多文化共生社会6大学交流会──多文化×異分野が拓く新たな知──報告 田中 瑛

多文化共生社会6大学交流会──多文化×異分野が拓く新たな知──報告 田中 瑛

日時
2016年6月11日(土)13:00〜6月12日(日)8:30-12:30
場所
広島大学 東広島キャンパス 中央図書館・学士会館
講演者
窪田順平氏(総合地球環境学研究所)、武田隆太氏(株式会社リバネスグローバルブリッジ研究所)
主催
広島大学たおやかで平和な共生社会創生プログラム
協力
博士課程教育リーディングプログラム 複合領域型(多文化共生社会)の学生・スタッフ

「多文化共生社会」をテーマに掲げる全国6大学のリーディング大学院の学生が、広島大学で交流を行った。東京大学からは5名のIHSプログラムが参加した。「多文化×異分野が拓く新たな知」と題されるように、各々の専門分野を超え、自らのキャリアと社会の関係を考え直す機会である。

広島大学の岡橋秀典教授から開会挨拶があった後、総合地球環境学研究所の窪田順平副所長より「望ましい水資源管理の実現に向けた多様なステークホルダーとの協働」と題した基調講演が行われた。持続可能な水資源管理を目指すにあたり生じ得るコンフリクトをどの様に調停するのかという問題提起がなされた。

続いて、株式会社リバネスの武田隆太氏による基調講演が行われた。リバネスは、日本における博士学生の雇用問題と子どもの科学への興味関心の希薄化という問題に対し、研究者と一般社会の間に存在する知識ギャップを統合することを目指している。20世紀のビジネスは課題が明白であったのに対し、21世紀のビジネスは課題模索型であり、博士課程で培われる高度な問題処理能力を活かす余地が多くあると指摘。既存の知識を自己反省的に膨らませるPDCAサイクルではなく、0を1にする創出能力としてQPMIサイクル(Question, Passion, Mission, Innovation)を実行できる人材を活用すべきだと述べた。その先端的な内容を活用するためにも、特殊な知識を変換するコミュニケーション能力が求められることも示唆した。

基調講演の後には、各プログラムによるポスター発表が行われた。同じ「多文化共生」をテーマに掲げるプログラムの学生同士であっても、アプローチの方法が大きく異なることを感じた。例えば、名古屋大学は女性リーダーの育成、金沢大学は文化資源マネージャーの育成という具体的なコンセプトを以って、多文化共生の実現に寄与しようと試みている。

その後、本企画の目玉である複数のプログラムの学生同士によるグループディスカッションが行われた。私の参加したグループに与えられた課題は「学際的アプローチの展望と目標」であり、基調講演を受けて既に基本的な合意を形成することができた。それは、自然科学、社会科学、人文科学の各領域に固有の専門用語によるコミュニケーションの失敗がイノベーションを阻む要因となっており、学際的観点を持つ人材がそこに介入する必要がある、という問題意識である。例えば、科学者の提唱する学説を元に、企業経営者が「金になる」成果を挙げるためには、社会のニーズを知る専門家が議論に交わる必要があるが、近代社会ではそうした空間が成立しにくいとの批判があった。

こうした問題意識を受け、相互の経験に基づいたブレーンストーミングの結果を元にしてフローチャートを形成した。貧困、人口減少、テロリズム、男女不平等、気候変化など、参加者各々が関心を寄せる問題は異なる。気候変化の問題を社会科学が扱うことはできないなどと言うように、独立した学問体系により個別の問題が論じられてきた結果としてディスコミュニケーションが生じていることを痛感した。実際に、ソーシャルワーカーと医師が協調体制を取ることによる地域医療の質的向上など、異なる領域の科学者や専門家が協働作業を行うことにより解決される問題は未だ多く残されている。

最終的に一人の参加者の提案により、博士という人材を知能人材の理論的枠組みに照らして考察することとなった。知能人材を分類する枠組みおいて博士人材は「I型」、「T型」、「U型」と想定される。従来型の博士人材は、教養に乏しいながらも深い専門性を有する「I型人材」、あるいは幅広い教養に根ざしながらも一つの専門領域を持つ「T型人材」であると考えられてきた。このようなタイプの人材をただちに不必要な人材と考えることはできないが、実際にはこうした古いタイプの人材によるアカデミズムを敬遠する動きもある。そのような中で、今後の学際的アプローチにおいて求められるのは、T型人材や多くの複合領域型教育が目指すような二つの学問領域を組み合わせて問題を掘り下げる「U型人材」であると考えられる。この人材が複数の人材を橋渡しすることにより、学際的アプローチはより多くの問題の解決することが見込まれるのである。我々のグループは、まさしく媒介者として機能するU型人材の活躍が今後の学際的アプローチには必要となるだろうという結論に至った。

2日目には1チームあたり5分で発表が行われた。他のチームの発表からも多くの説得力のある議論が見られた。しかしながら、全体的に見るとコミュニケーションが大切であるという結論に傾いており、具体的で目新しい意見が出されたとは言い難い。先に述べた通り参加者の有する専門知が全く異なり、「前提」の共有が難しい中で議論は行われた。学際的アプローチは確かにイノベーションを生じさせる有効な手段と考えられるが、その具体的な手続きの構築は一筋縄ではいかず、今後の課題となるだろう。しかしながら、後日にプログラムを通じて知り合った学生とプライベートで交流する機会を持つなど、1回のイベントには留まらない貴重な経験となったことは間違いない。

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報告日:2016年6月21日