高島賢先生講演会「和食・和食文化の歴史と未来」報告 千葉 安佐子

高島賢先生講演会「和食・和食文化の歴史と未来」報告 千葉 安佐子

日時:
2015年7月17日(金) 16:50-18:35
場所:
東京大学駒場キャンパス101号館2階研修室
講演者:
高島賢先生(元福井県小浜市御食国若狭おばま食文化館館長/農林水産省消費・安全局審査官)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

日本の食文化が、その食材の多様性や健康的な調理方法などから世界の注目を集めて久しい。2013年12月にはユネスコ無形文化遺産に登録され、和食は改めて国内外の認知を高めることとなった。今回の講演会では、このユネスコ登録や、今年5月より開催されているミラノ国際博覧会(Expo Milano 2015)の日本館における展示にも通暁されている高島氏に、和食の歴史と未来についてお話をいただいた。以下、その概要と報告者の感想を記す。

概要

1.食材・料理の歴史

日本は農耕の観点からは、中央アジアから東にのびる照葉樹林文化に属し、その特徴である稲作は古くから行われてきた。また米以外の農作物の起源地を見ると、現在頻繁に食べられている野菜はほぼ例外なく海外から持ち込まれたことが分かる。和食は多くの種類の野菜を取り入れることが特徴的であると認知されているが、それは野菜が国内に自生していたからではなく、日本人が食材を外国から貪欲に取り入れてきた結果であると言える。

料理の歴史は、奈良時代まで遡る。天武天皇により肉食禁止令が出されたが、肉食忌避はその後も長きに渡り日本人の食文化に根付き、野菜中心の和食を大きく特徴付けることとなった。平安時代には貴族の間で大饗料理と呼ばれる様式が生まれ、正式な場での食事の作法が確立したと言われる。禅宗の影響力が強かった鎌倉時代には、製粉技術の向上と相まって、野菜のみ用いるという制限の中で多様な料理を作る知恵が育まれ、精進料理が生まれた。大饗料理の儀式的要素と、精進料理の技術的要素は室町時代に至って融合し、本膳料理と呼ばれる本格的料理様式が成立した。安土・桃山時代には茶の湯の発達を背景に茶懐石が生まれ、一汁三菜や季節性、礼儀作法が確立した。この時代に正式な形態を極めた食文化は、江戸時代以降その中心を庶民に移した。庶民向けの料理書の出現や、蕎麦屋や鰻屋などの専門店の普及に、手軽さや美味しさを追求する創意工夫を見ることができる。明治時代以降は主に海軍を介して西洋料理の移入が進み、日常食のバラエティが広がった。戦後は技術の発達を背景に冷蔵庫や電子レンジが普及し、飲食店の営業時間が伸びたことにより外食が日常化したと同時に、買ってきたものを自宅で食べる中食も広まった。

和食の歴史を見ると、基本の確立と海外からの取り入れによって現在の食が成り立っていることが分かる。

2.和食文化ユネスコ無形文化遺産登録

日本国内で和食・和食文化の価値が大きく注目されるようになったきっかけは、2007年の知的財産推進計画において知的財産の検討課題として和食が取り上げられたことである。これ以降、日本食文化の世界無形遺産登録に向けた検討会が開かれ、学術界や民間食品メーカー、料理店代表などの専門家が議論を重ね、登録申請内容が具体化されていった。登録の目的は、国民の日本食文化への再認識を促し、次世代に向けた保護・継承の運動に繋げることとしている。推されている特徴は、(1)多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重(2)健康的な食生活を支える栄養バランス(3)自然の美しさや季節の移ろいの表現(4)正月などの年中行事との密接な関わり、の4点である。

3.ミラノ万博2015

2015年5月より半年間の予定でミラノ国際博覧会が開かれている。テーマは「地球に食料を、生命にエネルギーを」であり、世界各国が展示スペースを設けて自国の食と食にまつわる技術や文化を紹介している。日本館は「共存する多様性」(“Harmonious Diversity”)をテーマとし、木材を活用した建築の中で日本食と農業生産の多様性を説明する展示を行い、だし等日本の食を体験できるフードコートを設置している。ここでアピールされている日本食の特徴は、一汁三菜、発酵・醸造文化、豆食文化など多岐に渡る。箸の使用の説明にあたっては、アーティストの作った新しい箸の展示を行うなどの工夫が行われている。

4. 今後の海外への戦略

日本食は海外での人気が高く、国内飲食店の海外進出も盛んである。政府はこれを推進することにより農林水産業・地域の活力創造を目指しており、農林水産物・食品の輸出額を2020年までに1兆円規模に拡大することを目標としている。日本国内の市場が縮小する中で、日本食を海外にさらに広めることによる輸出拡大は重要課題であり、今後も取り組みが進められる。

感想

食文化そのものの認知度を高めることによって日本の農作物を海外に売り込むという計画と、それに付随する創意工夫を、政策当事者から直接伺うことのできる貴重な機会であった。従来は食品衛生の観点などから食を監視する立場としての役割を主に担っていた政府が、和食の優れた点を積極的に海外にアピールするという攻めの姿勢で食に関わるようになった、というお話が印象的であった。報告者は現在IHS自主企画として地方の稲作について共同研究を行っており、高齢化や技術導入に伴う困難など農作物の供給にまつわる諸課題を実感しているが、今回のご講演では輸出促進に向けた政府の取り組みと目標額の大きさを知り、需要の拡大においても乗り越えるべき壁が高いことを痛感した。

報告者は9月の研修で当該自主企画の研究発表とミラノ万博の見学を行う予定であり、これらを通して食文化の普及と農業の発展に関して更なる知見を得たいと考えている。今回の講演会にはその事前学習として参加し、普段慣れ親しんでいる日本の食文化の変遷を学ぶことができた。研究発表の場では、本講演で得た日本の食に関する知識を土台として、海外の研究者と議論ができるのではないかと考えている。また万博において、政府の対外的メッセージとその背後にある課題という観点から世界各国の展示を見学し、日本の状況を再解釈することができると感じている。

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報告日:2015年7月20日