ロサンゼルス研修報告 楠本 敏之

ロサンゼルス研修報告 楠本 敏之

日時:
2015年3月8日(日)~14日(土)
場所:
アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)「多文化共生と想像力」教育プロジェクト5

本研修は、日系人の食と文化表象を主要テーマとし、日系移民の歴史にふれつつ、現代アメリカの食文化においてどのように日本文化が受容され、表象されているかを、現地の人々との交流や事物の実体験を通じて概観することを目的とするものであった。このような目的を達成するため、規定のプログラム及び自主研究が行われ、アカデミックなものから職業的・実践的なものに至る幅広い種類の交流等が経験できる研修となった。

規定のプログラムは、現地の日系アメリカ人史研究者・日本研究者・学生らとの交流や講演会の実施、日系食産業に従事する企業関係者との交流会、及び現地の地域社会やミュージアムの訪問などであった。

そのうち、アカデミックな交流として、ポモナ・カレッジと南カリフォルニア大学という二つの大学を訪問し、現地の日系アメリカ人史研究者、日本研究者や学生との意見交換等が行われた。いずれにおいても議論は充実したものとなった。印象深かったのは、参加していている研究者、学生がそれぞれ多様な文化・経歴等を背景として持ち、それに誇りを持ちながらも、食文化がその起源においてハイブリッドであり、食及びその表象における国民性・民族性が想像的に形成されていくことを当然の前提として認識した上で、そのような表象としての食をマーケット、料理本等の具体的現象の分析を通じて具体的に考察しようとしていたことであり、そのため、議論全体が、単なる意見の述べ合いではなく、建設的なものとなりえたことである。

日系食産業に従事する企業や関係者との交流会では、様々な形でアメリカで日本文化を普及させよう努めてきた実務家の話を聴いた。いずれも、日本で生まれ育った背景を持ち、日本文化が受け入れられずに苦労した時期を経て、現在では、アメリカ社会で確固たる地位を築いている人々である。彼らは、共通してそれぞれ日本文化に確固たる思いを持ち、アメリカで普及させつつもその伝統を守っていきたいと考えてきた。現在の日本文化・日本食ブームは彼らの努力の賜物といえるが、ブームのため日本食のハードコアというべきものが蔑ろにされることがあるのを憂いてもいる。もちろん、彼らも、日本食のより一層の普及のためには、日本文化を本質主義的に考えるばかりでなく、受容する側の状況に応じた発信が必要で、それを実践しようとしている。私にとっては、彼らがその双方の要求の狭間で揺れ動いているように見え、そのことが印象深かった(そうであるが故に、日本食のアイデンティティ及びオーセンティシティをめぐる問題も生じるのであろう)。実際、文化の発信・受容のあり方には、正解がありえず、日本文化とは何かという本質をめぐる議論を含め、あるべき日本文化と他文化の交流・共存への困難な模索を続けていくしかないのであろう。

この他、ロサンゼルスの日系・アジア系のスーパーマーケットの視察、日本食レストランでの実食、日系関連の文化施設の訪問等も行われ、それらを通じて、日系人の歴史と現在を体感できたように思う。

最初にも述べたとおり、本研修においては、規定のプログラムの他に、参加者各人の興味関心あるテーマに沿った自主研究も行われた。私のテーマは、食を通じた日系移民の階層研究であった。

具体的な研究方法は、日系の食文化に関与している人々にインタビューするというものであった。日本の抹茶メーカーの在米子会社の役員等の人々に対し、日系の食産業の歴史、現状に関連する話を聴いてインタビューを行い、日系移民の食産業への関与のあり方、その世代間の相違、そして、日系人間での階層化のあり方に迫ることが意図された。

それぞれのインタビューにおいて、これまでの日系人の食産業における活躍とその結果として和食がユネスコ無形文化遺産に登録されたこと等の事実を背景としつつ、今後も一層日系食産業をアメリカで発展させていこうとする各人の意欲が示され、アメリカでの実務に携わる人々の活力に触れることができた。加えて、日本と比較してアメリカでは食に機能性(健康への影響度)を要求する程度が大きいなどといった日米文化の差異に関する情報、雇用に関しては日本文化・日系人との関係から日本語能力が重要となるが故に日系人の採用が結果として多くなっているのであって心情的なものはないことなどの雇用・組織に関する情報など、多くの有意義な情報が得られた。とりわけ興味深かったこととしては、日本出身の日本語を母語とする日系人とアメリカで出生した英語を母語とする日系人の間には交流が少なく、相互に不信感のようなものがあるということであった。そして、アメリカで出生した日系人(現在では、6世・7世)も日系であることに誇りを持ち、そのルーツを守るべきものと考えているが、それは日本出身の日系人とは異なるものに感じるとの所見も示された。

ただ、このような日本出身の日本語を母語とする日系人とアメリカで出生した英語を母語とする日系人の間の違和といった日系人の内部的差異に焦点を絞った研究をしたいと考えていたが、結果としては、力及ばずこれ以上の発見はなかった。当初、移民の子孫としてアメリカで育った人たちや労働組合を組織する従業員などをも調査対象と考え、現地のレストランを含む日系の食産業従事者を経営者・管理職・従業員のそれぞれに半構造化インタビューを施す予定であった。しかし、労働環境というデリケートな問題に関連するためか、全てのインタビューの申入れを断られてしまい、計画通りには行かなかった。調査対象を単に設定するだけでなく、実際に会うことができる状況まで周到に準備できて初めて研究のスタートラインに立てることからすれば、反省すべきであるといえ、調査対象へのアプローチの仕方を含め、今後、社会的問題に関連する事項についてインタビュー調査をする際の課題が浮き彫りになったといえる。

本研修全体を振り返ると、グローバリゼーションに対するローカリゼーションの流れの中で注目されてきた日本食の概念自体がグローバル化し、アイデンティティの問題に直面し始めているという現象を意識せざるを得ないことが多かったことが印象的であった。このような現象は、食に限られない多文化における重要な事項であると考えられ、アイデンティティを安直に否定しない形でのアイデンティティを超えた文化交流や創造の困難を改めて感じさせられた。

ロサンゼルス研修報告 楠本敏之
報告日:2015年3月25日