イタリア研修「食・地域・大学」報告 于 寧

イタリア研修「食・地域・大学」報告 于 寧

日時
2015年9月5日(土)〜9月13日(日)
場所
イタリア・ミラノ市、トリノ市、ボローニャ市および周辺地域
主催
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

報告者は田舎出身で、農業に高い関心を持っている。昨年からプロジェクト2が主催した「食」と「農」をめぐる一連のセミナーと実習に参加し、日本における農業そして農村に対する理解を深めてきた。今回のイタリア研修は「食・地域・大学」をテーマに設定したため、これは今日の「食」と「農」がおかれている状況をより広い視野で考えるよいチャンスだと判断し、報告者は研修に参加した。しかし、今回の研修を通じて、「食」と「農」に関する問題に対する理解が深まっただけではなく、様々な面においてよい勉強になり、刺激された。報告者の予想を遥かに超えた成果の多い今回の研修について、これから報告を行う。

初日に、開催中の「食」をテーマとした世界的なイベントであるミラノ国際博覧会を見学し、日本館を訪問した。報告者は研修5日目に中国館も見学したため、ここで、日本館と中国館を見学した体験を照らし合わせながら、見学の感想を述べたい。日本館は最も人気のあるパビリオンの一つであり、報告者たちが見学した9月6日では、日本館に入るには4時間列に並ばなければならなかった。実際に入ってみたら、その人気の理由が分かる。日本の四季変化を表す絵そして映像、和食の展示、日本の伝統祭りの写真展など、日本館の展示はとにかくあらゆる点で美しいのだ。最後にあったバーチャルの和食体験は非常に鮮やかで、実際に食べられなくても、和食の説明を受けながら、生き生きとしているパフォーマンスを見て、見学者が楽しく体験できただろう。日本館は最新の視覚技術を用いて、美の世界を作り出したのだ。しかし、よく考えれば、ここで作り出した「美」は「伝統美」であり、言い換えると、日本館は最新の技術を用いて「最も伝統的」な日本を展示したと言えよう。それに対して、中国館は真逆の展示立場を取った。中国館は「天・地・人」をテーマにして、油紙の傘などの伝統要素を取り入れて、中国農業の長い歴史を展示したが、展示の重点はやはり伝統ではなく、中国の近代性である。例えば、シルクの歴史を展示するコーナーに、今年1月に行われたパリ・オートクチュール・コレクションに登場した中国のデザイナーがシルクを使った作品の映像が流れていた。中華料理における現代食科学による栄養バランスに関する展示コーナーが設けられ、「現代の新しい農村(現代新農村)」と中国の「現代農業」を代表した中国におけるいくつかの「現代化農業園区」のパネル展があった。展示の最後に上映されたアニメーションは中国のある農村を舞台にしたが、ヨーロッパで活躍するピアニスト(ラン・ラン(郎朗)を暗示)、女性農業科学者、中国の和諧号新幹線など、中国における代表的な現代的要素が次々と登場した。各国のパビリオンは自国の「食」と「農」に関する状況を展示すると同時に、自国のイメージも作り出し、宣伝している。日本館と中国館の展示から自国イメージに対する異なる宣伝戦略が読み取れよう。

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2日目にパルマに移動し、パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズの製造所とハム製造所を見学した。畜産業は報告者にとっては全く未知の分野で、製造所を見学し、チーズとハムの製造過程を実際に見て、大変よい勉強になった。またチーズ博物館を訪問し、パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズの歴史また現地の文化における位置づけについて、一定の理解ができ、チーズ製造を通じて、この地域に対する一定の理解も得た。

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3日目にトリノ大学のアーカイブを見学し、大学資料館という存在に対する理解が変わった。今まで、大学資料館を見学したことがなくて、そもそもその存在自体についてあまり考えたことはなかった。中国の大学を例にすると、一つの大学にその歴史を展示する校史博物館があると思うが、アーカイブとして、大学に関する資料を保存する機能を持っていないと思う。トリノ大学は600年以上の歴史を持っているため、大学の歴史を非常に重要視しているのであろう。初期の資料の収集と保存は非常に困難なことで、われわれ100年程度の歴史を持っている大学は大学資料に対する態度をトリノ大学に見習うべきだろう。

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4日目の午前中に二班に分けて、トリノ市内を見学した。報告者の班はトリノ映画博物館を訪問した。イタリア映画は世界映画史にとって非常に重要な存在であることが分かったが、1910年代、トリノはパリより安い値段で映画を制作して、ハリウッドの前に世界的な映画の中心地となっていたことは知らなかった。トリノ映画資料館の常設展では技術面から映画の発明に関する展示を細かく企画し、世界中から集まった機材から映画の発明史が分かりやすく読み取れる。また各ジャンルの映画作品に関する展示や映画制作に関する展示、映画ポスター展など巧みに組み合わせられ、いわゆる映画産業の各方面を網羅して展示している。同時に特別展も企画され、それを通じてイタリア新現実主義などイタリア映画の思潮や具体的な映画史を展示する。展示内容だけではなく、映画博物館の空間利用が非常に優れている。パンフレットから映画博物館は元々ユダヤ教のシナゴーグとして建築され、後に映画資料館として使われるようになったことが分かった。古い建物の再開発において、映画博物館はよい例として挙げられよう。同行の村松先生からトリノは都市再開発の最先端に立つ都市だと説明を受けた。古い建物を利用して、改造することで、トリノモデルが作られている。80年代に、トリノは歴史を感じさせながら、歴史の再開発の理念を作り出し、よく鉄道工場を食堂や美術館にしていた。それと異なり、日本において、都市再開発は古いものを取り壊して、新しくする傾向があり、結果として、都市が同じようになってしまうことが多い。中国では、その傾向がより深刻であり、再開発する際に、重要文化財が壊されてしまうことがしばしば発生する。都市再開発においては、日本も中国もトリノモデルの成果を教訓にすべきであろう。午後にトリノ大学の院生と合同発表を行い、各自の研究を報告した。お互いに異なる分野を聞き、非常に刺激を受けた。

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5日目にミラノ国際展覧会のスローフードのコーナーにて、日本農業、特に稲作に関する発表を行った。プロジェクト2が主催したセミナーを通じてスローフード運動の存在を知るようになり、農業実習で「食」と「農」また文化としての「食」に対する理解が深まった。ミラノ国際展覧会のスローフードのコーナーの見学と今回の発表を通じて、スローフード運動の文化的意義に対する理解が深化した。

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6日目にボローニャに移動し、世界で最も古い大学と言われるボローニャ大学を訪問した。ボローニャ大学のムッツァレッリ教授がボローニャ大学の歴史に関する講演をした後、ボローニャを案内してくださった。ボローニャ大学の歴史を知ったと同時に大学という存在に対して、考えるようになった。また、ボローニャ大学の校舎はボローニャにおける都市開発の対象の一部であり、ボローニャにおける都市再開発の歴史が断片的に読み取れる。元々修道院の独房だった部屋が20世紀に監獄となり、その後ボローニャ大学の教員室になった。トリノだけではなく、イタリアの多くの都市は都市再開発の成功例を生み出しており、よい教訓を世界に提供している。

今回の研修は報告者の予想を遥かに超えて、非常に勉強になったスタディ・ツアーとなった。「現場」で考えることの重要性をしみじみ感じ取った。

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報告日:2015年10月1日