島根研修「食・地域・建築」 報告 高 琪琪

島根研修「食・地域・建築」 報告 高 琪琪

日時
2017年2月27日(月)〜3月1日(水)
場所
島根県松江市および周辺地域
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」
協力
島根大学総合理工学部

「食」、「地域」そして「建築」に着目しつつ、今回の研修について振り返ってみたいと思う。我々はまず松江市内のスーパーチェーン「みしまや」や野菜生産者の方のもとを訪問し、「出雲野菜」の取り組みについてお話を伺った。その後、島根大学「しまだいCOC(Center of Community)」プロジェクトの活動として古民家再生に取り組んでいる中井毅尚先生の研究室グループと市内の古民家にて共同ワークショップを行い、最後には裏千家の国際的茶人太田達先生による食や茶、建築などの伝統文化をテーマとした講演を拝聴したうえ、実演と指導とを受けた。

「出雲野菜」とは、出雲市や松江市などの「出雲圏域」の専業農家11名によって、平成28年2月に結成されたブランドである。日本の農業従業者の平均年齢が66歳以上であるのに対して、「出雲野菜」のメンバーは主に20代から30代までの若手である。「みしまや」では、「出雲野菜」の専用コーナーを設けて通年販売を行っている。農家からの産直となっているため、野菜の鮮度が保てるだけでなく、仲卸業者などの中間プレイヤーを減らすことで、消費者、販売者そして生産者、みんなが喜ぶ仕組みを構築している。また、一般産直と違い、「出雲野菜」の販売に関しては、まず「みしまや」が生産者との協議で設定された、相場の影響を受けない価格のもとで全量を買い取っている。その後、生産者と販売者がダイレクトにつながり、売れ行き情報を共有しつつ、一体となって商品の価格帯、POPなどを決め、商品を作っていく。私たちが実際訪問した「みしまや」田和山店では、「出雲野菜」の専用コーナーは野菜売り場の中でも目立つ位置に設定してあり、カラフルなPOPや、「出雲野菜」生産者の写真などで飾られた売り場が印象的だった。生産者や生産地が分かっただけでも商品に安心感が生まれるが、「地産地消」の取り組みを少しでも多くの地域の消費者に理解してもらうための努力でもある。言わば「出雲野菜」は「食」の地域内循環サイクルを創ると同時に、小規模農業で自立できる仕組みを創る試みでもある。

スーパー視察後、私たちは「出雲野菜」のアロエ農家杉谷さんの農園を訪問した。収穫が済んだばかりという割に、報告者が今まで見てきた観賞用のアロエと比べ物にならないぐらいの大きさに驚きつつ、杉谷さんから栽培や販売のことについてお話を伺った。数ある作物の中からアロエベラを選んだ理由について、時期によって採れない多くの野菜と比べ、年間を通して収穫ができることで、顧客との信頼関係が築きやすくなる点が挙げられた。露地で栽培されるアロエベラは水分をふんだんに吸収するため、コスメやジュースの製造に適した柔らかいものができあがる。一方、杉谷さんの農園ではハウスで栽培しているため、肉厚な上しゃきしゃきとした歯ごたえが楽しめる食用アロエベラが育つ。杉谷さんは以前からインターネットを含めた販売ルートを開拓してきたが、「出雲野菜」の取り組みが始まって以来、食用アロエベラの認知度が広がったと語ってくれた。差別化を図ったり、インターネットを活用したりする杉谷さんの工夫が垣間見えた。

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実際のところ「出雲野菜」全体としての年間売り上げはまだまだ目標に達しておらず、杉谷さんもアロエベラ以外にもトマトなどの野菜や注文を受けた海外野菜を栽培している。「みしまや」側の担当者多々納さんによると、地域で生産された旬のものを地域の家庭まで届けることを最優先したゆえ、天候等の原因で旬の野菜が取れない時期は敢えて「出雲野菜」の専用コーナーを空けて、そこで最新の生産情報を消費者に向けて発信するようにしているという。私はそこに「みしまや」の熱意を見た。ジェイン・ジェイコブズ氏は『発展する地域 衰退する地域』の中で、かつては輸入していた財を、自力でつくる財で置換することによって、都市がいかに成長し経済的に多様化するかについて論じた。国家は、政治的、軍事的存在であるが、しかし、だからといってそれが経済活動における基本的な存在である必要性はないのである。とりわけ「輸入置換」あるいは「輸入代替」という極めて重要な機能は、何よりも都市の機能であって、「国民経済」には達成できないのである。「出雲野菜」が提唱する「地産地消」の理念は、正しく域外との間の「輸出入」のアンバランスを取り払う「輸入置換」に相当する。長い目で見て、いずれ量産効果による価格低下が期待できるが、それはどれだけ消費者、または関連産業といった「地域」の関係者を巻き込むことができるかにかかっている。まだ多くの課題が残っているが、「出雲野菜」の今後の予定―小中高への出前授業を行う傍ら、地元企業とコラボをして、売れ行き好調の出雲生姜で作られたジンジャーエールのような加工品を着々と開発していく―から希望が見えてくる。すなわち食材の地元調達率が上がるだけでなく、農業から広範な分野に波及していくという効果が期待できるのである。

続けて、我々は島根大学の構内にある「島根大学学生市民交流ハウス」および松江市中心市街地にある学生たちが設計した改修物件を見学した。いずれの物件も木材の模様がそのまま内装の一部となって、木材特有の温かみとガラス張りの壁から燦燦と降り注ぐ日光が心地良い開放的な空間を作り出している。さらに、交流ハウスについては、壁・天井・ベンチに使われた合板やカウンターに使われた直交集成板は地元の業者による寄贈品であり、その原材料として島根県産ヒノキやスギが使われているという。一方、改修物件は元々空き家で、設計上の問題で耐震性能に著しく欠けていたが、耐震補強を経て今は地域の人々の集いの場として活用されている。その他に、中井先生の研究室では、震災時の仮設住宅に関する研究をも行っている。こうして大学が牽引役となって、地域に根差した研究活動を実施することで、「地域」の凝集力をより強固なものにしようと試みているのである。また、学生たちも目に見える形で自らの設計通りの建物が出来上がる達成感から、モチベーションが高まったという。

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本研修の最後を飾ったのが、松江市内の古民家にて行われた、裏千家の国際的茶人太田達先生よる食、茶、建築といった伝統文化に関する講演だった。太田先生は、古民家の維持・活用に取り組んできた「しまだいCOC」のように、江戸時代の学問所の建築を現代に復興させた公益財団法人「有斐斎弘道館」の代表理事をも務めている。日本全国各地のお雑煮について、その地域の文化や県民性までも交えて紹介した太田先生の講演は大変興味深いものだった。また、茶室の中とは、どんな相手とでも対等に向き合える空間であり、そして西洋の家と違い、日本の伝統的家屋は、建物の内側でも外側でもない「縁側」という特徴的な空間を設けることで、家の「境界」を曖昧なものにしたのだというお話から、「建築」やそれによって作り出される「空間」とその土地の歴史や文化との関係性が垣間見えた。伝統のある「食」も「建築」も、「地域」の人々にとっては文化の継承であり、言わば一種のアイデンティティであるとも考えた。

総じて、今回の研修は普段の研究生活ではなかなか触れることのない「食」や「地域」ないし「建築」について思索できる貴重な体験となった。また、異分野の学生たちとの交流が刺激に満ちたものであり、しばしの間だが、自分の研究分野の枠から飛び出て、自身の視野を広げることができて、大変有意義な時間を過ごせた。こうして得られた「地域」や「食」に関する新たな気づきを、今後の活動にも活かしていけたらと考える。

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参考文献
ジェイン・ジェイコブズ『発展する地域 衰退する地域』
中村達也 訳
筑摩書房、2012年

報告日:2017年3月21日