ガブリエッラ・モリーニ先生講演会“The Birth of Gastronomic Sciences & the University of Gastronomic Sciences”報告 小泉 佑介

ガブリエッラ・モリーニ先生講演会“The Birth of Gastronomic Sciences & the University of Gastronomic Sciences”報告 小泉 佑介

日時
2015年11月10日(火)18:45-20:30
場所
東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーション・ルーム4
講演者
ガブリエッラ・モリーニ先生(イタリア食科学大学)
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

2015年11月10日に、イタリアの「食科学大学(The University of Gastronomic Sciences)」から来日されたガブリエッラ・モリーニ先生の講演会が開催された。講演会の冒頭では、モリーニ先生から食科学大学の設立経緯や現状などに関する説明を受けた。食科学大学とは、2003年に設立されたイタリア・ピエモンテ州にある大学であり、世界でも珍しい食科学を専門とした大学である。同大学の開講科目としては、農業技術だけでなく、物理学や化学といった科目に加え、政策科学やマーケティングなど幅広い学問を学ぶことができる。学生はイタリア国内だけでなく、世界各国から集まる留学生が多いため、大学での講義はイタリア語と英語でおこなわれている。また、年に数回、世界各地でのフィールドトリップが企画されているため、農業実習や食品産業の実地研修ができるという特徴を有している。

近年、世界中でオーガニック食品のブームが広がっている一方で、イタリアではより早い時期から食に対する関心が高まっており、スローフード協会の設立といった先進的な動きが見られた。モリーニ先生に紹介いただいた食科学大学は、まさにこうした動きの一環であると言える。また、食科学大学はイタリア国内からの学生だけでなく、国外から多くの学生を受け入れており、外国の様々な機関と提携することによって、イタリア固有の「食に対する精神性」を海外に発信していく拠点となっているようにもうかがえる。モリーニ先生も大学の紹介で述べられていたように、食が抱える課題や将来的な展望を総合的に捉えることが、世界的な食の問題を解決する手立てとなるだろう。日本でもスローフードといった理念に対する関心が高まり、食そのものに対する意識も変わっている現状を考えると、イタリアの食科学大学から学ぶべきことは多いように感じる。特に、日本農業も高齢化や耕作放棄地の拡大といった内的な課題、あるいはTPPへの参入による市場開放といった外的な影響によって、大きな転換を迫られている中で、アカデミックな世界において「食」を総合的に捉えるような試みが実施されるべきであろう。

講演会の後半では、モリーニ先生が専門とする「食味」に関するプレゼンテーションを拝聴した。報告者は化学的な知識を全く有していないが、人間の脳が「味」というものをどのように捉えるのか、あるいは、それがどのようなことを意味するのかという話は、とても興味深いものであった。特に、辛みや苦みという食味は、人間が自身の体にとって毒素が高いと判断していることを示しており、例えば、子どもがアルコールを苦いと感じるのは、体が適応していないからだという説明を受け、人間の防衛反応と食味との関係を知ることができた。食科学大学では、社会科学を専門とする学生もこうした化学を専門とする講義を受講することができ、様々な観点から「食」を考えていく上で、とても重要なことだと感じた。また、今回の講演会には東大側から情報工学を専門とする学生も参加しており、人間の外的刺激に対する反応は個体差があるのではないかという質問が出て、食味だけではなく、総合的な観点から人間の適応力を考えるような議論へと発展した。

今回のモリーニ先生の講演では、食科学大学の紹介を通じて、世界中の「食」や農業が抱える問題を考えさせられた。アメリカやオーストラリアにおける大規模な農業は、生産コストが低く生産効率が良い一方で、遺伝子組み換え種の利用や化学肥料の大量投下といった、人体の健康を考えると必ずしも適切ではない方法で食料が生産されており、効率性を求めることが適切な食糧生産ではないだろう。そうした中で、農業生産だけでなく、生産物のマーケティングを通じて消費者の意識を変えることにより、食糧生産が効率的かつ健康を考慮したバランスのよいものへとステップアップしていくと感じた。

その一方で、先進国に限らず途上国においても都市化や工業化が進む中で、農業従事者が減少していることを考えると、高品質の農産物や食料だけを生産し、それを市場に広めていくことにも限界があるだろう。日本の現況に鑑みても、有機栽培といった農業がスポット的に拡大していることの評価は重要だが、その一方で、日本の国土構造における農業や食の需給を巨視的に考えていく必要もある。ヨーロッパではEUが農業の生産量を一元的に管理しているというマクロスケールでの制度的要因を考慮しなければ、イタリアの農業・食糧生産の現状や食科学大学が設立された背景を適切に理解することはできない。様々なスケールから食科学大学の意義を考えることによって、初めて、日本でも同様の取り組みを実施する可能性を議論できるのだろう。

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報告日:2015年11月16日