多文化共生・統合人間学演習IX(第7回)報告 楠本 敏之

多文化共生・統合人間学演習IX(第7回)報告 楠本 敏之

日時:
2014年1月27日(火)16:30−18:00
場所:
東京大学駒場キャンパス8号館210教室
講演者:
中西徹教授(総合文化研究科国際社会科学専攻)
主催:
東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・統合人間学プログラム(IHS)」教育プロジェクト2「共生のプラクシス──市民社会と地域という思想」

本講演は、現代の世界で、少数の富裕層である強者が多数の貧困者である弱者を支配し搾取している現実を政治的・経済的見地から示した上で、そのような現実において、弱者が共生していくための対抗戦略を提示するものである。

グローバリゼーションの進行により、世界の富が少数の富裕層に集中し、貧富の格差が拡大している現状は、今や誰もが知るところであり、そのような現実を打破するために、人間の安全保障等を含め、様々な対抗戦略というべきものが主張されている。

本講演の現状認識も、Pikettyによる議論を取り上げるなど、このような一般的認識とそれ程異ならず、現状認識を示す講演前半は、経済学・政治学の知見からの現状解説として抽象的ではあるが知的好奇心を擽るものであるといえる。

だが、多数の貧困者である弱者が、単に搾取され続けるだけでなく、その独自の存在、文化を保持するための対抗戦略として、有機農業について話が及ぶ講演後半は、政治的社会的実践を考慮に入れた具体的なものとなる。そこでは、市場志向の強い画一的ともいえる慣行農業に対して、富裕者層に取り込まれたり搾取されたりしないようにしながら、コミュニティとしての局所的市場圏を生成し、相対取引を通じて他者と交易していくというように、独立的でありながら決して閉鎖的にならずに交易を含む戦略的交渉を行う、貧困ではあるがしたたかな有機農業に従事する農民のあり方が示される。有機農業によって、所得の観点からは必ずしも明確に豊かになるわけではないが、所得で測ることのできない社会的排除ともいうべき状況から脱出する可能性は生まれるのである。そういう意味で、不平等を維持し、貧困層を従来通り支配下に置いておきたい富裕層に対する、貧困層の対抗戦略が魅力的に提示されているといえる。

もっとも、有機農業は、具体的ではあるが、あくまで特殊な戦略である。現実の貧困層がすべて、有機農業をするわけにはいかないのは言うまでもない。しかし、本講演で示された有機農業は、戦略として一般化できない代わりに、単に抽象的な戦略に還元されえない普遍的なあり方を示している。実際のところ、有機農業における戦略は、謂わば、市場を志向してはならないけれども、市場を排除してはならないという戦略であり、その実践はパラドックスを孕み、困難を伴う。多文化共生も同様で、多様な文化の独立性を統合してはならないが、共存するためには統合を図らなければならないというパラドックスを孕む営為であり、その困難を避けたり、忘れたりすることが許されない営為としてある。

そういう意味で、本講演で示された有機農業における多数の弱者としての対抗戦略は、社会的排除への対抗としての文字通りの意義だけではなく、普遍的な多文化共生の作法としての意義を有するといえ、私達を触発する興味深いものであったといえる。

多文化共生・統合人間学演習IX(第6回)報告 前野 清太朗

報告日:2015年2月1日