草が成長してしまうそうだ。他にも、帰り際に持たせてもらった手作りの梅干しさえ、収穫や下準備、漬ける作業や期間を考えれば、私のこの1日がいかに抽出された楽しみであったかを思い知らされる。

ここで、農学研究科で農作物や農業に関わる事物を学んで(研究して)いない学生が本実習に参加する意義を自分なりに説明してみたい。報告者が学問パラダイムとして依拠する社会学に引き付けて考えるとしたら、直接に関連がないように見える場所・場面であったとしても、ある「社会」を知るフィールドワークの一部としてこの活動を位置付けることが出来る。具体的には、市民が生を営む空間として「地域」を定義づけた時、この土地に伝承される農業の知恵や、農家としての仕事形態の変化から時間的経過や変遷を感じ、また、一日体験をすることで「よそ者」の気分を持つことや、一方で教科書にあった「昔の」農機具からノスタルジアとも愛着とも呼べる感情を抱くことから、空間的境界の揺らぎを報告者自身の経験から解釈できそうである。もし今後、このような経験を蓄積させ研究として発展させていくようなことになれば、今回は予備調査としてきっかけになったかもしれないと、後から振り返ってそう意義・価値付けるだろう。このような貴重な経験をする機会を提供してくださった古瀬の会のみなさまと主催の小林先生、梶谷先生に感謝を申し上げます。

報告日:2017年6月19日