国際シンポジウム「食と市民社会」報告 前野 清太朗

国際シンポジウム「食と市民社会」報告 前野 清太朗

日時:
2015年2月23日(月)・24日(火)
場所:
東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム3
講演者:
ニコラ・ペルッロ(イタリア食科学大学)、ハラルド・レムケ(ザルツブルク大学・ガストロソフィー研究センター)、アンケ・ハールマン(ハンブルク応用科学大学)、小林和彦(東京大学教授)、宮沢佳恵(東京大学准教授)、西岡一洋(東京大学生態調和農学機構特任研究員)、前野清太朗(東京大学大学院博士課程・IHSプログラム生)、小村優太(東京大学IHS特任研究員)、江口建(東京大学IHS特任研究員)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス――市民社会と地域という思想」

本国際シンポジウムは2月23日(月)と2月24日(火)の2日連続で行われた。東京大学からの参加者のほか、海外ゲストとしてニコラ・ペルッロ氏(イタリア)、ハラルド・レムケ氏(オーストリア)、アンケ・ハールマン氏(ドイツ)の3氏を迎えて実施された。

第一日目の23日(月)には「Food, Agriculture and Community」(食・農業・共同体)と題するワークショップが行われた。

第一セクションはレムケ氏とハールマン氏による報告であった。レムケ氏は近・現代思想を専門とし、現在「食」をテーマとする倫理学に取り組んでいる。ハールマン氏は哲学研究に取り組むと同時に、公共空間のデザイン・公共空間における芸術実践を研究する研究者である。このセクションではレムケ氏・ハールマン氏がともに取り組んでいる実践活動の一つ"Keimzelle"という名の都市型市民農園活動について報告を行っていただいた。両氏は研究活動の傍らドイツ・ハンブルク市の繁華街の一角で未利用のままとなっている公有地を借り受け、5~10名の中心メンバー主導で農業活動を行っている。この活動の特色は中心メンバーを巻き込む近隣の都市住民たちが共同で耕作活動を行っていることであり、耕作活動の他にも住民を招いての授業開講・交流イベント実施を行っているという。

第二セクションはペルッロ氏による報告であった。ペルッロ氏が美学の教鞭をとる食科学大学(Università degli Studi di Scienze Gastronomiche)は、スローフード運動の創始者カルロ・ペトリーニらによって設立され、スローフードの理念に則った食の専門家育成を行う大学である。当日はペルッロ氏とペトリーニ氏らによる「食科学宣言」と食科学大学での取り組みの状況についてお話しいただいた。ペルッロ氏によれば、食科学大学の取り組みは「taste」(味)・「theory」(理論)・「practice」(実践)の統合にあり、食科学大学とは、その統合のために世界各地の異なる味のバックグラウンドをもつ学生と、マルチ・ディシプリンな教師陣のもとで行動・実践を行う場であるという。ここには学際性と実践がキーワードの本IHSプログラムの精神とも相通じるところを感じた。

第三セクションは、宮沢佳恵氏(東京大学大学院農学生命科学研究科)・西岡一洋氏(同研究科付属生態調和農学機構)の2氏を迎えた「ディスカッション」として行われた。東京大学大学院農学生命科学研究科は東京都西東京市田無に実験圃場・演習林を保有している。宮沢氏は、伝統農業(非技術的・持続的)と慣行農業(技術的・非持続的)の二区分から一歩進んだ"permaculture"(新しい技術を導入した上での持続的な農業)の実現を目指し、市民を招き入れたうえで田無農場における農業プロジェクト実施を試みている(具体的には水耕技術と組み合わせての水質浄化、通帳式地域通貨システムの試行、ひまわり栽培と近隣小学校との教育プロジェクトなど)。西岡氏も宮沢氏と同じく、田無農場を起点とした取り組みを実施中である。西岡氏は、山梨からブドウ苗を東京に移植し、使用されなくなったガレージを学生・近隣住民と共同でワイナリーに改修して、東京でのワイン生産をめざしている。宮沢氏・西岡氏はともに市民参加による都市型市民農園的な実践を模索しているとのことであった。

第二日目の24日(火)は、ゲストの3氏にIHS学生・特任研究員およびIHS連携教員の小林和彦氏(東京大学大学院農学生命科学研究科)を交えてのシンポジウムとして行われた。

この日はIHS学生・特任研究員による報告から始められた。トップバッターとして、報告者が「Food and Civil Society: Contemporary trends in Taiwan」(食と市民社会:台湾における近年の動向)と題する報告を行った。本報告では、主に2000年代後半より顕著になりつつある市民団体主導の農民市場および大規模社会運動のなかの農業問題について報告した。続けて小村優太氏(東京大学IHS特任研究員)が報告「Wine Drinking and the Arabic Philosophy」(ワイン飲用とアラビア哲学)を行った。本報告では、中世アラビア哲学者たちの身近にあったワイン飲用行為に対し、彼らがとったスタンスに関する紹介がなされた。江口建氏(東京大学IHS特任研究員)の報告「Ethics of Food in Zen Buddhism - the Possibility of a Zen-Gastronomy」(禅における食の倫理-「禅ガストロノミー」の可能性)では、仏教における食と、食を得るための行為に対するスタンスがインド・中国・日本と伝播する中で変容を遂げ、道元のもとで禅の日常の修行の一部として重視されるに至った経緯が報告された。

続くセクションでは、国外ゲスト3氏の報告が行われた。レムケ氏は「What is Gastrosophy? Philosophical Approach to a Global Ethics of Food and its Cultural Diversity」(食の哲学とはなにか? 食のグローバル倫理と文化的多様性に対する哲学的アプローチ)と題する報告であった。本報告では、レムケ氏が取り組んできた食の倫理・食の哲学に関する基本的部分について報告を行っていただいた。レムケ氏の長年の取り組みの背景には、理性と非理性の二分法のもと、非理性の側に組み込まれた食の問題が議論の対象となってこなかった状況があるという。続くペルッロ氏には「Being an Expert: Taste as Wisdom」(専門家になること:知としての味覚)と題して報告を行っていただいた。本報告では、食を受容する際の三つのスタンス、近代の出現とともに評価の対象となった食といった問題が取り上げられた。ハールマン氏の報告「Growing Urban Vegetables - Harvesting Civil Society」(都市野菜を育てる――市民社会を育むこと)では、前日に報告していただいた都市型市民農園"Keimzelle"を題材に、個人化する都市社会において「場」を中心に公共性を再構築していく可能性について議論していただいた。

国外ゲスト3氏に続き、IHS連携教員の小林和彦氏(東京大学大学院農学生命科学研究科)に、「食遷移」(食習慣の集団レベルでの遷移)に関して「Challenges and Opportunities of Dietary Transition: Lessons of Japan for Developing Countries?」(食遷移の挑戦と機会:途上国に向けての日本の教訓)と題する報告を行っていただいた。報告の最後には「健康・環境・生物多様性を損なうことなき食遷移は可能か?」といったテーマについてゲストを交えた議論が交わされた。最後に、発表者には名を連ねていなかったが、ご参加くださった高橋梯二氏(東京大学大学院農学生命科学研究科非常勤講師)に、氏が長年取り組んでこられた「原産地呼称」(Geographical Indication: GI)法制化につき口頭報告を行っていただいた。

本シンポジウムは2日間に及んだが、多様な専門の研究者の方をゲストに迎えたのみならず、聴衆へも非常に多様な背景の方々を迎えるシンポジウムとなった。報告者にとっては「食」のテーマへの各分野における関心の高まりを実感させる機会、食に関する継続的な議論を蓄積する場の必要性を感じる機会ともなった。


報告日:2015年3月1日