駒場博物館特別展『境界を引く⇔越える』関連イベント
IHS学生研究紹介 東風上 奏絵

駒場博物館特別展『境界を引く⇔越える』関連イベント
IHS学生研究紹介
東風上 奏絵

日時:
2015年5月16日(土)14 :00-16:00
場所:
東京大学駒場博物館
登壇:
東風上奏絵(IHS)、石田(IHS)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」

私たち登壇者二人は、短い準備時間の中、お互いの発表の関連性を見つけるために何回か討論をしてきた。二人の共通テーマは「応答」であった。この二文字の単語に、私たちはどのようなメッセージを込めることができるだろう?私はロボット工学の立場から、石田さんは倫理学の立場から、ロボットや人工知能についての捉え方を探っていった。実は、発表の構成を決めるために起こしたこの異分野のぶつかり合いが、私にはまず何よりも楽しかった。自分の研究では、子どもと遊ぶロボットの倫理といえば、子どもをロボットに依存させないこと、子どもがロボットに良くも悪くもどのような影響を受けるか、というような問題がよく言われている。私はその一つの解決策として、子どもにNoを言えるロボットが必要なのではないか、と考えている。倫理学が専門の石田さんは、この問題について、私にとっては新鮮で、面白い視点の考えを言ってくれた。子どもにNoを言うためには、ロボットに正義の基準が必要である。しかし、ロボットをつくるのは人間であるから、ロボットの正義は人間の正義である。そうは言っても、正義の持ち出し方が、ロボットと人間では違うはずである。例えば、「誰かを叩くのはいけない」と言うが、その理由が「痛いから」であれば、痛みを感じないロボットは叩いて良いのだろうか・・・。そのようなところにも、応答性の重要さが垣間見えるのだ。

私は「子どもとロボットは友だちになれるか?」というテーマで発表させていただいた。皆さんからは、子どもがロボットと友だちになるために、ロボットがどのような機能・特徴を身に付けることが必要か、貴重なご意見を頂いた。特に池平さんの、子どもがロボットを必要としつつ、ロボット自身も子どもを必要とする関係性が重要だと思うというお言葉は、研究が進んでもたまに思い出そうと心に刻んだ。

次の石田さんの「倫理学のテーマとしての「応答」-正義の見方はコミュニケーションなしでもやっていけるか?」というテーマの発表では、まず倫理学における、正義を捉えようとしてきた歴史(感情論か、客観的な基準を作るべきかの二者択一)が概観された。ロボット(人工知能)が客観的な視点を持つことで、厳密な知識を持ち合わせた存在となり、人間を平等に裁けるように、さらにはより包括的な政策を定められるようになる一方、人間には存在していた応答としての感情が、損なわれても良いのだろうか、という議論が行われた。ロボットという人工知能が、裁判官や、政治家になったらという発想自体が面白く、ロボット技術の発達と共に考えていかないといけない重要な問題であること、また、そもそもロボットの価値判断の成され方に関する議論は、自分の研究にも大きく関わるものであることに気付かされた。

サイエンスカフェで石田さんと登壇することが無かったら、倫理学の面白さ、自分の研究を倫理学の視点で捉えると、こんなにも面白いということを知ることは出来なかった。また、普段議論を交わすのは専門が同じ同級生であったり、先生であったりするが、幅広い年代の、様々なバックグラウンドを持つ方々が集まり、意見を交わすことがサイエンスカフェの醍醐味なのだと感じた。自分にとって、今後二年間の研究テーマの意義を考える意味でも、自身の考えを客観視し、参加してくださった皆さんのご意見を吸収するための、貴重な機会であった。

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報告日:2015年5月20日