プログラム生自主企画:兵庫県豊岡市における調査実習 報告 小泉佑介、高邉賢史、千葉安佐子

プログラム生自主企画:兵庫県豊岡市における調査実習 報告 小泉佑介、高邉賢史、千葉安佐子

日時:
2015年7月29日(水)~8月1日(土)
場所:
兵庫県豊岡市
共同企画者(順不同)
小泉佑介、高邉賢史、千葉安佐子
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト5「多文化共生と想像力」

概要

現在、日本における多くの農村地域は高齢化や過疎化といった問題に直面している。特に、農業部門の後継者不足は深刻な課題であり、非農家が5割以上を占める農業集落の割合は一貫して上昇しているため、いわゆる農村の混住化が顕著になってきている。

今回の企画は、こうした日本の農業・農村における課題に対し、IHSが掲げる「人文学・社会科学・自然科学の新たな大学院教育の理念になりうる統合人間学」の実践にむけて、文系・理系それぞれの分野から、多角的な観点を提示しようとする試みである。調査実習の対象地域としては、高齢化や若者の人口流出が顕著である一方で、水田地帯では減農薬・無農薬による地域ブランド化といったユニークな取り組みがなされている兵庫県豊岡市を取り上げた。メンバーとしては、小泉(人文地理学)・高邉(統計力学)・千葉(マクロ経済学)の3名が、それぞれの専門分野から地域理解にむけた調査を実施した。

JA/市役所でのヒアリング

まずは、豊岡市を管轄するJAたじまにおいて、営農生産部米穀科職員の方と、豊岡市コウノトリ共生部農林水産課職員の方から、コウノトリ育む農法の概要と、この農法によって作られたお米(コウノトリ育むお米)の販売に関するお話を伺った。

コウノトリ育む農法の始まりは、1971年、一羽のコウノトリが豊岡市内で捕獲された歴史に遡る。かつて、日本の原風景として思い浮かべられる田園風景にごく一般的に登場していたコウノトリは、樹木の伐採や農薬の使用による生存環境の悪化が進んだことから、その数を大幅に減少させた。豊岡市で捕獲されたものは当時最後の一羽だったが、人工繁殖の努力も虚しく、コウノトリは一時国内で絶滅した。この事実をきっかけに、コウノトリが生息できる環境を再び実現するための取り組みが市・農協を中心に行われるようになった。そして、豊岡市では無農薬・減農薬栽培を中心としたコウノトリ育む農法の取り組みが始まった。

その一方で、技術的に乗り越えるべき課題も多く、減農薬・無農薬であり雑草が大量に生えてくるため、これを抜く作業が多大な手間を必要となった。また、コウノトリ育むお米の末端価格は慣行米のそれの倍以上であるため、購買を広げるのは容易ではなかった。

こうした課題に対して、豊岡市は効率的に農業を集約化する取り組みを行っている。具体的には、農業所得や農業就労時間が一定の基準を満たしている農家を認定農業者とし、金融機関からの融資や農地取得において有利な条件が適用されるようにしている。さらに、集約化と同時に、新たな担い手の育成にも力が入れられており、希望する全国の若者を対象に、1〜3年間市内の農家で農業を学んでもらい、将来的に市内での開業を促す「農業スクール」といった独自の取り組みも実施している。

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農家さんへのインタビュー

また、豊岡市の中でも北西部に位置する旧竹野町にて、実際に、コウノトリ育む農法に取り組む農家さんにインタビューをおこなった。旧竹野町は南部の山々に源流を発する竹野川を中心として形成されており、北部は日本海の美しい浜辺に繋がっている。農業が盛んな地域は中部と南部であり、竹野川沿いには豊かな田園風景が広がっている。しかし、日本の他の中山間地域と同様に、高齢化や農業担い手の減少といった課題を抱えているのも事実である。

今回のインタビューでは、認定農家さん3名にお話しを聞くことができた。3名の農家さんの経営項目はそれぞれ異なるが、水稲は4〜6ヘクタール程に作付されており、規模としては比較的に大きな単位で農業に従事されている。そのうち2名はコウノトリ育む農法に参加しており、自然環境を守っていく意義や減農薬・無農薬栽培による収益性など、様々なメリットを教えて頂いた。

その一方で、コウノトリ育む農法は豊岡市全体で進められている事業であるが、旧竹野町は豊岡市の中でも山間に沿った地域であり、広大な平地と潤沢な水量を有する円山川周辺の旧豊岡市に比べると、コウノトリ育む農法を実施する環境というのは大きく異なるという課題がある。例えば、コウノトリ育む農法では冬にも水田に水を張らなければならないが、地理的な制約により竹野川の下流から中流域では早期に湛水させることが難しいとのことであった。このように、コウノトリ育む農法は、豊岡市というスケールで進められている事業である一方で、地理的な制約が地域によって異なる場合もあることを学んだ。

自治会長さんへのインタビュー

最終日には、旧竹野町における浜自治会長の方からお話を伺った。竹野浜自治会は旧竹野町のうち、竹野駅前から浜方向の7区を束ねており、360戸2000人弱が居住している。竹野浜は農業、漁業といった1次産業だけでなく、山陰海岸ジオパークの一部である竹野海岸や歴史資源を中心とした観光業も盛んな地域である。一方で、観光業の伸び悩みや高齢化による空き家の増加などが課題となっている。

これに対して竹野浜自治会は平成22年に兵庫県の「ふるさと自立計画」事業に応募し、新たな街づくりを行っている。具体的にはロジナリエ(町ぐるみで流木を利用した「和みの灯」を軒先に展示する)や、産地直売所の設置、住人による観光資源の開発、住人ガイドの養成等が挙げられる。また、空き家対策として自治会による調査を行い、貸し手・借り手のマッチングを行っている。外壁が焼き杉でできた家屋はとても趣深く、空き家を借りたいという問い合わせも多いそうだ。さらに、総務省の「地域おこし協力隊」制度を利用して、空き家をお試し住居やゲストハウスとして積極的に活用する試みも始まっている。このような試みを通じて竹野浜に移住してくる人々と、従来の地域コミュニティとの関係性が今後の課題であるように感じた。

もう1つの興味深い話題は、市町村合併による自治会と行政の距離感の変化である。いわゆる平成の大合併の時期に竹野町も旧豊岡市等と合併した経緯があり、旧竹野町役場は豊岡市竹野振興局に移行し、職員数が大幅に減少したことも事実である。その一方で、地域住民が自ら地域のことを考えるきっかけになったという側面もある。豊岡市では地域コミュニティの再編や役割の増大を図っているため、前述した地域コミュニティの希薄化への対処と、住民間のさらなる連携が今後より重要になってくると思われる。

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報告日:2015年8月20日