プログラム生自主企画:山梨のワイナリーに見る「都市と地方」の断絶 報告 小野 すみれ

プログラム生自主企画:山梨のワイナリーに見る「都市と地方」の断絶 報告 小野 すみれ

日時:
2014年度冬学期
場所:
長野県小諸市及び東御市、山梨県甲州市
共同企画者(順不同)
浅井悠、城間正太郎、小野すみれ、前野清太朗
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

山梨県下には、国内総数の4割にあたる58社ものワイン製造業者が存在し、全国一の業者数を誇る。また、ワインの原料となるぶどうの収穫量は、平成23年度の統計では山梨県が全国4位、隣接する長野県が全国1位である。ところが、ワインの生産量の統計で第1位となるのは意外にも神奈川県である。これは、大手酒類製造販売企業であるメルシャン株式会社が、輸入した濃縮ぶどう果汁を原料に、神奈川県の工場でワインを製造していることによる。

濃縮還元果汁を原料にした「国産」ワインは、比較的低価格であり、昨今では景気悪化を背景に国内での売れ行きが伸びているという。しかし、EUの規則においては、ワインと認められるのは新鮮なぶどうを用いて醸造した製品のみであるため、濃縮還元果汁を原料とした「国産」ワインは本来「ワイン」を名乗ることができない。一方、メルシャン株式会社のワインでも、国産ぶどうを用いて勝沼で製造されたワインは諸外国で高い評価を受けている。他の比較的小規模なワイナリーが製造する国産ワインにも、同様に高い評価を受ける製品が多い。本来の国産ワインを生産する「地方」と、安価な「国産」ワインを消費する「都市」との断絶を認識・考察するため、我々はIHS教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」における学生自主企画として本企画を計画し、長野県・山梨県においてフィールドワークを実施した。

我々はまず、2014年12月20日に、長野県東部に位置する小諸市および東御市を訪問した。この地区は近年、通常より少ない醸造量で醸造免許を取得できる「ワイン特区」指定を受け、その影響で新設ワイナリーが増加した。「千曲ワインバレー」と呼ばれるこの地区のワイナリーのうち、マンズワイン小諸ワイナリー、リュードヴァン、はすみふぁーむの3箇所を訪問し、それぞれお話を伺った。

マンズワインは、醤油醸造で知られるキッコーマンの系列会社である。ここではブドウ栽培に関わるお話を伺うことができた。「千曲ワインバレー」一帯では、千曲川が東西方向に流れており、そのため日照条件と水はけのよい南向きの斜面が形成されている。さらに、この地では年間降水量も日本国内では相対的に少ない。このような環境条件を好む、フランス系のぶどう品種(シャルドネ、メルローなど)の栽培試験地として選択されたのが、小諸市であったという。

リュードヴァンでは、地区でのブドウの作付け状況、および東御市の地域おこし活動へのかかわりに関して簡単なお話を伺うことができた。この地では、かつて養蚕業のための桑栽培が盛んであったが、養蚕業が衰退し、タバコ・朝鮮人参などへの作付転換が図られた。リュードヴァンのブドウ栽培は、その遊休農地活用の取り組みの一環であるとのことであった。集落の個々の農地を借り入れているため、それぞれの農地は分散して立地しているが、地域内の高低差を活かしてピノ・ノワール、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルローなど多様な品種の栽培を実施していた。

はすみふぁーむでは、代表の蓮見よしあき氏にお話を伺った。はすみふぁーむは現在8枚の遊休農地を借り入れてブドウ生産を行っている。もともと「ワイン特区」制度を利用した小規模醸造所として起業したが、生産量が年1万本を超えた現在は正規の酒造免許に切り替えているという。また、正規スタッフ4人は全てSNS経由で知り合ったメンバーということだった。蓮見氏はワイナリー経営のかたわらで東御市議会市議をつとめており(現在2期目)、地域活性化に対する強い意欲を備えている。

「千曲ワインバレー」では、外部からの転入者が地区でのワイン生産をめぐる関係形成に大きな役割を果たしていた。ここには養蚕衰退をはじめとした歴史的経緯によって、外部者がワイン生産に適した傾斜地の農地を比較的取得しやすいといった地区の背景が関わっているといえよう。

我々は続いて、2015年1月10日に、山梨県甲州市勝沼町を訪問した。日本の在来ブドウ「甲州」の原産地であり、長らく日本のワイン生産を先導してきたことで知られるこの地では、勝沼醸造、つぐら舎、シャンモリワイン・盛田甲州ワイナリー、シャトー・メルシャンの4箇所を訪問し、聞き取り調査を行った。

勝沼醸造では、社長の有賀雄二氏にお話を伺った。1時間ほどのインタビューを通じ、優れたワインを作るためにはヨーロッパの品種や栽培方法をそのまま日本に持ち込むのではなく、その土地その土地の風土を上手に利用することが大切であることを教わった。多くのワイナリーが事業に失敗した中勝沼醸造が生き残ったのは、勝沼の土地を活かすことに成功したからだという。有賀氏からは、小さなワイナリーを経営する自分こそワイン文化を継承するのだという気概を窺うことができた。

つぐら舎は地産地消に取り組んでいる食堂であり、ここでは勝沼近辺でとれた食材を用いた料理をいただいた。その日は見ることはできなかったが、地元でとれた野菜などを並べ市を開くこともあるという。シャンモリワイン・盛田甲州ワイナリーでは、ワインの製造過程を見学し、その土地のぶどうのもつ良さを引き出すために採用された「ブーハー圧搾機」などの特殊な機械をはじめとした工夫を学んだ。

最後に訪問したシャトー・メルシャンは、勝沼で訪問した他のワイナリーとは異なり、東証1部上場を誇るメルシャン株式会社が経営している。ここでは、かつて工場長をお務めになった斎藤浩氏のお話を伺った。メルシャンが濃縮還元果汁を使って「本物のワイン」とはいえないものの安価で手に入りやすいワインを作るのは、より多くの消費者にまずはワインの味を知ってもらうためだという。その一方で、「勝沼」という名称をブランド化し、ワイン通の消費者の間で「勝沼ワイン」が高品質なワインとして親しまれるよう事業を展開なさってもいるという。

勝沼訪問では、ワインに関わる企業はその規模の大小にかかわらず、それぞれワインという一つの文化を受け継いでいくために努力しているということが窺われた。もちろん大企業は大企業でそれに貢献している一方、中小企業や小規模の事業だからこそ高品質な商品をつくり、それに貢献することができる場合もある。また、ワインを消費する上でも、先入観にとらわれず自分の舌でよい製品を選び、じっくり賞味することが、ワインという文化を受け継ぎ育てていくために必要だと思わされた。

当初、ワインを巡る「都市」と「地方」の断絶をテーマとして当企画を計画した我々だが、実際のフィールドワークを通じて学んだことは、まず日本でワイン用ぶどうを栽培するための条件の厳しさである。日本にはワイン用ぶどうに適した気候の土地が少なく、ぶどう栽培・ワイン醸造はおのずと小規模になり、製品の価格を下げにくいという傾向が見出された。そして、そのような条件の中でも国産にこだわってワインを造る人々の情熱と気概を知ることができた。国産ワインは、諸外国で消費されるのみならず、国内でも安価な輸入・「国産」ワインとはまた違う、国産ワインならではの活路を必ずや見出すであろうと企画を通じて思わされた。

プログラム生自主企画:山梨のワイナリーに見る「都市と地方」の断絶 報告 小野 すみれ
報告日:2015年3月22日