駒場博物館特別展『境界を引く⇔越える』関連イベント
アーティストトーク報告 原田 匠

駒場博物館特別展『境界を引く⇔越える』関連イベント
アーティストトーク報告
原田 匠

日時:
2015年5月23日(土)14:00−15:30
場所:
東京大学駒場Ⅰキャンパス 駒場博物館
講演者:
gO(eje, 特別展音楽担当)
コメンテーター:
池平徹兵(画家、OFFICE BACTERIA代表)
司会:
渡部麻衣子(IHS)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

駒場博物館特別展では「科学技術と共生社会」を一つのテーマとしており、今回、科学技術が生み出される場所である研究室内の音を用いて音楽を作る試みをされたアーティストgOさんによる講演が行われ、音楽を作る上での意識、そして作家目線での「共生社会」に向けた社会活動について語られた。

はじめにどのように音を作りだしているかについて語られた。言葉にできないようなものを表現するには音楽がよく、そして絵を描くような感覚で音楽ができないかと考え始めたという。一つの代表的作品である「ものおと」という作品では部屋に置かれた家具それぞれにイヤホンジャックがあり、そのジャックに挿すと音が流れる仕掛けになっている。そこではそれぞれの家具が持つ記憶を感じ取りチューニングのように音を作っていったという。この話からも視覚、触覚、嗅覚から感じられるもの、そしてそこから漂わされる雰囲気のような音以外で表された存在を音で描写し、表現していることがわかる。私たちが普段意識しないであろう音に対する感覚、つまり聴覚以外の感覚も取り入れ音で表現する意識に、音楽を様々な視点で捉える感性が研ぎ澄まされている印象を受けた。

展示の音楽では研究室の音を使用しているが 1、その中であえて自分の感じ方のフィルターを通さない姿勢、誰かが息を吸って吐いたものに成分が含まれるのが理想であり、自分の姿をみせる必要性はないという。あくまでそこに存在する空間的なものを含む音を優先し、そのままの形を残すという手法から、顕微鏡の動作音、ビーカーに注がれる蒸留水、ソニケーションの音からつくられたその音楽には、聴く意識を変えると音の背景にある空間が感じられ、非常に広がりある感覚に捉われるようなところがあった。

興味深い話として昔の黒電話では無音である時間の方が長いということを例に、音楽は無音を気づかせるためにあるようなものであり、本来の姿がわかるようなきっかけであるべきという話があった。その考えを踏まえた取り組みである障碍者に向けた施設運営では健常者たちが忘れたものを思い出すきっかけとして、障碍者を先生のような存在として捉えることで、これまでの健常者・障碍者の関係性を溶かし、健常者の立ち位置を変えていくことを目指している。このような芸術的観点をベースにして社会的な「共生社会」の構築に取り組むという新たな施設運営に実際に携わられている点から、私たちが社会的に引いている境界線を越えるための新たな視点として芸術的な部分は非常に重要ではないかと想起させられるところがあった。

本講演からは、ひとつの感覚で感じることができる音楽も、聴覚のみで感じる意識を変えれば背景にある空間的な広がりに気づくことができ五感で感じられるものになるという視点に感銘を受けた。そして音の存在も、その反対である無音のためにあり、その正反対にある両存在を社会の健常者・障碍者という関係に重ね合わせた取り組みに対して、芸術的視点の社会活動の可能性を改めて強く感じるところがあった。


展示会場の音楽に使用されている音の一部は、本学総合文化研究科の以下の研究室で収集されました。音楽には「電子顕微鏡でクマムシを追う音」「超音波での破砕ソニケーションの音」「純度の高い精製水がビーカーに注がれる音」が使われていました。
報告日:2015年5月26日