「演習VI〜理化学研究所(和光市)脳科学研究センター実地研修」報告 岩﨑 敬子

「演習VI〜理化学研究所(和光市)脳科学研究センター実地研修」報告 岩﨑 敬子

日時:
2015年4月28日(火)17:00 - 19:00
場所:
理化学研究所(和光市)脳科学研究センター
講演者:
内匠 透, M.D., Ph.D.(理化学研究所/精神生物学研究チームシニア・チームリーダー)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト3「科学技術と共生社会」
協力:
理化学研究所(和光市)脳科学研究センター・精神生物学チーム

埼玉県和光市にある理化学研究所の脳科学研究センターにて、内匠透先生による「自閉症について」の講義を受講した。具体的には、遺伝学と精神疾患の関係と、自閉症のこれまでの研究について、そして、自閉症の細胞レベルでの検証を行うための遺伝的な自閉症の要因を反映させたマウスを人工的に作製するという先生の研究について教えて頂いた。

まず、遺伝学と精神疾患の関係としては、「こころ」の研究の代表的な学問である心理学は日本では昔から文系の範囲で研究が行われてきている一方で、生物学の歴史の中で最もパワーをもって様々な事象を解明してきたのは遺伝学であり、その唯一残された砦が「こころ」ととらえることできるということである。こころ、感情は、DNAに組み込まれているのか、それとも環境によるものなのかということは昔から議論が続いている。その中で、精神疾患という、こころに異常が起こっている状態を研究することで、その治癒につなげるだけでなく、こころの遺伝的な要因を解明していくことにつながる可能性があるということが先生の自閉症研究のモチベーションであるのだ。実際は、ほとんどの場合、精神疾患に限らず、疾患は、遺伝によるものと、環境によるものとそのバランスとの間に存在しているが、主な精神疾患であるうつ病や統合失調症の遺伝的な要因が各20%や60%で、環境的要因が大きいと考えられていることに対して、自閉症は、80~90%と考えられているため、遺伝学からのアプローチがしやすいということも自閉症をまず研究することのモチベーションであるということであった。

次に、自閉症のこれまでの研究と、課題、先生の研究内容について伺った。例えば、高血圧なら150以上といったように数値がはっきりしている。一方、精神疾患の場合は特に境界が難しい。知能が劣るものだけでなく、高機能型のアスペルガーのような症状もある。では、それらを調べるにはどうすればよいか。まず、ファンクショナルMRIなどを使いヒトを研究する方法がある。もう一つは、細胞レベルで検証を行うことが必要になるが、細胞をヒトからとることは難しく、その際に、マウスが必要になるのだ。もちろんマウスを使うことには様々な限界がある。まず、当然ヒトの脳とマウスの脳は異なる。精神疾患は、単一でなく、複合疾患であることも問題である。また、ヒトは面談によって精神疾患を診断するが、マウスでは診断ができないという問題もある。そこで、内匠先生の研究では、たくさん情報を取ることが可能になったヒトのゲノム情報を活かして、これまでわかっている自閉症の遺伝的な要因を反映したマウスを人工的に作った。そして、人でわかっている自閉症の症状をマウスで検証することで、自閉症マウスを作製されたということだ。自閉症マウスでは、生きたまま、シナプスを観察することも可能になるということである。

講義の後には質疑応答や、ラボツアーに連れて行って頂き、貴重な経験になった。

最先端の脳科学からの自閉症についての講義を伺い、自閉症の何が分かっていて、何が分かっていないのかわかったことが、一番勉強になったことである。講義にもあったように、自閉症の研究というと、教育分野の研究だと、思い込んでいたし、精神疾患の一部としてうつ病や統合失調症と並んで研究されていることも新しい情報であった。精神疾患について、これほど多くの課題がまだ残されていることに驚いたが、それは同時に、遺伝学がこころを説明しようとしている一方で、社会科学が社会的要因からこころの問題を説明しようとしているというそのはざまを見たようであり、全く異なると思っていた様々な分野の融合の必要性を具体的に感じる機会になった。

自分の専門の視点から実感したこととして、私は社会科学の分野で、行動経済学と公衆衛生のアプローチから、福島県の被災者のソーシャルキャピタルとうつ病の指標の計測と分析を行っているが、この機会に、精神疾患としてのうつ病を改めてとらえなおすことができたことで、自然科学と社会科学のつながりを実感し、より大きな視点で自分の研究の方向性について考える機会になった。つまり、遺伝要因と環境要因という枠組みの中で、環境要因の大きいと言われている分野におけるうつ病について研究していたことに気づかされ、自分の研究の位置をこれまでと違う視点で眺めるきっかけになったのだ。行動経済学はEconomic and Psychology という授業として開講されていることもあり、これまでの「こころ」の研究であった心理学と、効用を最大化するという仮定のもとモデルを作り、その検証を行うという形の経済学を合わせて人間のこころや行動について明らかにしていくような学問であると認識している。その面で、精神疾患については、環境要因に特化していると考えられる。しかし、遺伝的な要因が明らかになればなるほど、環境要因の解明も進むことから、遺伝学ともつながって、全体的なヒトの生理について解明していくことにつながっていくという可能性を実感した。また、研究手法としても、マウスを使うなど、細かい手法の違いはあるが、マウスの行動を観察するという点では、経済実験で人の行動をみるなど、自分のやろうとしていることとの、繋がりも感じられた。研究の広い意味での貢献や方向性を考えるために、こうした自分が普段研究している分野とは別の分野からのアプローチを知ることはとても重要であると実感した。

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報告日:2015年5月8日