中国・長春研修「東アジアから考える歴史と文化」 報告 申 知燕

中国・長春研修「東アジアから考える歴史と文化」 報告 申 知燕

日時
2017年3月24日(金)〜3月30日(木)
場所
中国吉林省長春市およびその周辺
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」
協力
東北師範大学、清華大学

2017年3月24日から3月30日にかけて教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」による中国・長春研修に参加した。今回の研修は、大きくカンファレンスと視察という二つの活動がメインとなっており、最初の二日間は東京大学・東北師範大学・清華大学の学生による合同国際カンファレンスに参加し、「東アジアから考える歴史と文化」とのテーマをもとに研究発表を行った。後半の視察では、長春市内およびハルビン市内の博物館や遺跡を訪れ、東アジアの近現代史について、そして歴史的な事実に対する認識の違いについて学ぶ機会を得た。

3月25日から26日にかけて東北師範大学にて行われた合同カンファレンスは、各大学の大学院生および研究員の研究発表と討論で構成されていたが、テーマや使用言語、構成などに特色があり、得るものの多いカンファレンスであった。

まずテーマは、東アジアを題材としたものが中心となっており、歴史学や哲学関連の研究が多かったが、文学・芸術関連の研究、もしくは研究対象や地域、手法などが東アジアと関連のある社会科学系の研究もあった。それぞれの発表は30分ほどと長かったため、研究分野の概要からそれぞれの研究における具体的な内容までをも総合的に聞くことができた。筆者は社会科学分野の研究をしており、普段は人文学の研究に接する機会がなかったため、小説作品を4−5ヶ国語で比較する研究や、儒教・道教の理論を分析する研究、数百年前の中国系移民の歴史を扱う研究などを聞けて、教養としての知識、ならびに自身の研究に追加できるような新たなアイデアを得られた。

カンファレンスにおける発表言語は、母国語以外の言語の使用を前提としていた。発表に先立って発表内容をまとめた小論文を日本語で作成し、同じ内容を英語で発表した。中国側の学生の場合、それぞれの研究に最も関連のある言語を用いて発表したため、カンファレンスは中国語、日本語、英語、韓国語、ロシア語など、様々な言語が飛び交う場となった。特に東北師範大学では第3外国語の教育に力を入れており、発表に用いられた言語能力が大変高く、そのような発表を聞いているうちに自分も今後外国語の勉強により励み、いつかは多様な言語を用い、アカデミックな場で自分の研究を伝えられるようにしなければという刺激と目標を得ることができた。

また、カンファレンスの構成も学生が主導する形になっていたため、非常に良い経験ができた。発表後は、二人一組でお互いの発表に対するコメントを行い、5−6人の発表が終わるたびに総合討論を行うという流れとなっていた。学生が学会などでコメンテーターとなる機会はあまりないので 、このようなカンファレンスで他人の発表にコメントをするのは初めてで、緊張はしたが今後のキャリアにおいて求められるような活動をあらかじめ練習する機会にもなったと思われる。また、総合討論では、フロアからの質問も受け付け、より多様な観点からの質問や指摘をいただくことができ、自分とは専門が異なる人に向けて発表するときにどのような内容を基礎情報として提示するべきか、どのような発表形式をとるべきかという面についてもヒントを得た。筆者の発表は、東アジアにおける中国人―朝鮮族―韓国人の関係やロカリティが、東アジアから遠く離れたアメリカにおいて移植・再現されるという内容であった。発表後、中国人や朝鮮族の参加者から、自らの経験談や発表に対する印象などを伺うことができて、自分が当事者ではないために看過しやすい立場やイメージを見直したり、自分の研究者としての立ち位置を再確認したりすることができたのも意義深かった。

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カンファレンスが終わってからの三日間は、長春とハルビンの近代史に焦点を当てた見学を行い、満州の歴史、ならびに近代史に対する歴史認識について考察した。まず、長春電影製作所では、映画という芸術がいかに中国の共産主義プロパガンダを支えるものとして作用してきたかを、戦後に製作された映画についての説明とセットをもとに把握した。また、東北民族民俗博物館では、中国東北地方の歴史、ならびに東北地方に居住する各民族の風習についての展示を見たが、展示内容で示された風習や領土に対する認識が、今まで自分が受けていた教育内容とは多少ずれがあり、その差異を見つけながら展示を見るのが楽しかった。特に、今回の研修に参加した学生の国籍は日本・中国・韓国と、東アジア諸国出身者が揃っていたため、それぞれが受けてきた歴史教育や知識を比較することもできた。

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また、旧満州国の政府機関が使用していた古い建物も見学したが、今の市街地でもそれらの建物群のある地区は都市の中心部となっており、地方政府や大学の建物として使われていた。現在は吉林大学の研究棟となっている建物の内部にも入ってみたが、古風なインテリアが残っていつつも、先端科学系の機材が揃う理科系の研究室として使われている様子が興味深かった。しかし、旧満州国時代の建物がずっと使われているという点は不思議に感じられた。なぜなら、1990年代に韓国では日本総督府が建てた建物を植民地の遺産と捉えて取り壊したが、東北地方では旧満州国に対して否定的な評価を下しながらもその痕跡は保存しているからである。

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このような二重の価値観は偽満州国皇宮博物館でも見られた。皇宮の保存状態は大変良く、溥儀の生涯を説明する展示も充実していた。ただ、説明文に表れていた、溥儀や旧満州国についての評価は非常に厳しめで、旧満州国は歴史の被害者というよりは加害者であり、溥儀は自分の権力のために国を売った売国奴で、被害を被ったのは中国人民(民衆)であるという風に描写されており、それが以後の中華民国の建国や少数民族の統合の正当性とも関連があるように書かれているのも色々と考えさせられる部分であった。歴史的な事件に対して国家別、もしくは民族別に叙述の視点に温度差があるということを直接比較できるような展示でもあった。しかし、筆者の中で衝撃的だったのは、そのような視点を比較しようとした際に、初中等教育課程において歴史の教育をきちんと受けてきたにもかかわらず、旧満州国に対する知識の一部がぽっかりと抜けているせいで比較するまでの視点が持てていなかった点であった。もし研修に来ていなければ、自分が知っている知識のみが歴史の全てだと思い込んでしまったはずで、今まで当たり前だと思っていた歴史がいかに不完全で脆いものかを思い知った。

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一方で、長春が中国(旧満州国)、日本、韓国(朝鮮)の歴史が混成的に構成された空間であるとするなら、ハルビンはそれにロシアの文化も加わって、異国的な景観や風習を維持している地域であった。ハルビンでは聖ソフィア聖堂や中央街道など、ロシア風の建築様式が残っている建築物を見学し、異質的な文化がいかに混ざり合って新たな景観として構成されるのかが確認できた。午後は、731博物館を訪問し、戦時中に日本軍が行ったと言われる化学兵器開発に関する展示を見ながら、近代史においてあまり語られない歴史について考察した。また、黒龍江大学で日本文学を専攻する学生さんたちとの交流会もあったが、近現代の日本文学を日本でないところで勉強する学生のみが持つ独特な視覚や感受性があり、彼らの研究について話を聞くことで文学作品をより多角的に鑑賞するためのポイントやアイデアを得ることができた。また、彼らは近・現代文学、中でも比較的最近の作家や作品を研究しており、次々と発表される有名作家の最新作をリアルタイムで追っていたため、今日の現実を多く反映した研究を生み出していた点も印象的であった。

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今回の研修は、多様な国籍の学生と多様な言語、かつて知ることのできなかった歴史を知る機会に恵まれ、色々と貴重な経験ができた研修であった。また、カンファレンス期間のみならず、公式的な日程が終わった後の夜や、IHSの研修が続いた三日間も東北師範大学の学生さんたちに同行・案内していただいたおかげで、学生間の交流も活発に行われたように思われる。このような貴重な機会を作っていただいた方々に感謝の気持ちを申し上げたい。

報告日:2017年4月16日