多文化共生・統合人間学演習VIII 第2回報告 中村 彩

多文化共生・統合人間学演習VIII 第2回報告 中村 彩

日時:
2015年5月22日(金)16:50-18:35
場所:
東京大学駒場キャンパス1号館115教室
講演者:
2014年度プログラム生自主企画「沖縄企画」企画者:崎濱紗奈、山田理絵、半田ゆり、菊池魁人/2014年度プログラム生自主企画「山梨のワイナリーに見る『都市と地方』の断絶」企画者:浅井悠、小野すみれ
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

5月22日、IHSプロジェクト2の学生による2014年度自主企画のうち、「沖縄企画」および「山梨のワイナリーに見る『都市と地方』の断絶」企画の成果報告会が行われた。以下は、それぞれについての簡単な活動報告である。

「沖縄企画」の報告によれば、この活動の主旨は、企画者が各々「沖縄問題」について考えることであった。沖縄というひとつの地域の事例を通して、他の事例にも通じる普遍的な要素を見出すことが目標とされていた。活動内容としては、勉強会と沖縄の現状を捉えた三上智恵監督のドキュメンタリー映画『標的の村』の上映会をおこなったうえで、2月に実際に沖縄を訪れ、スタディツアーを企画・実施したとのことで、発表ではツアーの内容について説明がなされた。主な訪問箇所は、沖縄国際平和研究所――そこで元県知事の講演を聞いたとのことだった――、『標的の村』でとらえられた現場である辺野古・高江、基地問題の原点とも言える伊江島、沖縄の中国との密接なつながりを示す孔子廟・福州園とのことだった。

報告者にとってもっとも印象的だったのは、プレゼンテーションの最後に各企画者が述べたツアーを終えての感想である。4名の企画者は各々異なる視点から考察していたが、「当事者性」や、本土・東京という「中央」とそれに対置される「周縁」の問題など、全員が立場性の問題について意見を述べていた。特に元沖縄県知事の大田昌秀氏には、東京の大学から来た学生として、研究者として沖縄を見る・語るとはどういうことなのか、その意味について問われたとのことだった。企画者には沖縄出身者もそうでない学生もいて、沖縄との関係も人それぞれだと思われるが、いずれにせよ大田氏の問いを真剣に考えずして沖縄に向き合うことはできない。そのことの重みを、4人の企画者の発言を通じて感じさせられた。

発表後のディスカッションで取り上げられた重要な問いのひとつは、「どのように歴史化するのか」というものだった。沖縄以外の事例として、広島が原爆という出来事をどのように歴史化しようとしてきたか、いかにそれが困難なのか、あるいは旧ユーゴスラヴィアとイタリアとの国境地帯(トリエステ)における紛争の歴史と文学との関係など、他の地域での歴史の問題が挙げられた。

これはすなわち、ある出来事を歴史化するために必要な距離が取れない場合にどのような言語化が可能か、という問題提起であったと思う。それを語ったりそれに触れたりすることがあまりに大きな分断を生んでしまう場合、それがあまりに「ホットな」出来事であり続けるような場合、それがあまりに身近なものとして人々の心に深い傷を負わせている場合、人はいかにしてそれを語りうるのか。トリエステの文学の可能性が指摘されていたように、文学は語りえない歴史を別の仕方で語るためのひとつの手段となりうるのか。これらの問いに関する議論は、文学に携わる報告者自身にとっても、様々な意味で示唆に富んだものであった。

次に企画「山梨のワイナリーに見る『都市と地方』の断絶」の成果報告が行われた。この企画では、輸入した濃縮還元果汁を原料にした安価な「国産ワイン」が特に都市部で売れ行きを伸ばす中、比較的小さなワイナリーで国産ぶどうから作る国産ワインはどのような状況にあるのか、そこにはどのような都市/地方の関係が見られるのか、といった問題意識から調査が実施された。

活動は具体的には、長野・山梨の両県のワイナリーの見学・聞き取り調査などを通して、国産ワインの置かれている現状、可能性について問うというものであった。訪問したワイナリーは、メルシャン株式会社のような大企業が経営するものから、古くから地域の人々が営んできたもの、あるいは最近になってできた小規模のものまで、様々であった。報告者にとっては国産ワインの事情について考えるまったく初めての機会だったが、報告およびその後のディスカッションにより国産ワインをめぐる様々な課題、地域性の違いなどが浮かび上がってきたように思う。

たとえば、昔からぶどうを栽培していて、ぶどう酒が地域に根付いた地酒として製造・消費されている山梨と、脱サラした人などが近年始めたワイナリーが多く、事業拡大・ブランド化などにも熱心な長野との違いが指摘された。首都圏から眺めているだけでは見えづらい差異かもしれないが、ワインに関してはこの二県でこのようにまったく異なる文化・歴史・地域性がある、とのことであった。

そのようななか、長野でも山梨でも、ワイナリーは首都圏への近さを生かして観光地化も進めている。しかしそこで生じるジレンマとして、製造の規模を大きくしすぎて首都圏で商品が広まりすぎると、逆に地元には人が来なくなる、という問題が指摘された。これはワインに限らず、広く地方と都市との関係を考えるうえで重要な観点であろう。

また別の興味深い問題は、この企画を立ち上げるきっかけとなった濃縮還元果汁ワインについてである。上場企業であるメルシャンでお話を伺ったA氏が、安価なワインも提供し続けることで少しでも多くの日本の人々にワインを知ってもらい、そのうえで高価なものも提供していく、というスタンスを取るのに対し、同じ山梨県甲州市のある醸造会社のB氏は、ワインの味はわかる人だけがわかればいい、という対照的な立場を取っている、とのことであった。このようなワイン生産者の醸造・販売に対する姿勢の違いも、日本におけるワイン文化を考えるにあたっては重要な問いであるように思われる。

全体として、ワインという身近な食の観点を切り口にすることで、都市と地方との関係、地域の気候、歴史、文化、産業といった諸相が見えてくるということを強く実感する報告会であった。

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報告日:2015年6月8日